やっぱり危ない! 狙われる日本の医療 堤未果 


「皆保険は薬価から切り崩される!」  

TPPの本丸ともいわれてきた医療。国民皆保険制度は守られるのだろうか。

・「国民皆保険制度はTPP後も堅持する」
という政府発表を鵜呑みにしてはいけません。
安倍首相が仰るように制度の形そのものは残りますが、
中身は形骸化してアメリカ型医療になっていくからです。
WHOや国境なき医師団などがTPPによる薬価高騰を批判していますが、
日本の皆保険が崩れていく入り口も恐らくここからでしょう。

1月7日にTPP協定条文の暫定仮訳が公開されました。
例えば「透明性及び腐敗行為の防止」の章を見てみます。
ここでいう「透明性」という言葉は、国際貿易条約では、
「利害関係がある人たち、つまり企業や投資家を意思決定プロセスに参加させる」
という、彼らにとっての透明性という意味。
例えば薬価決定プロセスへの製薬会社の介入が拡大されれば、
「この価格はおかしい、フェアな競争が阻まれる、非関税障壁だ」
と異議申立てをすることができるようになるのです。


・アメリカの医産複合体による日本への圧力は、1980年代の
中曽根政権時代(1985年の日米市場志向型分野別協議:MOSS協議)
からここ数十年続いています。
世界一の薬消費大国で、かつ新薬を税金で継続的に買ってくれる
国民皆保険制度がある日本は、医療市場としては大変儲かるので欲しくて仕方ない。
だから皆保険制度は残したままTPPで薬価を抑える規制を外し、
もっと高く、もっとたくさん買ってもらおうという寸法なのです。


・・・政府とマスコミは「医療費が増えた」「財政がもたない」
と騒ぎますが、その最大の原因が割高な海外からの新薬だという事実は
伏せています。

実はTPP問題では、並行して進んでいる国内法の改悪もセットで注目
しなければなりません。
TPPで儲かる外資と医療費を抑制したい財務省の利害が一致しているからです。
この4月から、混合診療の範囲を拡大する「患者申出療養」が導入されます。
国内での混合診療範囲の拡大は、
TPPと同じ方向を目指していることに注目してください。


・保険収載が前提という歯止めなしに混合診療を拡大すると、
経済的理由で病院に行けない人が増えるので、一時的には韓国のように
国の医療費は下がりますが、その後アメリカのようにER(救急救命室)
がパンクし、生活保護受給者が急増。
結局、企業は儲かりますが医療財政は悪化するでしょう。

実はこの状態を作る道はTPPだけではありません。
TPPによる外圧と同時並行で、選挙で選ばれてもいない民間議員が、
横から「国家戦略特区」で規制緩和を進め、
最後に政府が中から混合診療の拡大を押し込んでくる。
今、この3方向で進めてきているのです。

国家戦略特区では、今まで禁止となっていた病院の株式会社経営も
認められるようになる。
これも、今までずっと日本医師会などが反対してきたことですよね。


・戦略特区が怖いのは、特区から日本全国に広げる前提だということです。
TPPはアメリカが批准できないかもしれないけれど、喜ぶのはまだ早い。
医産複合体は保険をかけて、特区や内部からの規制緩和をセットで進めているのです。
これに多くの国民が気づいた時、チャンスが生まれます。

なぜか?
国家戦略特区は自治体単位なのでまだ止めることができるんです。
自治体には医師会もあるし、町の弁護士もいれば患者さんもいる。
この『TPP新聞』を読んだ方が、住んでいる地域の役所に行く、
県議会議員、市議会議員に問い合わせるという小さなアクションから、
変化を起こせます。


・皆保険や農協など、TPPで狙われているものが象徴するのは、
「株主至上主義」と対局にある価値観です。
その根幹には、日本人の持つ「お互いさまの精神」がある。
TPPの問題は、単なる貿易条約や経済利益ではありません。
これは私たちが人間としてどちらの価値観をベースに
未来を作るのかの選択です。
日本が守ってきた宝や世界に誇れるものを、
もう一度見直すチャンスでもある、非常に価値ある取り組みですね。


ジャーナリスト 堤未果(つつみ・みか)
東京生まれ。NY市立大学大学院修士号取得。
国連、証券会社などを経てジャーナリストとして独立。
著書に『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)、
『沈みゆく大国アメリカ2〈逃げ切れ!日本の医療〉』(集英社新書)
など多数。
『政府は必ず嘘をつく 増補版』を2016年4月に発刊予定。

TPP新聞#4 http://tpphantai.com/info/20160127-tpp-shimbun-vol04/

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著しく難航する米国ーーTPPは批准できない!? TPP新聞#4

大筋合意の名の下、国会承認へと突き進む日本に対し、混迷を極めると見られる米議会

TPPは批准されるのか、米在住の国際コンサルタント、トーマス・カトウ氏に聞いた。


・米共和党トップが警告 「大きな過ちになる」

オバマ米大統領は昨年11月、TPP署名のための国内要件である90日ルールに則り、
TPPテキストを議会に提出した。
テキストは諮問委員会である国際貿易委員会(ITC)にも送付され、
105日以内にTPPの総合評価が出る。
最短で2月4日の参加12か国による署名後、議会で批准審議を行い、
賛否投票に入ることが可能になるわけだが、この想定は実現するのだろうか。

「結論から言えば、今年中に米国議会で審議される可能性はゼロに近く、
その後に至っても、TPP自体を再交渉しなければ米国議会の批准を得ることは無理だ」
とカトウ氏は断言する。

注目は、昨年6月に上下両院で賛成・反対の僅差で成立した
TPA(大統領貿易促進権限)法だ。
TPP批准の事実上の前哨戦である。
企業の権益拡大に賛成の共和党多数派と、「1%対99%」に端を発する
労働問題から反対の民主党多数派による闘いだった。

「共和党首脳(マッコーネル、ハッチ議員など)が大統領に連携したこと、
民主党議員の一部も連携に加担したことでTPAが可決された経緯がある。
しかし、その後のTPP大筋合意で表面化したISDS条項や医薬品データ保護期間
などの問題は、共和党の思惑を下回る結果となったため、
首脳部は『不十分だ』と明言している。
共和党の茶会(ティーバーティー)の一部からは、TPPが憲法で定める
条約批准の方式が採用されていないという法律論による反対もある」(カトウ氏)

共和党トップのマッコーネル院内総務は12月、
「大統領選挙期間中に関連法案の採決を求めれば、大きな過ちになる」
と警告した。


・大統領候補が続々反対 残る選択肢は再交渉か?

12月の大統領選に向けては、TPPが果たして国民の益になるか害になるかが
選挙争点の一つに浮上した。
二桁に達する共和党候補者の中で、TPPが益になると叫ぶ候補者は
有力グループから外れた2名(マリオ上院議員、フィオリーナ元大企業CEO)
に過ぎない。
最有力候補と目される実業家トランプ氏、医師のカーソン氏、
クルーズ上院議員などはTPPへの反対姿勢をとる。

一方の民主党も、オバマ大統領の片腕としてTPPの土台作りを演じた
前国務長官ヒラリー候補が「基準値に達しなかった」と大筋合意の
中身に反対している。
サンダース上院議員、オマリー知事も、民主党綱領の原則に戻った立場から、
所得格差を拡大し実質失業率を高めるTPPそのものに反対だ。

本年は下院総議員435名の改選もある。
カトウ氏は、「TPA法案票決では218の賛成票が見られたが、そのうち
1票でも欠ければ法案通過に必要な過半数に至らなかったことが想起される。
率直に言って、その後TPPに改めて疑問を抱く議員は増えたが、
その逆の状況は生じていない」と指摘する。

この状況下でオバマ大統領に選択肢はあるのか。
「北米自由貿易協定(NAFTA)批准の際に当時のクリントン大統領が演じたような、
反対議員への利益誘導を伴う個別ロビイングの徹底攻勢による賛成票集めに賭けるか、
TPP再交渉への着手に落ち着きそうだ。
前者は実際のところレームダックに陥った大統領のパワーは弱く、
後者は残り1年で大統領任期が切れるオバマ氏にとって
不可能に近い困難な作業になりそうである」(カトウ氏)

カトウ氏はこうも付け加える。
「TPPの問題、それは『企業による政府支配』だ」

いまだ農業問題の域を出ない日本のTPP論議。
実現するかもわからないのに対策予算を付けるという。
私たちは、TPPの真の本質を論じるべきではないだろうか。


Thomas Kato トーマス・カトウ
1938年愛知県生まれ。米国在住。明治大学法学部卒業。
国際コンサルタント。1987年 Thomas Kato Associates を創設。
米国法曹協会会員。
著書に『TPP 米国の視点』(パブリック・ブレイン、2013年)

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