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「週刊医学界新聞」 医学生・研修医版 2000年10月号

 

       医学生,

     国際保健協力の

     フィールドを行く

 

近年,国際保健への関心が学生や若い医師の間で高まっている。

交通・通信の発達は,社会の国際化をもたらし,

海外旅行や国際交流は学生にとってもめずらしいことではなくなった。

動機は微妙に異なっていても「国際保健に関わりたい」と感じている学生の数は少なく

ない。

ところが,「国際保健の実際」を知ることは日常の学生生活の中ではなかなか難しい。

 

国際保健に関わる各団体や学生サークルなどが主催するセミナーや勉強会,

あるいはスタディ・ツアーなどに参加し,

国際保健の現場で活躍する人たちと積極的に交流する努力が必要だ。

 

本号では,毎年行なわれるスタディ・ツアーの1つであり,

国際保健に関心をもつ学生が多数応募する

「国際保健協力フィールドワークフェローシップ」

(以下フェローシップ,主催:笹川記念保健協力財団)の模様を取材した。

 

 

●2000年度国際保健協力フィールドワークフェローシップ日程表

 

8月1−2日:国内研修(国立国際医療センター,国立療養所多磨全生園,他)

8月3日:マニラへ出発

8月4日:WHO西太平洋事務局,JICA事務所訪問

8月5日:ホセ・ロドリゲス記念病院(ハンセン病),

     パヤタス被災地および現地NGO「SALT」事務所訪問

8月6日:タルラク(中部ルソン)へ移動

8月7−8日:JICAフィリピン家族計画・母子保健プロジェクト見学

8月9日:マニラへ移動

8月10日:フィリピン大学医学部,マニラ市内保健所,保健省訪問

8月11日:総括ミーティング 帰国

 

本フェローシップ参加したのは,全国約80名の応募者の中から選ばれた

医学部4−6年生15名(他に国内研修のみの参加者が22名)。

応募者にとっては狭き門となったが,選考に通った者たちは

「(選考材料となった)作文は一生懸命書いた」と口を揃える。

 

 

国際保健のピラミッドを見る

海外研修先に選ばれたのはフィリピン。

指導専門家として同行したスマナ・バルア氏(国際医療福祉大,インタビューを別掲)

は,

同国立フィリピン大医学部の卒業生でもある。

氏は,「NGO(非政府系組織)の行なっている現場に密着した活動から

WHO(世界保健機関)が推進している政策的な活動まで

保健医療のピラミッドのすべてを見ることができる」と,

研修先を選んだ理由を語る。

学生たちにとっても,NGOとGO(政府系組織)双方の活動を見ることができること

が,

本フェローシップの大きな魅力のようである。

 

以下,学生たちの感想を交えながら,訪問地での研修内容の一部を紹介したい。

 

 

WHO

 

マニラには37の国・地域が属するWHO西太平洋地域事務局(WPRO)が置かれて

いる。

WPROでは金井要氏(技術移転プログラム担当医官)らがフェローシップ一行を歓迎

。感染症対策,家族計画等に取り組む第一線のエキスパートたちが,

西太平洋地域の現状とそれに対する公衆衛生施策の動向について解説した。

 

 

ポリオ撲滅宣言を準備 

特にこの10月には同地域で「ポリオ根絶宣言」が準備されており,

拡大予防接種担当の佐藤芳邦氏は「根絶はWHOだけでなく,各国の援助あってのもの

。2006年には世界中でポリオを根絶できるものと確信している」と力強く語った。

 

同日夜には,WPRO職員らを招いた学生主催のレセプションがもたれた。

阿波踊りや折り鶴などを組み入れたユニークな余興により,

学生たちは大いに場を盛り上げた。

また,リラックスした雰囲気の中で,金井氏らWPRO職員たちは学生らの進路の相談

などにのっていた。

 

 

学生の一言

皆,胸を張って公衆衛生に取り組んでいる。刺激を受けた。

 

 

崩壊したパヤタス・ゴミ集積場

 

さる7月10日,マニラ郊外のパヤタス・ゴミ集積所の高さ約50メートルのゴミ山が

崩壊し,

約100戸の住宅が飲み込まれた。

200−300人の死者を出したこの大災害は各国のメディアでも大きく取り上げられ

た。

 

 

矛盾が表出

ゴミ山,そしてゴミのリサイクル以外には,

生活手段のない一万数千人もの周辺住民の存在は,

マニラ首都圏の抱える矛盾が表出したものとも言える。

穴田久美子氏(ジャーナリスト)の案内で被災地を訪れた学生たちは,

現地で支援活動に当たっているNGO「SALT」

(奨学金や生活向上プログラムの提供,災害援助を行なう)の小川博氏と伊藤陽子氏と

ともに,

悪臭立ちこめるゴミ山に登っていった。

 

学生の一言

あのひどい環境下でも,子どもたちから生き生きとした笑顔を見せられると

苦しくてたまらない。

 

 

●国際保健協力――何が大切か?

 

スマナ・バルア氏(フェローシップ指導専門家・国際医療福祉大)に聞く

 

 

苦労して自分の道をつくる

 

―――「どうしたら国際保健の仕事につけるのか」という質問を医学生からよく受けま

す。

 

バルア 国際保健に関心をもつ医学生は増えています。

しかし,実際に国際保健の現場で働く人たちと,気軽に話すチャンスはいまも乏しいの

が現状です。

時間的な余裕のある学生のうちに,国際保健に従事する方たちとできるだけ多くの接点

をもち,

自分がやりたいことは何か,それを実現する方法を見出す努力を重ねることが必要です

―――具体的には?

 

バルア 「国際保健協力フィールドワーク・フェローシップ」だけでなく,

NGOなどが主催するスタディ・ツアーなど,

国際協力現場を訪れるツアー企画に参加するのもよし,

国内で毎年開催されている「国際協力フェスティバル」

(本年は10月7−8日に日比谷公園で行なわれた)などに参加してみるのもよい。

NGOのネットワークであるJANIC(NGO活動推進センター)のセミナーに

参加してみるのもよいかもしれません。

 

GO(政府系機関)もNGO(非政府系機関)も,人材の採用には「経験」を重視しま

す。

その「経験」を得るためもに,積極的に情報を収集し,

貪欲に学習・体験する機会を得る努力が必要です。

「苦労して自分の道をつくる」これが大切です。

 

 

まず,人間と社会を知れ

 

―――国際保健に取り組もうとする医学生に,何を一番訴えたいですか?

 

バルア 国際保健協力の現場では「医師」や「看護婦」の専門性が必要とされていない

こともあります。

むしろ,「食前にはしっかり手を洗いましょう」

とお母さんに粘り強く教えるような地味な取り組みが重要なケースが多いのです。

現場を知ること,そして現地の人々と接し,文化・習慣を学ぶことが大切です。

 

故中川米造先生(阪大名誉教授)は,

「人間のこと,社会のことを知らずに医者になっていいのか」と訴え,

社会学的な教育の重要性を強調しました。

私は「人間として人間の世話をすること」を学び,「世間や世界を知る」ためにも,

医師になる前に「旅をする」ことは大きな意味があると思います。

そして,それは自分自身のアイデンティティを問うことにもつながります。

 

1)Who am I?

 

2)Where did I come from?

 

3)How did I come here?

 

4)Where shall I go from here?

 

5)How shall I go there?

 

6)What shall I do there?

 

このことを問いつづけることが大切です。

 

 

DOH―JICA

 

フィリピンへの日本からの対外援助はインドネシア,中国,タイに次ぎ4番目に多く,

JICA(国際事業団)を通じてさまざまなプロジェクトが行なわれている。

本フェローシップでは,マニラのJICA事務局で全国的なプロジェクト概要の講義を

受けた後,

柴田貴子氏(保健婦)の案内で中部ルソンにあるタルラク州での

家族計画・母子保健プロジェクトの実際を見学した。

 

現場で活躍する人々の生の声に共感

同プロジェクトはフィリピン保健省(DOH)への協力で行なわれ,

@統合母子保健,Aリプロダクティブヘルス推進,B住民組織支援などの各プログラム

からなる。

また,現在JICAはNGOとの連携に力を入れようとしており,

AMDA(アジア医師連絡協議会)などNGOでの経験を持つ九里武氏がその任にあた

っていた。

プロジェクト・ディレクターの湯浅資之氏と九里氏(ともに医師)は,

夜遅くまで学生たちと酒を酌み交わし,学生たちは

「国際保健協力の場で働く人たちの本音が聞け,有意義だった」

「取り組む姿勢に共感を受けた」など,多いに触発された様子だった。

 

このDOH−JICAプロジェクトの見学では,最前線の薬局や診療所から,

中核病院まで,それぞれの保健医療機関でスタッフだけでなく,

利用者,患者との交流が行なわれ,生き生きとフィールドで学習する学生たちの姿が印

象的だった。

 

学生の一言

現場の人々の心の葛藤に感動した。

自分が納得して幸せに働けるフィールドはどこか,

しっかり見定めたい。

 

自分が進むべき道見えてきた

フェロ−シップも最終日に近づくにつれ,

学生たちは「日本に帰りたくない」と言い始めた。

「日常の生活では出会えないような『仲間』に出会えた」学生たちはこう口を揃える。

「睡眠時間がなくても平気なくらい充実していた」

というこの旅が終わると,6年生たちは自分の進路を迫られる。

 

「でも,ようやく自分の進むべき道がどこか見えてきた気がする」

学生の1人は,日本に帰る日にこう言った。

 

 

●なぜ国際保健協力なのか?―――フェローシップに参加して

 

江副 聡(チームリーダー・佐賀医大6年)

 

この度,第7回国際保健協力フィールドワーク・フェローシップに

チームリーダーとして参加する機会をいただきました。

少年時代の一時期を米国,英国で過ごした私は,以来

「日本人して,また,1人の人間として国際社会で何ができるか」

をテーマとしてきました。

大学入学後もそのテーマの下,日米学生会議やアジア医学生会議を通して国内外の学生

と討論し,

研修旅行を通して主に途上国の保健医療事情を見聞してきました。

そして,学生生活最後の海外研修を幸運にも本フェローシップで締め括ることが出来ま

した。

以下,本研修を通して国際保健について感じたことを紹介させて頂きます。

 

国際保健とは互いに学び合うこと

「国内にも問題を抱えているのに,どうしてわざわざ海外の問題に首を突っ込むのか?

」,

この種のコメントは国際協力や海外での活動に従事する人への疑問としてしばしば耳に

します。

人道主義,先進国としての責任,国際社会における日本の発言力の確保,

戦後復興の際に日本が受けた援助の恩返し,自己満足,

どの理由もそれぞれにおいて真実を突いていると私は思います。

ただ,私が研修を通して新たに実感した「理由」は,

「日本の問題を解決する手助けになる」というものです。

研修中,フィリピンが抱える保健医療分野の諸問題に接する中で,

それらの多くは日本と無縁ではないことに気付かされました。

 

例えば,保健省で伺った医療制度改革のレクチャーでは,

医療保険制度改革として2004年の皆保険制度構築を目標に保険者の民営化を進める

取り組みや,

医療提供側の改革として医療機関の質を評価し,

診療報酬の包括制への移行を進める取り組み等が紹介されました。

日本でも医療制度改革が論議を呼んでいますが,

フィリピンでの改革に当たって日本の経験が参考になり得ると同時に,

フィリピンの経験を念頭に置き日本の問題を相対化することが,

日本の改革の参考にもなり得るのではないでしょうか。

他にも,国情柄発達しているプライマリケア教育,

日本よりもむしろ緊密な病診連携,地方分権による地方保健セクターの権限増大の功罪

等,

日本が参考にできることは少なくないと感じました。

 

国際保健の醍醐味

さて,以上が日本の立場を意識した理由だとすれば,

国際保健の本質的な目標は,1977年にWHO事務局長 H.Mahler 氏主導で提唱され

た“Health for All" というスローガンに集約されるのでしょう。

今回の研修でお会いした方々は視点や立場,また理由こそ違えども,

この目標に向けて地道に努力を重ねておられる方々でした。

 

ともすれば華美なイメージを伴う「国際」保健ですが,

その基本的な活動手法はPHCを始めとする地道な公衆衛生的アプローチです。

今回見学させて頂いた活動も,人形劇を用いた健康教育,予防接種の普及,

家族計画の推進といった教育や予防活動が主でした。

こうした活動は成果が出るまでに往々にして時間がかかりますし,

その成果は簡単には目に見えません。

人は病気が治ることに感謝することはあっても,

病気にならずに済むことに対して感謝することはあまりありません。

時間がかかり,見えにくいことに対して感謝する人もそう多くはないでしょう。

では,国際保健に従事する上での醍醐味とは何でしょうか?

研修中,以下の詩を教わった時,私は膝を打つ思いでした。

 

「本当に優れた指導者が仕事をした時は/

その仕事が完成した時/

人々はこう言うでしょう/

われわれ自身がこれをやったのだ,と」

 

Yen Yang Chu(1893−1990)によるこの一節は

国際保健のめざす所を見事に示しているのではないでしょうか。

自分の仕事が人々のものとして定着したまさにその時,

功名心や名誉欲を超えた次元で得られる達成感,

これが国際保健の醍醐味なのではないでしょうか。

フィールドで,オフィスで,あるいは,ごみ山の傍らで活動される方々,

その表情に気負いは感じられませんでした。

そこには,醍醐味を知る者の活き活きとした境地が反映されていたように思われます。

 

本フェローシップでは,NGOから政府機関,国際機関まで実に系統的なプログラムが

提供されており,

それぞれの段階で自然に国際保健の醍醐味が窺い知れるよう工夫されていました。

また,講師の皆様,同行してくださったコーディネーター、指導専門家の方からは

学生の自主性を最大限尊重する教育的配慮が随時感じられました。

そこに,国際保健を通じた医療系学生の教育・啓発という本研修の趣旨の一面が

表れていたように思われます。

 

本研修を通して,個人的に今後の方向性を考える上で,大変貴重な示唆をいただきまし

た。

本フェローシップが継続・発展され,今後とも多くの学生が参加されることを切に願っ

ております。

 

最後になりましたが,本研修を可能にして下さった,

大谷藤郎先生をはじめとする企画委員会の皆様,

紀伊国献三先生を始めとする笹川記念保健協力財団の皆様,

関係協力機関,講師の皆様,指導専門家のスマナ・バルア先生,

貴重な経験を共有した参加学生の仲間たち,

快く送り出して下さった小泉俊三総合診療部教授をはじめとする佐賀医科大学の皆様,

その他関係各位に深い謝意を表して結びとさせていただきます。

 

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