論点(2)「医療の規制緩和」

国家戦略特区の方向性に見る医療への影響

【1】医療法人の理事長要件の緩和と利益至上主義

第二次安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、大胆な金融政策、
機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の三本柱で成り立つ。
この成長戦略の「起爆剤」と位置づけられているのが
「国家戦略特別区域(特区)」である。

国家戦略特区には「世界で一番企業が活躍しやすい国」づくりを目ざす
安倍政権の意思が反映されており、医療の市場化、産業化の施策が並んでいる。
東京圏、関西圏の特区は、再生医療を中心とする高度な先端医療提供、
革新的医薬品や医療機器の開発、外国人向け医療の提供を掲げている。
保険外併用療養の特例実施(混合診療)、外国人医師の受入れ、
病床の新設・増設などが認められそうだ。

国家戦略特区が日本全体の医療に及ぼす影響は、国民皆保険が行き渡っている
現時点では限定的だ。
一般の患者が、混合診療の重い自己負担を前提に特区の医療機関を受診す
るのは稀だろう。
ただし、特区の方向性は市場化の「毒」をたっぷり含んでいる。

例えば、医療法人の理事長要件について「医療法人のガバナンス強化の観点から、
都道府県知事が医師以外の者を医療法人の理事長として選出する際の基準について、
法令上明記した上で見直し、当該基準を満たす場合は迅速に認可」
と関連法案に記されている。

この「ガバナンス強化」は、近年、巨大病院チェーンが同族支配され、
政治家と癒着した事件が起きたことに因っていると思われる。
不祥事を機に法改正をするのは官僚の常套手段だ。
しかし、だからといって医療法人の理事長に医師ではない人間をもってくればいい
というものではない。
理事長を医師と定めた縛りがなくなれば、
その医療機関は利益至上主義に走る危険性がある。

医療法は、理事長を原則として「医師又は歯科医師」に限定しており、
剰余金の配当禁止とともに医療法人の非営利性を強く裏打ちしている。
極論すれば、医療倫理か利益追求か、という二者択一の局面で、
医師法で職務や資格が定められた医師であれば前者を重んじ、
歯止めがかかる(かもしれない)。
しかし、「辣腕経営者」が理事長のポストにつけばどうなるか……。
こちらの場合は、火を見るよりも明らかだ。

理事長要件の見直しは、いまは国家戦略特区内に留まっているが、
特区外に拡大されれば一大事であろう。

【2】国家戦略特区とメガ非営利団体

医療機関を組織面で経営体に近づける改変は、同時多発的に始まっている。
「非営利ホールディングカンパニー」型の法人制度もそのひとつだ。

2014年1月22日、安倍首相は「世界経済フォーラム年次会議(ダボス会議)」
の冒頭演説で、
「日本にも、メイヨー・クリニックのようなホールディングカンパニー型の
大規模医療法人ができてしかるべきだから、制度を改めるようにと、
追加の指示をしました。
既得権益の岩盤を打ち破る、ドリルの刃になるのだと、私は言ってきました。
春先には、国家戦略特区が動き出します」
と言い放った。

安倍首相の医療観が凝縮された発言だった。
ここから非営利ホールディングカンパニーの議論が活発化し、
2014年6月に「複数の医療法人や社会福祉法人等を社員総会等を通じて統括し、
一体的な経営を可能とする『非営利ホールディングカンパニー型法人制度(仮称)』
を創設する」
と閣議決定。
「持株会社」が巨大企業グループを統べるような形態が導入される、
と医療界は緊迫感に包まれた。

だが、その後、莫大な利益をあげるメガ非営利団体
(と書くと、何が非営利なのかわからなくなるが)
の「毒」を取り除くべく、医療関係者が政府内の議論で持株会社的な位置づけを修正。
名称も「地域医療連携推進法人制度(仮称)」となり、
その設立趣旨は「地域医療構想を達成するための一つの選択肢」とトーンダウンした。

現実的には巨大な非営利組織ではなく、
地域の医療、介護、福祉の機関のアライアンスに落ち着きそうだ。

しかしながら、厚労省の
「地域医療連携推進法人制度(仮称)の創設について(概要)」
には、なぜか、前後の脈絡と関係なく、「メイヨー・クリニックの特長」
と題して、「メイヨーブランドの確立」「70医療機関のアライアンス」
「事業規模約9000億円」「職員数約6万人」ーーーと囲みで記されている。

安倍首相に配慮した官僚の気遣いか、あるいは官邸に裁量権を預けた表現なのか、
即断できない。

国家戦略特区にメイヨーブランドのようなメガ非営利団体を引き込む可能性は
ゼロではないだろう。


色平哲郎・山岡淳一郎   

月刊「保険診療」2015年6月号掲載 特集/医学界の5つの論点 より

●色平哲郎 いろひらてつろう
1960年神奈川県横浜市生まれ。東京大学中退後、世界を放浪。
医師を目指し京都大学医学部に入学、90年同大学卒業。
佐久総合病院、京都大学付属病院などを経て
長野県南佐久郡南牧村野辺山へき地診療所長。
98年より南相木村の診療所長。
2008年佐久総合病院地域医療部へ。
東京大学大学院医学研究科非常勤講師。
第7回ヘルシー・ソサエティ賞受賞。
現在、地域ケア科、内科医。
NPO「アイザック」事務局長。

●山岡淳一郎 やまおかじゅんいちろう
1959年生まれ。ノンフィクション作家。
「人と時代」を共通テーマに政治、近現代史、医療など分野を超えて執筆。
時事番組の司会も務める。
著書に『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、
『国民皆保険が危ない』(平凡社新書)、
『後藤新平 日本の羅針盤となった男』(草思社文庫)、
『原発と権力』(ちくま新書)、
『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)ほか。

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