論点(3)患者負担増と公的給付抑制

患者負担増、介護報酬の改悪、「患者申出療養」ーーーへの懸念

【1】進む患者負担増

超高齢社会における医療改革の中心テーマは「医療及び介護の総合的な確保」
であろう。
そのために地域包括ケアシステムを構築し、高齢者が住み慣れた地域で
尊厳を保って生活できるようにする、という方向性に異論はない。
では、財源はどうするのか。

「社会保障と税の一体改革」=消費税増税で状況が改善されるのかと思いきや、
患者への負担増ばかりが目立つ。
 
まず、国民健康保険の市町村から都道府県への移管で、
住民が払う保険料の上昇が懸念される。
都道府県は「標準保険料率」を目安に、市町村に対して財政支援の中止、
保険料引き上げを求める「指導」を行う可能性が高い。

保険料の値上げは、国保に頼る高齢者や非正規労働者の家計を直撃し、
受診抑制につながりかねない。
 
すでに後期高齢者医療の保険料特例軽減の廃止、入院食事費の値上げ、
紹介状のない大病院受診の定額負担(5000円以上)などは決定しており、
患者の負担は重くなる一方だ。
一部に高所得者の「能力に応じた負担」も採り入れられているが、
日本の中間層の税や保険料の負担は、日本同様に「国民皆保険」
が定着している欧州諸国よりも少ないといわれる。
所得税の累進強化など本格的な応能負担を検討するべきではないだろうか。

【2】介護報酬の「改悪」の弊害
 
患者の自己負担増もさることながら、今回、より深刻な「改悪」が行われている。
介護報酬の「マイナス2・27%」改定だ。
厚労省は、介護報酬の基礎点をすべて引き下げ、その代わりに「認知症」や
「中重度の要介護者」対応に加算し、「リハビリ」の報酬を上げた。
在宅介護にお金を回し、介護職員改善加算で超高齢化を乗り切ろうとしている
のかもしれないが、マイナス改定で事業所の収益が減れば「角を矯めて牛を殺す」
ようなものだ。
肝心の介護事業所が経営危機に追い込まれる。
とくに小規模な介護施設や特別養護老人ホームに与えるダメージは大きい。

一例をあげよう。 
色平が毎月、出張診療に通う「大戸おおど診療所」(群馬県吾妻郡東吾妻町)は、
デイケア施設、訪問看護ステーション、介護支援センターを束ねる地域ケアの要だ。
1994年、住民が資金を出し合って創設した大戸診療所は、
開業と同時にマイクロバスで患者の送迎を始めた。
山間地の不便なところで生活している住民が多く、
医療ニーズを満たすために赤字覚悟でバスを走らせてきた。
介護分野にも手を拡げ、トータルで事業収益を上げて事業を維持している。
まさに「医療及び介護の総合的な確保」を実践してきたのである。

ところが、2006年度以来の介護報酬のマイナス改定で経営はきびしくなった。
診療所を運営する医療法人坂上健友会の今野こんの義雄常務理事は、こう語る。

「事業者が減収になれば、新たな人材の確保は難しいのです。
終末期の看取りなどへの加算が厚くなるからといって、介護職員だけ賃上げすれば、
看護職、事務職、調理スタッフなどの士気の低下にもつながります。

今回の報酬改定で、特養の基本報酬は、6%のマイナス、
一施設当たり平均1500万円の減収と試算されています。
これではサービスの低下が危惧される。
いま、最も求められているのは介護報酬の引き上げなのです」

かつて看護師が「3K(きつい、汚い、危険)」の代表のようにいわれ、
現場は消耗していたが、90年代以降の診療報酬改定で看護報酬が上がり、
労働環境は格段に改善された。
同じことが介護分野でも求められている。
介護が荒廃すれば、医療の質も低下する。
一刻も早く、介護報酬を引き上げなくてはなるまい。

【3】混合診療の拡大につながる「患者申出療養」
 
そのような状況で、混合診療の実質的な拡大策「患者申出療養」
が2016年度から導入されようとしている。
保険外併用療養費制度のなかに新設される患者申出療養は、
(1)治療に対する患者の主体的な選択権と医師の裁量権の尊重、
(2)困難な病気と闘う患者が治療の選択肢を拡げられることーーーを目的とする。
 
この制度は、当初「選択療養制度」と仮称され、
経済産業省主導の成長戦略路線に沿っていた。

自由診療部分の高額な費用負担、医療事故や副作用の危険性が危惧され、
国内最大の患者団体「日本難病・疾病団体協議会」(構成員約30万人)
が声を上げた。

「藁にもすがりたい思いの患者にとって、
対等なインフォームドコンセントがどの程度できるかは疑問です。

また過去には医師が自由に投薬できることによって
多くの難病患者の生命と健康に大きな被害が生じた経験を有しています。
その時代への逆戻りは許されないと思います」
と明確に反対し、国民皆保険の拡充を訴えた。
 
患者団体の反対で医療の市場化色はやや後退し、名称も「患者申出療養」
に落ち着いたが、臨床研究中核病院が申出医療の有効性を判断する期間
(原則2~6週間)などを含めて、
制度設計のディテールを注視し続けねばならないだろう。


色平哲郎・山岡淳一郎   

月刊「保険診療」2015年6月号掲載 特集/医学界の5つの論点 より

●色平哲郎 いろひらてつろう
1960年神奈川県横浜市生まれ。東京大学中退後、世界を放浪。
医師を目指し京都大学医学部に入学、90年同大学卒業。
佐久総合病院、京都大学付属病院などを経て
長野県南佐久郡南牧村野辺山へき地診療所長。
98年より南相木村の診療所長。
2008年佐久総合病院地域医療部へ。
東京大学大学院医学研究科非常勤講師。
第7回ヘルシー・ソサエティ賞受賞。
現在、地域ケア科、内科医。
NPO「アイザック」事務局長。

●山岡淳一郎 やまおかじゅんいちろう
1959年生まれ。ノンフィクション作家。
「人と時代」を共通テーマに政治、近現代史、医療など分野を超えて執筆。
時事番組の司会も務める。
著書に『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、
『国民皆保険が危ない』(平凡社新書)、
『後藤新平 日本の羅針盤となった男』(草思社文庫)、
『原発と権力』(ちくま新書)、
『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)ほか。

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