124 中国の医療者が注目する日本のコミュニティケア
日経メディカル 2016年9月30日 色平哲郎
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201609/548428.html
中国の「中秋節」は、「春節」「端午節」と並ぶ三大節句のひとつで、十五夜の月を愛
でながら秋の豊作を祝う。9月中旬、長野県看護大学の教授とともに、私は遼寧省瀋陽
市郊外の巨大な中国医科大学にいた。講演をした後、同大の指導教員たちと中秋の名月
を眺めながら、大いに語りあった。
中国医科大学は、軍医学校を前身として、戦後、国立満州医科大学、私立奉天医科大学
と合併して今日に至っている。中国東北地方最高の医療拠点であり、医師教育機関だ。
講演のテーマは日本の地域医療の成り立ち、現状、課題などを伝えることだった。中国、
特に遼寧省のような農村を多く抱える地方では、近年、日本の地域医療から学ぼうと
する意欲が高まっている。中国でも高齢化がすさまじい勢いで進んでいるからだ。
2013年には高齢人口(60歳以上)が2億人を突破し、総人口の約15%に至っている。長
く、一人っ子政策を採ってきた中国では、2040年には現役世代2人で1人の高齢者を支え
るようになると予想されている。日本の先行事例を何とか吸収しようと必死だ。
「日本人は日本人を信じているのですね」
日本への留学経験のある教授は、私たちの顔を見るなり、流暢な日本語で「中国は先進
国の仲間入りをする前に高齢化の波が押し寄せています。大変な状況です。互助の考え
方も定着していません。ぜひ、先生方の知見、ご経験をお話しいただきたい」と言った。
「三農問題(中国の農業問題・農村問題・農民問題の総称)は、かつて日本の農村も抱
えていました。信州での医療実践は参考にしていただけるでしょう」と答えると、教授
は目を輝かせた。そして、地域医療について語ったのだが、向こうは初めて耳にする概
念のシャワーを浴びて衝撃を受けていた。それを見たこちら側もカルチャーショックを
受けた。
そもそも「地域」という言葉の意味合いからして日本とは違う。というか、土地に根ざ
した地域という概念が現代中国には欠けている。「コミュニティ」に相当する言葉は「
社区」なのだが、2000年前後に行政区画の再編が行われた際に最も基礎的なものとして
作られたのだという。内実は職場ごとに設けられていた「単位(ダンウェイ)」の色が
濃く、「向こう三軒両隣」の日本的地域性とはほど遠い。
「寝たきり」「褥瘡」「在宅医療・介護」「ケア」の実状を聞くのも初めてだったよう
で、遼寧省の医療者たちは目を丸くする。「地域包括ケアシステム」について解説する
と、ある医師はこうつぶやいた。「診療所、病院、介護施設、行政がネットワークを築
いて支えあうなんて考えたことも、聞いたこともなかった。素晴らしい。すごい。われ
われもトライしたい」。
少し間を置いて、彼は「日本人は日本人を信じているのですね。隣人を信用しているか
ら、こういう仕組みが成り立つのですよね。でも中国では……」と言葉をのんだ。「カ
ネとチカラ」への信仰がはびこっていて、「おたがいさま・おかげさまで」の精神を育
むのは難しいと言いたかった様子だ。
だが、一方で中国の可能性も感じられた。たとえば日本の「保健師助産師看護師法(保
助看法)」に相当するものは中国にはなく、看護師が必ずしも「医師の指揮下」に置か
れるわけではない。その分、看護師の自立意識が強く、地位も安定している。
医師の「上から目線」アプローチではなく、看護師がリーダーシップをうまくとれれば
、日本とはまた違った中国式のケアが育っていくのではなかろうか。そこに期待したい。