「らいてうの家」の10周年で上田に


上野千鶴子さんに聞く  「選択縁」でつながる社会へ

ムラ社会復活はノー 風通しのいい関係を 最期まで当事者主権で

日本のジェンダー研究の第一人者で、近年は介護のありように
ついて積極的に提言している社会学者の上野千鶴子さん(68)。
8月下旬、上田市真田町にある「らいてうの家」の
10周年記念シンポジウムに合わせて同市を訪れた。
女性解放運動のさきがけとなる平塚らいてう(1886年ー1971年)
の生誕130周年となる今、女性をとりまく状況は変わったのか。
自立した老いを迎えるにはー。
講演とインタビューから手掛かりを探った。
(大井貴博)

信濃毎日新聞 2016年9月9日

シンポジウム冒頭の講演で、昭和恐慌前後の1920ー30年代に
女性がそれぞれの家庭で調理するのではなく、みなで集まって
共同炊事をするなど「協同組合運動」が盛んだったことを紹介。
らいてうも女性だけの消費組合「我等(われら)の家」を設立した。

上野さんが着目するのは「協同」という言葉だ。
「似たもの同士が集まる『共同』(コミュニティー)と違って、
『協同』(アソシエーション)とは異なるものの組み合わせであること」

核家族化と高齢少子化が進む日本では、65歳以上の高齢者がいる世帯の
ほぼ4軒に1軒が1人暮らしになっている
(内閣府の2016年版高齢社会白書)。
著書「おひとりさま」シリーズをはじめ、シングルの老いを研究してきた
上野さんは「(高齢者の)『おひとりさま』が増えるのは、
抵抗できない時代の趨勢(すうせい)」と話す。
個人の価値観も、家族のかたちも、多様さを増している。

家族頼みの老後のシナリオが描きにくくなった今、
支え合いのカギとして浮上してきたのが地域(共同体)。
いわばご近所などの助け合いだ。

でも上野さんは「ちょっと待って。
地域ってキモチ悪い」と言う。
「助け合いもするけど、排除と抑圧の仕組みにもなる」。
かつてのムラ社会のような息苦しい仕組みの復活は
「望ましくないし、可能でもない」。
代わりに提案するのが「選択縁」でつながる社会だ。

  *  *

上野さんの言う選択縁とはこんなイメージだ。
地縁や血縁といった「選べない人間関係」とは異なり、
「加入」も「脱退」も自由。
ほどよく距離があって、無理なく付き合えるかかわり。
そして年を取っても一人で暮らせるように、
「家族や地域に代わる支え合いのネットワーク」のこと。

そうした縁を結ぶにはー。
「地域にゆかりのない転勤族や結婚を機に他県などから来た女性たちなど、
地縁や血縁から離れた人と、地元に密着した人との出会いが化学反応を
起こして、新しい選択縁を生みだすきっかけになる」

大都市圏と異なり、信州は家族や地域のつながりが根強い。
「地縁や血縁を否定しなくてもいい。
そこに身を置きながら、首一つ分でもいいから風通しのいい関係へ
踏み出してみたら」と上野さん。

介護や医療の現場を調査してきて、訪問看護や訪問医療を上手に
組み合わせれば、1人暮らしであっても家族に頼らずに最期まで
自宅で過ごすことが可能と言う。
現状では、介護施設に入るかどうかは、
本人ではなく家族が判断するケースが多い。
「家族に気を使って家から出されるくらいなら、
最初から1人暮らしを選んだ方が幸せではないでしょうか」

問われるのは、高齢者が自分で選択しようとする意思なのかもしれない。
上野さんは言う。
「今、大事なのは『当事者主権』という考え方。
自分で自分の生き方を決めることです」

らいてうが残した「元始、女性は実に太陽であった」との言葉は
女性解放の宣言とされる。
上野さんは警鐘を鳴らす。
「権利は向こうから転がり込んでこない。
闘って手に入るもの。
手に入れても、うかうかしていると奪われる」

  *  *

子どもの側からするとどうか。
介護の必要な親を放っておけないー。
そんな気持ちから同居を選ぶ人もいる。
上野さんはくぎをさす。
「(親と同居して)夫婦関係がうまくいかなくなったり、
仕事で不利益を被ったとする。
親の死後、自分は親の犠牲になったと思うなんて悲しすぎるでしょう」

上野さんは、親も子も、たとえ離れていても
それぞれが幸せな人生を送れる仕組みを追い求めてきた。
「介護保険を使い倒せばなんとかなる。
あとは医療、介護の人材と創意工夫です」


うえの・ちづこ
東京大名誉教授。
NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。
「近代家族の成立と終焉」でサントリー学芸賞。
女性シングルに向けた「おひとりさまの老後」がベストセラーに。
続編に「男おひとりさま道」「おひとりさまの最期」。富山県出身。

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