私たちはまたダマされてしまうのか


ーーー安全保障関連法施行により日本社会はどう変わるかーーー

ジャーナリスト 西谷文和(にしたに・ふみかず)

多くの場合、戦争はウソで始まる。
満州事変は関東軍の謀略であったし、大本営発表はウソばかりだった。
ベトナム戦争のトンキン湾事件は米軍の策略であったことが暴露されているし、
湾岸戦争の「油まみれの水鳥の写真」も、当初言われていたような
イラク・フセイン大統領の仕業ではなかった。
この流れで行くと、「世界を震撼(しんかん)させたテロ」や
現在進行中の「テロとの戦い」についても、いったん立ち止まって、
事実を検証し、冷静に考えてみる必要があると思う。

「イラクは大量破壊兵器を持っている」
「フセインはアルカイダと繋(つな)がっている」。
これらは米国のブッシュ大統領(当時)が、
繰り返しメディアで語っていたことだ。
9・11事件のショックもあり、
世界の大手メディアは、米国政府の主張を繰り返し流して、
「フセインが大量破壊兵器を使わないうちにやっつけろ!」
という世論を作り上げてしまった。

2003年3月、米国が強引にイラク戦争を開始して、
イラクは無政府状態になった。
その後、「イラクは大量破壊兵器を持っていなかった」し、
「フセインはアルカイダと繋がっていなかった」ことが明らかになったが、
ブッシュ大統領以下、誰もその責任を取らずに戦争指導者は引退していった。

私はその後のイラクを取材してきた。
首都バグダッドの内務省、空軍省、サダムタワーなど、米軍は
フセインの建物をことごとく空爆し、軍人たち、官僚たちを公職追放した。
空爆しなかったのは石油省だけだった。

その後、米軍はファルージャ、モスルなど主にスンニ派地域に猛攻撃を仕掛け、
多くの一般市民を巻き添えにした。
「フセイン、バッド。アメリカ、ワースト」
(フセインは悪かったが、アメリカは最悪だ)。
バグダッド市民の間に米国に対する怨嗟(えんさ)の声が溢(あふ)れ始めた。
反米感情の高まりの中、元イラク軍兵士、元フセイン政権の官僚たちが、
「イラクのアルカイダ」に合流し、これが後の「イスラム国」(IS)へと発展する。

2011年、「アラブの春」がシリアに飛び火し、シリアは内戦状態に陥る。
アサド大統領を支える「政府軍」と、独裁打倒を掲げる「自由シリア軍」の内戦は、
スンニ派諸国、シーア派支援国の代理戦争の体を表し、
ロシアとイランがアサド軍に強力な武器援助を行った。
一方、欧米諸国、サウジやトルコ、カタールなどのスンニ派周辺国は、
「アサドを倒すスンニ派ならどこでも結構」と、反体制派に資金と武器を援助した。
その武器や資金が同じスンニ派のISに流れた。

次ページにISの組織図を示してあるが、ISを率いるバグダディーは、
いわば「飾り」で、重要なのは戦争を指揮する元司令官。
彼らの下に国会に当たる評議会があって知事まで配置、
そして約600ー700万人とされる「国民」に税金まで賦課している。
つまりISはテロ組織でありながら、国家並みの戦闘能力を持ち、
擬似国家制度を作り上げてしまった。

なぜこんなことが?
それは「戦争のプロたち=元イラク軍」と
「行政のプロたち=旧フセイン時代の官僚たち」がいて、
資金と武器があったから、だ。

簡単に言えばISは米国のイラク戦争を母とし、シリア内戦を父として
生じたモンスターなのだ。

その結果、フランスでテロが起こり、日本では人質殺害事件が起きた。
大手メディアはISへの恐怖、凄惨(せいさん)なテロ現場を繰り返し報道する。
「ISは米国のイラク戦争が作り出したものだ」
という歴史的で冷静な解説はほとんど報道されないまま、
恐怖だけが煽(あお)られる。
安倍首相はテロとの戦いの有志連合に参加を表明し、
オランド大統領はすぐにISへの空爆を強化した。

いまこそ冷静に考えるべき時だ。
「テロとの戦い」そのものを疑う必要がある。
安倍内閣になって防衛費だけが急伸している。
武器輸出三原則が防衛装備移転三原則に変えられ、
日本企業はいまや世界の武器展示会に「最新兵器」を出展している。
米仏露英などISへの空爆は合計1万回を超えた。
ペンタゴン自身の資料によると空爆1回で1億円を浪費している。
世界各国の人々が律儀に納めてきた税金が、
すでに1兆円も「IS掃討作戦」に注ぎ込まれている。

「テロとの戦い=戦争」は儲(もう)かるのだ。
戦争の背後にいる軍産複合体は、大手メディアのスポンサーでもある。
メディアは広告収入がないと存在できない。
私の見立てでは、「欧米諸国、特に米国やフランスはISを
取り締まれるのにわざと取り締まらず、テロが起きたら国民の恐怖感情、
パニックにつけこんですぐに戦争を拡大した」ということだ。
テロというショックを与えられると、国民は思考停止になる。
憎悪が膨れ上がり、反戦世論が抑え込まれてしまう。

国家と武器産業、金融、石油資本、そして大手メディアの繋がりを
考慮に入れないと、私たちはまたダマされてしまうのではないか。

= = = =

イスラム国 最高指導者 アブ・バクル・バグダディー

シリア担当 アブ・ムスリム・トゥルクマニ(イラク軍元将校)
イラク担当 アブ・アリ・アンバリ    (イラク軍元将校)

評議会(10人前後で構成、戦闘担当、広報担当、勧誘担当など)

地域ごとに十数名の知事

戦闘員 約3万人、1日の収益 約100万ドル、宗教 イスラム教スンニ派

= = = =

編集部から「安全保障関連法施行により日本社会はどう変わるか」
という標題を頂いた。

結論から言うと、私はすぐにはそれほど変わらないと思う。
例えば徴兵制の導入など、ドラスティックに社会を変えようとすると
必ず大きな反発を招く。

それよりも、もっと国民から「遠いところ」、例えば南スーダンに駐留する
自衛隊の駆け付け警護の実施や、オーストラリア軍との潜水艦の共同開発、
日米韓の軍事演習などで、じわじわと既成事実を積み重ねながら、
(1)福島原発事故や原発安全神話をふりまいてきた人々への怒りを
「忘れさせ」ようとし、
(2)いままで積極的に政治に関(かか)わってこなかったけれど、
安保法制の強行採決に怒り、国会を包囲した人たち、つまりシールズの若者
や子育てママの会の母親たちを「あきらめさせ」ようとする。
さらに
(3)東京オリンピックや芸能ニュースなどの「お祭り騒ぎ」で、
大手メディアからまともな戦争報道を締め出し、テロの恐怖だけが煽られる中で、
国民を「ダマそう」とするだろう。

幸い、「安倍首相のウソ」は見抜きやすい。
首相は国会で「日本が戦争に巻き込まれることは絶対にありません」、
東京オリンピックの招致演説で「汚染水は完全にコントロールされています」など、
「絶対に」や「完全に」を口にする。
未来は「絶対に」予測できないし、
事故や被害を「完全に」コントロールできないのは常識だ。
私は早晩、安倍首相は退陣に追い込まれると見ている。
しかし安倍首相が引退しても、法律は残る。
だから「日本社会はどう変わるか」ということについて言えば、
多くの国民が、忘れず、あきらめず、ダマされず、今夏の選挙を棄権しなければ、
日本社会は再生していくだろう。
逆に、そうならなければ、「気が付けば日本社会が戦争に深くコミットしていた」
状況になる。

良くも悪くも今年がこの国のターニングポイントとなることは間違いないだろう。



西谷文和(にしたに・ふみかず)
ジャーナリスト。「イラクの子どもを救う会」代表。
1960年(昭和35年)京都府生まれ。立命館大学中退、
大阪市立大学経済学部卒業。吹田市役所を経てフリージャーナリストに。
9・11事件以降、イラクとアフガンを取材。
劣化ウラン弾の影響と思われる被害の実態を見、
「イラクの子どもを救う会」を設立。現在も、中東を中心に取材を続けている。
2006年度「平和・協同ジャーナリスト基金賞」を受賞。
著書に、『戦火の子どもたちに学んだこと』(かもがわ出版)、
『戦争のリアルと安保法制のウソ』(日本機関紙出版センター)、
DVDに、『戦争あかん シリーズ1?5巻」などがある。

「月刊 MOKU」 2016年2月号より

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