ヘイトスピーチ 「失うものばかり」後悔の元「突撃隊長」

毎日新聞2017年6月2日 20時01分

対策法施行から1年 言動過激化の経緯証言

 6月3日、ヘイトスピーチ対策法が施行されて1年となる。在日コリアンらを標的に
、差別をあおるヘイトスピーチデモに参加し、「突撃隊長」と呼ばれた男性会社員(3
8)が毎日新聞のインタビューに応じた。ネット上に掲載されたデマを真実と思い込ん
でデモに参加し続け、言動が過激化していった経緯を証言した。「いま振り返ると間違
っていた」。そう、深い後悔の念を示す。【後藤由耶/写真映像報道センター】

参加のきっかけは東日本大震災

 ヘイトスピーチデモに参加したきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災だ
った。東京電力福島第1原発事故に伴う計画停電の影響で、勤務先の業務に支障が生じ
、3日間も帰宅できなかった。そんな中、ネットで「反原発は、左翼勢力と在日コリア
ンの勢力が結託して日本経済を破壊するために行っている」といった趣旨の書き込みを
いくつも目にした。そのうちそれを信じ込み、反原発運動や原発の停止に不満を募らせ
ていった。

 翌4月、原発再稼働を訴えるデモをネットで知って参加した。帰宅してネットにアッ
プされたデモの動画に寄せられたコメントなどを読むと、思いは共有されていると感じ
た。このデモにはこれまでヘイトスピーチを繰り返してきた団体が参加していた。団体
の活動をネットで調べると、共感することも多かった。声を上げなくてはいけないとい
う「正義感」から、繰り返しデモに足を運ぶことになった。

 高校卒業後、男性は運送関係に勤めたが、倒産や事業の縮小で会社を転々とした。2
0代前半、ネットで見つけたサバイバルゲームのチームに入り、週末に関東の山中に集
まっては戦うのが趣味になったという。

 偶然見つけたチーム。ただ、メンバー同士の会話は、ネット掲示板「2ちゃんねる」
の書き込みそのものだったと振り返る。何か失敗すると「お前は在日か」と責められ、
語尾に「~ニダ」を付けて話すことがはやっていた。ゲームの合間、仲間から教えても
らった人物のブログを読むのが日課になった。「中国のスパイが日本にいる」「長野五
輪の応援で来た中国人に人民解放軍の関係者が紛れていた」などと書き連ねるその内容
に、マスコミが報じない真実が書かれていると感じたのだ。

 2002年9月、日朝首脳会談で北朝鮮の金正日総書記は日本人拉致事件を認め、「
これからは絶対にない」と謝罪した。それまで無関心だったが、男性は「北朝鮮憎し」
の感情がわき出てきたという。サバイバルゲームでも、金総書記のお面をかぶせたマネ
キンをエアガンの的にし、バットで殴ったり、首にロープを掛けて引きずり回したりし
た。ゲーム仲間との会話は、およそ10年後に出会うヘイトデモのメンバーと交わす会
話と変わらなかった。

デモの場が「居場所」に

 12年、ヘイトデモは代表的なコリアンタウンである東京都新宿区の新大久保でも行
われるようになった。常連参加者が「お散歩」と称し、店舗や買い物客に罵声を浴びせ
ながら練り歩く。ある時、地域住民や商店を攻撃することに抵抗感を覚え、メンバーに
「まずいんじゃないか」と話した。すると「敵の味方をしやがって」「裏切り者、スパ
イ」と糾弾された。

 週末のデモに月2回程度参加するうち、友人が増えた。デモの場が「居場所」となっ
ていた。意見の対立でデモの場を失い、友人関係が終わってしまうことがひたすら怖か
った。

 他のメンバーが「過激なデモはおかしい」と意見を述べたこともあった。男性は逆に
、「あいつはスパイで情報を流しているかもしれない。気をつけろ」「あいつは在日じ
ゃないか」などと吹聴し、ついにはそのメンバーを追い出してしまった。仲間に合わせ
ないと自分が標的にされるという恐怖心がそうさせた。

過激化する言動 優位にいる感覚

 「場の雰囲気に流され感覚がまひしていった」と、男性は話す。

 デモに異議を唱えることをやめ、参加し続けた。韓国との国交断絶を訴え、「犯罪外
国人をたたき出せ」「通名廃止」などと繰り返し叫んだ。在日コリアンのことを「ゴキ
ブリ、ダニ」と呼んでも平気になり、「死ね殺せ」「コンテナに詰めて朝鮮半島に送り
返せ」などと発言はエスカレートする一方だった。

 日々の情報はネットで得た。在日外国人の凶悪犯罪件数が多いなどと主張するサイト
に「真相」を探し求めた。マスコミが報じない情報に触れて「真実を知った気分になっ
た」。凶悪犯罪が報じられると、条件反射的に「在日の犯行じゃないか」と思い、マス
コミ報道は国籍や本名を隠していると固く信じた。

 動画投稿サイトには今も、デモの先頭を歩く男性の姿が残る。「在日中国人を一人残
らずたたき出せ」と叫び、ナチスのハーケンクロイツ旗を掲げる。黒の覆面、ヘルメッ
ト姿。敬礼もナチス式だ。

 14年には、デモの主要メンバーとなり、「突撃隊長」と呼ばれるようになっていた
。当時所属した団体の代表はブログに「敵対勢力を痛烈に攻撃する頼もしい姿」から名
付けた、と理由を記している。

 男性はデモで過激な振る舞いができた理由について、道路使用許可とデモ隊を囲むよ
うに配置された多数の警官の存在を挙げた。「使用許可を取っているから、『表現の自
由』を盾に何を言っても許されると思っていた。デモに反対する人が迫ってきても、警
察官が守ってくれるという安心感があった。自分たちが優位にいる感覚だった」

朝鮮人と決めつけ暴行、逮捕

 「朝鮮人が襲撃してきたんだから、何をやってもいいと思った」

 14年8月、仲間100人以上と都内の居酒屋でデモの打ち上げをしていると、偶然
、同じ店に入ってきた男性7人と出くわした。ヘイトスピーチに反差別の声を上げるカ
ウンター活動のメンバーだった。「何しに来た朝鮮人!!」。怒号とともに彼らを襲い
、けがをさせた。被害者の男性(31)は「私がもし在日コリアンだったらもっと恐怖
を感じたと思う。まさにヘイトクライムだった」と振り返る。

 同年10月、傷害容疑で逮捕された。20日間の勾留中に思いを巡らせたのは、会社
の同僚、親、そしてデモ仲間に迷惑を掛けてしまったことだった。結局、罰金50万円
で略式起訴され、謹慎の意味でデモにはもう関わらないと宣言した。デモ仲間との付き
合いは断ち難く、付き合いは続けたが、デモから疎遠になったことで「カウンター側と
つながっているのでは」と、疑いの目を向けられるようになった。「スパイ、裏切り者
はたたき出せ」と面罵され、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で
も中傷が続いた。結果的にヘイトデモのメンバーとの関係は終わった。

反省のきっかけ

 男性の窮地を救ったのは、カウンター活動をする在日コリアン2世の男性(52)だ
った。ツイッターでメッセージを男性に送った。「脅迫とか嫌がらせがあったらなんで
も言ってこいよ」。嫌がらせに屈して、再びデモに戻らないでほしい一心だった。

 その言葉に男性は「自分が攻撃してきた在日コリアンがなんでこんなことを言ってく
れるんだろう」と信じられない思いだった。正直、ありがたくもあり、申し訳なくもあ
った。この言葉をきっかけに、自身を省み始めた。どうしたら許されるのか、尋ねた。
返信があった。「許してもらおうと考えるのではなく、自分が何をしてきたかを書き連
ね、許されなくてもいいから二度としないと決めてほしい」

 自分の何が間違っていたのか? 書きつづってネットにアップした。何年も在日コリ
アンなどを標的に攻撃してきたこと。在日コリアンは納税していないとか、通名で守ら
れているというのはデマで、在日特権なんてなかったと知ったこと。これらはヘイトデ
モ参加者をあおるデマで、完全に乗せられていたと気づかされたこと。多くの人を傷つ
けてしまい、なんてバカなことをしてしまったのか--。

 男性は過去の自分に向き合うため、カウンターの人たちと連絡を取り、面会した。取
り返しの付かないことをしてしまい、ただただ申し訳ない、と伝えた。「してきたこと
を忘れないで、幸せになりなさい」「出会いを大切にして」。掛けられた言葉に涙が頬
を伝った。

ヘイトスピーチから決別して

 男性は、ヘイトスピーチがあまりにもひどいから「ヘイトスピーチ対策法」ができた
と理解している。そして対策法により、表面的にはヘイト行為は減るかもしれないと思
っている。けれど、なぜヘイトスピーチがいけないのかという教育がないと、根本的な
解決はないとも思う。

 過去は簡単には消せない。ネット上にはデモや街宣をする自分の映像が残る。最近、
アジア出身のアイドルのファンになった。少し前の自分は、彼女たちを傷つけるような
ことばかりしており、自責の念に駆られる。新しい出会いがあるたびに、ヘイトデモに
参加したことが発覚しないか、おびえている。実際、男性の過去を知って離れていった
人もいる。ヘイトへの加担で得る物はなく、失う物ばかりだと思う。

 いま、自らに課していることがある。身の回りにヘイト発言をする人がいたら注意す
る。そして、自分の行動が人を傷つけていないかどうかよく考える。二度と思い込みで
行動しない、と。

 男性はヘイトスピーチを続ける人たちに伝えたいと、こう語った。「一日も早くやめ
てほしい。これ以上傷つく人を増やさないでほしい。貴重な時間と出会いをムダにしな
いでほしい」

傷ついたマイノリティーを忘れずに

 <ヘイトスピーチ問題に詳しいジャーナリスト、安田浩一さんの話>自分自身を批判
的に語り、ヘイトスピーチをしてきたことを反省する人を彼以外にほとんど知らない。
彼の反省の言葉を信じたい。

 彼のようにネットで何かを感じ取って、ついデモに参加し人間関係ができて、気づい
たらヘイトデモの隊列のど真ん中にいたという人は少なくない。実社会とヘイトデモの
隊列にはそんなに大きな段差はないということだと思う。ネット言論に端を発したメデ
ィアや政治家などが作り出す空気で、差別を一つ一つ学んでいく人が多い。それらが、
彼のような人を生み出してしまっているのではないか。

 社会をかき乱し、亀裂と分裂を与え、人のことを傷つけても、やめれば本人は何事も
なかったかのように日常を送ることも可能だろう。しかし、傷つき絶望を感じ、被害を
忘れたくても忘れることのできない多くのマイノリティーがいることを忘れてはいけな
い。ヘイトスピーチとはマイノリティーの尊厳を奪う暴力であり、制度的にも被害救済
が確立されておらず、かき乱された心の傷は容易にはいやされることはないからだ。

https://mainichi.jp/articles/20170603/k00/00m/040/024000c?fm=mnm

inserted by FC2 system