なぜ病院職員が『志願兵』を演じるのか

佐久総合病院付属小海診療所 由井和也

12月4日、長野県厚生連病院の新入組合員研修会が
佐久病院の教育ホールで開催されました。
その場で佐久病院劇団部の演じる『志願兵』(若月俊一・脚本)が上演されました。
ご存じの方も多いと思いますが、その演劇は、戦争の悲劇、
不条理を伝えるには十分な内容であると同時に、戦時中に「転向」し、
その後を生き延びることとなる若月先生の内面の苦悩が描かれている作品です。
今回の劇に出演した役者も美術や照明、音響などに携わったスタッフも
「戦争を知らない」若手の病院職員が中心です。
演劇の中身もさることながら、彼らが毎日の忙しい仕事の合間をぬって
繰り返し練習を重ねたことがよくわかる舞台で、
その出来ばえに僕はとても感動しました。

僕の後ろの席にいた新人の若い職員が、隣の友人に向かって
「ひたすら暗いね、、、」と途中で感想をもらしていました。
どうしてこんな「ひたすら暗い」戦争の劇を病院の職員が真剣に演じていて、
それを私たちは見せられなければいけないのかわからない、
といったようすにもみえます。
イデオロギーを病院の現場に持ち込むなという意見を病院の中で聞くこともあります。
そういった意見に何と答えたらいいのかなと日頃から考えていました。
そんな折に、公衆衛生を専門とするある大学の先生の講演を聴く機会に恵まれました。
その先生は最近の世の中の動きを懸念し、以下のようなことを述べていました。
少し長くなりますが、その講演の一部を以下にご紹介します。

「社会的不正義が存在したときに人の命が損なわれる、
これは悲しいことながらいくつもの歴史的事実からうかがわれています。
その最大のものが戦争です。
戦争は人が死にます。
当たり前です。
ただ、死ぬ方は決して兵士だけではありません。
そもそも兵士とはどういう人なのか。
お金持ちの政治家の息子は兵士になったためしはないんですね。
仕事が無い非正規だったら自衛隊にいらっしゃい、
米国の軍隊も同じことをやっていますが、
兵士になるのはそこでセレクションが起こっています。
そしてセレクトされた人々が戦争にかり出され、
優先的に死ぬことを強いられる。
これは不正義です。
さらに戦争において被害を受けるのは、兵士だけではなく、一般の人、
そのなかでも先に死ぬのは障がい者であり、子供であり、女性である。
これも数々の多くの歴史が証明しています。
基本的に戦争というものは、その不正義が露骨に人の命に関わる問題、
そういった意味において、
戦争というものは最悪の社会的な負の健康決定要因であるといってよい。
かつ、それは予防しか方法がない。
一度発生してしまったら、われわれ医者、
公衆衛生にたずさわるものは、何ひとつできない。
起こってしまった被害をどうにもできない。
私がなぜこの活動を義務だと思っているかと言えば、
医師である以上、公衆衛生を志すものである以上、
科学というものを扱うものである以上、
明確にわかっている危険要因に関して、
予防しか手立てがないことが明確にわかっているのであれば、
動かない理由がどこにもないからです。
もし啓蒙が足りないというのであれば、
啓蒙を行うのが、われわれ学識経験者の社会的責務です。
もしそれが足りないのであれば、行動を起こします。
それでもまだ足りないのなら、仲間をつくって様々な活動を展開していくしかない。
われわれにとって健康というものを左右する社会的決定要因というもの、
戦争は最悪のものですが、ほかにも広い意味での社会的排除、
その社会的排除をつくる社会的不正義、
これらは全て健康をはばむわれわれの共通の敵です。
そして、この共通の敵に取り組むためには、
制度・政策・政治というもの、
経済を含めたありとあらゆる社会経済的な政策を動かさない限り、
この社会的不正義と根本的な対峙ができません」。

なるほど論理的かつ明快な意見だと僕は思います。

「健康は平和の礎」。
若月俊一先生はこの言葉も色紙に好んで書かれました。
地域住民の健康は医療の民主化、
地域の民主化なくして達成することはできないとも述べています。
地域の医療ばかりでなく国際保健医療への貢献も理念に掲げているのは、
支援や施しなどといった上から目線の貢献ではなく、
医療を通じた草の根の連帯が平和に寄与すると考えていたからではないか
と想像しています。
「平和は健康の礎」。
イデオロギーを病院の現場に持ち込むなという人にとっても、
これが「確かな事実」であることに異論はないでしょう。
昨今の世の中のようすは、無関心や他人まかせではすまされない状況で、
僕たちは小さくても声をあげなければならないと思っています。
若月先生の『志願兵』を病院職員が演じる意義も
そういったところにあるのではないでしょうか。

(佐久病院労組ニュース 平成28年12月29日)

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