「東電強制起訴・世紀の裁判で何が裁かれるのか・原発事故の隠された真実」


2015年7月31日、東京第五検察審査会は、昨年7月31日に引き続き、
2013年9月9日に東京地検が不起訴処分とした東電元幹部のうち、
勝俣恒久元会長、武藤栄、武黒一郎の両元副社長について、
業務上過失致死傷罪で強制起訴を求める議決を行った。

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今回の議決によって、これまで、政府事故調の事故調査報告書や
検察の捜査結果の背後に周到に隠されてきた、福島原発事故の真の原因が
浮き彫りにされた。
議決に指摘された事実関係は、これまで政府事故調によって描かれてきた
事実関係とは全く異なるものであった。

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2006年9月13日に、保安院の青山伸、佐藤均、阿部清治の三人の
審議官らが出席して開かれた安全情報検討会では、津波問題の緊急度と
重要度について「我が国の全プラントで対策状況を確認する。
必要ならば対策を立てるように指示する。
そうでないと「不作為」を問われる可能性がある」とも報告されていた。
(「第54回安全情報検討会資料」)。
この方針が貫かれて、保安院によって迅速な対応が指示されていれば、
事故は防ぐことができた。
しかし、対策はとられず、保安院は東電など電力会社の圧力に屈していく。

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2009年6、7月には、貞観津波の問題が耐震バックチェック会議で
産業技術総合研究所の岡村行信委員から指摘された。
しかし、名倉審査官は津波の問題はまもなく提出される最終報告に
盛り込むとして、問題を先送りした。
この時点で保安院は最終報告の時期を数年単位で先送りする東電の方針を
認めていたのであり、審査委員をも欺いたこととなる。

2009年9月には、東電が上記の試算結果を保安院に説明した。
小林勝原子力規制庁安全規制管理官の政府事故調査調書には
次のやり取りが記録されている。

小林「ちゃんと議論しないとまずい」

野口審査課長「保安院と原子力安全委の上層部が手を握っているから
余計なことするな」

原広報課長「あまり関わるとクビになるよ」

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2011年3月7日、東京電力は、15・7メートルという数値を含む
2008年のシミュレーション結果を国に報告した。

この日、保安院の審査官であった小林勝は、シミュレーションの報告が
なされた際、土木学会の津波評価技術の改訂に合わせるという東電の方針に
対して、
「それでは遅いのではないか。
土木学会による津波評価技術の改訂に合わせるのではなく、
もっと早く対策工事をやらないとだめだ」
「このままだと、(政府の地震調査研究)推進本部が地震長期評価を
改訂した際に、対外的に説明を求められる状況になってしまう」
とコメントしたとされる。

だが、これは遅すぎた警告であった。

それから4日後の2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生した。
津波の浸水高はO.P.プラス11・5から15・5メートルであったとされる。

事故発生後、8月まで、3月7日に報告がなされていた事実は、
国・保安院によって秘匿された。
保安院は事故後まで東電を庇い続けたのである。

東京電力は、3月13日の清水社長の会見以来、事故は「想定外の津波」
を原因とするものであり、東電には法的責任がないとの主張を繰り返した。
真っ赤なウソであった。

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少なくとも2007年12月の段階で、東京電力において、
耐震バックチェック最終報告で推本の長期評価を考慮することが
決定されていたという事実は、衝撃的な新事実である。

政府事故調はこの経過を認識しながら、15・7メートルのシミュレーション
は試算に過ぎず、土木学会への検討依頼は「念のため」になされたもの
とする判断を示していた。
実際はそうではなく、あらかじめ決められていた方針を転換し、
速やかに終えなくてはならない耐震バックチェックの完了時期を
長期に先送りすることを意味していたのである。

この方針転換こそが、事故の直接的な原因である。

勝俣会長ら三人は、いずれ推本(政府の地震調査研究推進本部)の見解
に基づく対策が不可避であることを完全に認識していた。
しかし、勝俣、武藤、武黒ら東電役員は、福島原発の運転停止を恐れ、
また、老朽化しまもなく寿命を迎える原子炉の対策のために多額の費用の
かかる工事を決断することができなかった。
被告人らは不可避の対策を遅らせることを目的として、「身内」の
土木学会へ検討依頼を行なった。
そして、このことが外部に漏れることを警戒し、所内の会議でも、
津波対策に関する書類は会議後に回収するという徹底した情報の隠蔽工作を
行っていたのである。

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このような認識のもと、議決は、勝俣・武藤・武黒の三名について、
具体的な予見可能性があると判断した。

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武藤・武黒は長期評価に基づくシミュレーションとこれに基づく
対策を先送りしたことを認めていたが、このことを知らなかった
としていた勝俣についての判断が注目されていた。
議決は、地震対応打ち合せは勝俣への説明を行う「御前会議」
とも言われていたこと、津波対策は数百億円以上の規模の費用がかかる
可能性があり、最高責任者である勝俣に説明しないことは考えられないこと、
2009年6月開催の株主総会の資料には、「巨大津波に関する新知見」
が記載されていたこと等を根拠に強制起訴の結論を出したのである。

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今回の議決は、市民の正義が政府と検察による東電の刑事責任の隠蔽を
打ち破ったという歴史的な意義を持っている。
東京電力幹部の刑事責任はもはや明白である。

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長期の裁判を遂行するため、検察官役の弁護士を市民が物心両面で
支えるネットワークを作り、裁判の経過を時々刻々と市民に知らせていく
体制を作りたい。

被害者とされた人々の委任を受けて、裁判自体に参加する途も追求したい。
市民の正義を現実のものとするために、多くの市民の支えが必要だ。

(「東電強制起訴・世紀の裁判で何が裁かれるのか・原発事故の隠された真実」
「世界」2015年10月号、海渡雄一論文、より抜粋)

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