122 高齢者の地方移住政策への疑問

日経メディカル 2016年7月29日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201607/547671.html

過疎地を数多く抱えた信州で暮らしていると、地域の将来が気になって仕方がない。

2年前に日本創成会議が、2040年に全国896の市区町村が「消滅」の危機に直面すると発
表したときは、ゾッとした。正確にいえば、出産に適した年齢層の女性の人口減少など
により、896の市区町村の自治体経営が成り立たなくなるということで、今の状況を考
えると現実味のある話だ。さらには、『地方消滅』(増田寛也編著、中公新書)などと
いう、丸ごと地方が消えるかのような題名の新書まで出て、嫌な気分になった。

これに対して、政府は「地方創生」と称して東京一極集中からの脱却、地方への人口移
動を推奨する。自治体間の「若者争奪戦」があおられ、大都市の医療・介護の受け皿不
足から「高齢者の地方移住」も政策課題に並ぶ。

いったいこんなプランで大丈夫なのだろうか、と疑問を抱いていたところで、『人口減
が地方を強くする』(藤波匠著、日経プレミアシリーズ)という本に出合った。

本書によれば、近年の地方から東京圏への転入超過は「わずか10万人」。人口減の著し
い秋田県や島根県であっても、県庁所在地の地方都市には20~24歳人口が一定数ある。
仙台市や福岡市は、東京よりも若者の割合が高く、仕事のあるところに人は定着する
という当たり前の認識に立て、と説く。


高齢者は家族の呼び寄せで都市部へ
 
高齢者の地方移住策に関して言えば、そもそも75歳以上の後期高齢者については、家族
などの「呼び寄せ」による都市への人口流入の傾向が顕著で、むしろ地方から都会へと
いう流れにある。

著者は、「介護サービスが不足する東京圏の高齢者が移住することで、地方の介護や医
療、その他のシルバー産業の雇用が増え、若い女性の雇用の受け皿もできる」という政
策判断に疑問を呈する。

たとえば、北海道伊達市は、2000年ごろから高齢者移住を積極的に受け入れた。サービ
ス需要の増加で若い世代の流入も増えたが、景気が回復すると札幌市などで求人が増え
、若い世代は逆に流出しているという。

介護分野の人材確保が難しい最大の要因は「低賃金」だ。都市であれ、地方であれ、高
齢者の生活を支える介護従事者の処遇が向上しなければ、移住など画に描いた餅だろう


一般的なホームヘルパーの給与は、年間300万円を下回る。財源を介護保険料に頼って
いる間は給与の引き上げは難しい、と著者。介護保険料の制約下で給与を上げるには、
「現場や管理部門に技術革新やICT、ロボットなどを導入することにより、労働環境を
改善し、生産性を高めること」が必要と述べ、こう指摘する。

「具体的には、すでに進みつつある人感センサーによる見守りサービスのさらなる普及
はもちろんのこと、要介護者情報のクラウド化や動画データの送受信による健康状態の
確認、投薬管理、要介護者やヘルパーの肉体的負担を軽減するためのロボットスーツや
それに類するものなども、積極的に導入することが必要となります」

人感センサーはともかく、ICTの導入や技術の高度化がどれだけ介護の生産性を高める
かについては、なんともいい難い。各論ではいろいろ見解の相違もあろうが、現在推し
進められている高齢者の地方移住策の課題を知るには、手頃な好著といえようか。

「介護」は、科学や技術というより、弱者や高齢者を敬う至高の実践哲学。思想(孝)
や信仰(恩寵)を超えたところに展開するケアこそ、世界人類の共通文化であるという
ことを忘れてはならないだろう。

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