難民と医療不信が大発生・オプジーボの光と影No.2


普及した医療行為の中で最善のものを誰にでも保証することによって
世界から羨まれていた我が国の国民皆保険制度は、オプジーボ(ニボルマブ)
の登場によって、その前提を足元から揺さぶられています。
標準治療を最善と確信できな患者や、希望してもオプジーボ投与を
受けられない患者が「難民」と化して、皆保険の網から漏れ始めているのです。

本誌編集発行人 川口恭 

・・・自由診療へ殺到

順番を守れば投与してもらえるその保証がどこにもない。

・・・標準治療を勧める主治医の説明に納得がいかない患者の一定数は、
「オプジーボ難民」と化して、自由診療のクリニックに今現在も殺到しています。
海外から輸入したオプジーボ(・・・国内でメーカーから購入できる医療機関には
施設基準があります)を少量、旧来の免疫療法と併用してくれるような医療機関です。

そのような自由診療のクリニックで提供されるがん治療は、これまでなら
標準治療より成績で劣ることが確実だったため、標準治療ですることがなくなった
とか標準治療に加えて何かしたいという場合の受け皿であり、
標準治療やその実施医療機関に直接的な脅威を与えることはありませんでした。
しかし、抗がん剤で免疫抑制が起きる前にオプジーボを使い、
他の免疫療法とも組み合わせるというのは理屈から言うと正しい可能性があるので、
その量が適切かどうかはともかくとして、標準治療より成績で劣るとは
断言できないものがあります。

自由診療のクリニックは、データをきちんと収集・保管・発表しないことが多く、
受けた患者全体の本当の成績がどうなのかは恐らく最後まで分からないことでしょう。
しかし、生存・生還を果たす患者は一定数出てくるとおもわれます。

・・・

全身状態の壁

・・・対象以外の施設で治療を受けていて、万策尽きたので、基準を満たす
施設へ転院してオプジーボを受けたいと希望しても、恐らく願いは叶えられません。
PS(全身状態の指標の一つ)が悪くなり過ぎている可能性は高く、
そのような学会が推奨しない人を引き受けてオプジーボを投与する医療機関や
医師は存在しないと考えられるからです。
こちらも保険者から支払いを拒否される可能性がありますし、
それより何より、そのような患者で有害事象が発生したら、イレッサの時と
同様に訴訟を起こされる可能性があります。

転院や投与を断られた患者や家族が、そこまでの事情を分かる可能性は
低いと思われます。
「見捨てられた」という話だけが独り歩きすることでしょう。
また、事情を知っていたらオプジーボ投与可能な医療機関で1次治療から
受けたのに、という恨みを抱く人もいることでしょう。
そして、その何割かは、「オプジーボ難民」となって
自由診療クリニックを頼るのでしょう。


パンドラの箱開いた

「難民」が生還しないことを祈るしかない医療界の悪夢

希望する患者全員に希望通りオプジーボを投与せよ、などと主張するつもりは
毛頭ありません。
そんなことをしたら、どれほどの有害事象が発生するか分かったものでは
ありませんし、現在の薬価と用法用量のままなら健康保険財政も破綻します。

しかし一方で、投与を希望する多くの患者を納得させられず「難民」化させる
現在の対応を正しいと言うこともできません。
社会が医療従事者や医療機関を信頼しなくなり、
我が国の医療と国民皆保険制度を危機へ追いやるのは明らかだからです。

医療従事者や医療機関は、目の前の患者を支えるため全力を尽くすこと
が職業倫理に適(かな)い、それでこそ社会からの信頼も得られます。
自らの良心に恥じず最善を尽くしてもなお患者が納得しないというならともかく、
自らも疑問を感じながらルールに縛られて「難民」を生んでしまっている
のだとしたら本末転倒、医療不信のタネを自ら撒いているようなものです。

健保財政やルールの番人として患者や社会と対峙するのは、
本来は厚生労働省や保険者の役割です。
薬価見直しの音頭取りも彼らがしなければなりません。
それなのに現在、オプジーボ使用を抑制する防波堤役は現場の医療従事者に
押し付けられ、それを不思議に思う人もあまりいないようです。
厚労省や保険者が本来の役割から逃げている間に、
標準治療を行っている真っ当な医師や医療機関が患者や家族から恨まれるのです。

そして、もしも「難民」たちが頼った自由診療クリニックから標準治療と
遜色ない成績が出てきた場合、大変なことになります。

というのも、自由診療クリニックで行われている治療は、
自己負担額そのものは高額ながら、費用総額を見れば、
オプジーボの投与量が少ない分、ガイドラインと添付文書通りの治療
を受けるより、はるかに安いからです。
医療界に対する社会の不信は爆発し、取り返しのつかないことになるでしょう。

患者が希望する場合は1次治療でもオプジーボを使えるようにすれば、
「難民」はかなり減り、リスクも軽くなります。
ただし、そうした場合の保険者からの支払い拒否を防ぐには、
薬価を何分の1かに下げておくことが不可欠でしょう。
もし薬価引き下げに時間がかかるのだとすると、「難民」発生は避けられず、
自由診療クリニックがやっているような治療法の効果も検証して
理論武装しておかないと、好き放題を言われかねません。

ところが、その効果検証のために臨床試験を行うのは、
現在の枠組みを前提にする限り、ほぼ不可能です。

というのも、自由診療クリニックでやっている治療法は、
少量のオプジーボと他の免疫療法の組み合わせです。

オプジーボを3分の1の量で使った臨床試験は早くから行われていて、
効果が落ちます。
それより少ない量だともっと効かないことでしょう。
また、既存の免疫療法が単独で大した効果を出せないこともハッキリしています。
よって、それを組み合わせたところで、
標準治療と比較するような臨床試験実施は「非倫理的」となります。
医療は金になるという考え方をする弁護士が増えている状況もあり。
もし有害事象が発生したら後で訴訟を起こされる危険があります。

自由診療クリニックが、このように中途半端な治療法を採用しているのは、
オプジーボを添付文書通りの用量で使ったら高額過ぎて負担できる患者
がほとんどいないからと考えられます。
訴訟になるリスクが他人事ながら心配ではありますが、高過ぎる薬価は、
このように検証不能な鬼っ子を産み出すことにも、つながっています。

そして、たとえ医療倫理の問題を乗り越えたとしても、
試験費用の問題が立ちはだかります。

オプジーボの薬価がとてつもなく高いため、メーカーが協力しなければ、
試験実施の費用も巨額になります。
しかしメーカーには、有害事象の確率が高そうな試験や
売上を減らす方向の試験に協力する動機がありません。
個人的には正しいかもしれないと思ったとしても、
株主代表訴訟を起こされてしまう可能性があります。

つまり、効果検証して理論武装しておくことすら不可能に近いのです。
あとは自由診療クリニックを頼って生還した患者が社会に広く認知されない
ことを祈る他ありません。

要するに医療界は今、自由診療クリニックを頼った「難民」たちが多数生還しない
ことを祈るしかない、
という自分たちの良心の底を覗き見るような悪夢の状況に追い込まれているのです。

【ロハス・メディカル 2016年5月20日号 から抜粋】

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