117 「人間らしさ」とはいったい何なのか


日経メディカル 2016年2月27日 色平哲郎

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201602/545927.html

医療や介護は人と人が助けあわなければ成立し得ない。
そのためには「共同体」を維持し、相手を思いやることが不可欠だ。
それは「人間らしさ」の証でもあろう。
人間はケアし合う存在であるという意味で「ホモ・クーランス」
という言い方がなされることもある。
 
しかし、日々、メディアではさまざまな「争い」が報じられる。
中東での凄惨な内戦、貧困と格差に発した諍い、
介護現場でもストレスを溜めた介護士が高齢者を殺める、、、
私たちが当たり前のように口にしてきた「人間らしさ」とは何だったのだろう。

そんな疑問が頭をもたげる昨今、ゴリラ研究の第一人者で京都大学総長の
山極寿一氏の知的発信は人間らしさの「原点」を教えてくれる。

ゴリラ研究を含む霊長類学は、人間とは何か、
人間の社会はどのような特徴を持っているかというテーマを、
人間に近い類人猿やニホンザルなどの研究を通して解明する学問だ。
山極氏は、1978年からアフリカ各地でゴリラ研究に取り組んでこられた。
原則的にゴリラは1頭のオスと複数のメスが家族のような集団をつくっている。
その集団では、いわゆる優勝劣敗的な強い・弱いによる優劣関係を
秩序維持に直接反映させない特徴があるという。
 
たとえば食べ物をめぐって体の小さなゴリラが
「これはオレのものだ」と大きなゴリラに向かって主張した場合、
強い者が弱い者に譲るのが原則だとか。
譲ることで食べ物を分け与えているともいえようか。
 
約300種類の霊長類の3分の1ぐらいが、食物の分配をする。
そのなかで食べ物を持ち帰って、改めて分配する「積極的分配」
を行うのは人間だけだ、とも。

なぜ、人間だけが見ず知らずの他人にも分配するのか。
山極氏は、人間が長い間暮らしてきた熱帯雨林を離れて、
草原へ進出したことに起因していると考える。
草原では食べ物を求めて長距離を移動することになり、
大型の肉食獣に襲われる危険を伴う。
この点について、山極氏は今年1月1日付の信濃毎日新聞のインタビューで、
こう語っている。

「長い距離を移動するには、体力のある少数集団が望ましい。
一方、肉食獣から身を守るには大きな集団の方が有利です。
この矛盾に対処するため、人間は家族という集団と
複数の家族から成る共同体という集団を同時につくったのです。
家族だけでは子どもの安全を守り、育てることができないから、
共同体で行う。
食物は体力のある者が遠方まで出掛けて調達し、
持ち帰ってみんなで分配する仕組みです」

その上で山極氏は、武器も言語もない時代に人間は家族と共同体の二重構造
の社会をつくって食物を分かち合い、協力し合って生き延びてきたとし、
「全ての行動が分かち合うことに収斂(しゅうれん)する、
非常に高い共感力を備えた社会だったはずです。
ここに人間性の根本が座っている、と私は思っています」と語った。

長い人類の歴史のなかで、現在の混沌は一時的なものなのかもしれない。
本当は、みんな助けあって生きたいのだ、と信じたい。

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