123 『暮しの手帖』創業者と若月俊一先生の共通点

日経メディカル 2016年8月31日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201608/548042.html

ここ数カ月、NHKの連続テレビ小説の影響で、雑誌『暮しの手帖』が脚光を浴びている

日経メディカルでも東京医療センターの尾藤誠司先生が、
連載コラムで同誌から影響を受けたことを語られているが、実は私も同じような経験をした。

今でも鮮明に覚えている記事がある。
1967年に掲載された、「ポッカレモンには、大瓶にだけビタミンCが入っていない」
という記事である。
当時私は小学生で、その内容にショックを受けた。
自宅の食卓に置かれていた大瓶が、急にウソにまみれたものに見えた。

この記事の反響は大きかったようだ。
暮しの手帖社が今年発行した書籍『花森さん、しずこさん、
そして暮しの手帖編集部』(小榑雅章著)でも、
「『ビタミンCは生レモンの3倍も強化されているポッカレモンを毎日続けて
どんどん飲みましょう』と、テレビで大変な宣伝をして売り出していた。
そして、とても売れていたのである……」と、当時のエピソードを紹介している。

敗戦直後に創刊された『暮しの手帖』の声価をおおいに高めたのは、
編集部B室(化学室)を中心として実施していた日用品テスト、
つまり食品成分分析や細菌検査だった。
一般企業から広告をとらず、当局からの広報に甘んじない、
宣伝に陥らない、そんな編集方針が貫かれたのが『暮しの手帖』だった。

前掲の書籍には、「石油ストーブ水かけ論争勝利の記念日」という記載がある。
実際の一戸建ての家を実験場にして、いろいろな火災を起こして、
どんなふうに燃えてゆくのか、どう消したらいいのかの実験を行ったのである。

その結果得られた結論は、万一石油ストーブが倒れたら
「とにかく引き起こすこと。どうしても引き起こせないと見たら、
すぐバケツ一杯の水をかけること」であった。
東京消防庁は当時、「まず毛布をかぶせて炎を抑える。
その後、水をかける」と指導していたので、
「素人が何を言うか、ケシカラン」と怒り出したという。


調査報道を貫いた編集者の原動力

商品テストに基づく報道は、まさに「調査報道」
(investigative reporting)である。
調査報道は、行政による発表をそのまま流す「発表報道」の対極にある。

当時「三種の神器」と呼ばれた家電製品をはじめ、
生活用品の商品レビューを厳格に貫く姿勢は、
政府発表や大企業の広告・広報を鵜呑みにせず、
批判的視点から報じるジャーナリズムの原点に通じる。

『暮しの手帖』を立ち上げた花森安治は、戦時中、
大政翼賛会の宣伝部に勤め、軍部の戦争遂行に関わった。
この経験が創刊の理念に大きく影響し、
「戦争をしない世の中にするための雑誌」をつくることを志したという。

「ぼくも含めて、みんな正しい戦争だ、聖戦なんだと、信じていた。
だまされたのだ。これからはぜったいにだまされない、
だまされない人をふやしていくことが大切なんだ。
暮しの手帖を創ったのは、まさにそのためだ。
お国のためではなく、じぶんたちの暮しが第一、という社会にするためだ」
(前掲書)。

戦後、「民衆」への啓発活動の必要性を痛感し、
その道にまい進した人たちは各方面にいた。
私が奉職する佐久総合病院で長く院長を務めた故若月俊一先生は、
「健康こそ平和の礎」との信念に基づき、
戦後、農村を回って健診や健康指導を続けてきた。

ジャーナリズム、医療と分野は違えど、
市井の人たちが自ら考え行動できるよう手を差し伸べたという点で、
花森と若月には相通じるものを感じる。

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