論点(1)「地域医療構想・地域包括ケア」

公平・公正な医療配分と地域共同社会を熟知した医師の育成

【1】前提となるのは「無私」の精神での意思決定

2025年問題に対する「万能薬」は見つけにくい。
「効率」を追えば「切り捨て」の悲哀が生じ、すべてに厚くすれば財政が破たんする。

そうしたなかで都道府県が地域医療ビジョンをつくり、
地域包括ケアを推し進めることは「ニーズありきの医療」へ脱皮するための苦肉の策と
言えようか。大きな契機であることは間違いない。
 
この改革路線は「需要と供給をコントロールする」という意味で、
エネルギーの「スマート化」などに相通じるものがある。
情報通信技術の高度化がもたらす現代的な方向性だ。 

問題は、都道府県の医療政策に携わる人が地域医療ビジョン策定のためにデータを使い
こなし、公平、公正に医療資源を分配できるかどうか。
「無私」の精神で意思決定を行えるかどうかであろう。

十数年前、色平自身、長野県の医療計画の策定に携わって、
客観的に「私心(わたくしごころ)なく」施策を立案・企画・運営することの
むずかしさを痛感した。
 
具体的に言えば、今後、レセプト情報を全国レベルでアーカイブ化した
NDB(ナショナルデータベース)や、主に急性期病院の入院医療を可視化した
DPC/PDPS(診断群分類DPCに基づく包括評価制度)などを利用することで、
地域ごとの医療需要とその特徴とがより鮮明になる。

従来は、漠然と入院患者が増えそうだ、減りそうだと予想していたことが、
「いつまでに何%増えるか」
「増加するのは悪性腫瘍か、脳血管障害か、糖尿病はどうか」
ーーーと具体的な指標で示される。
医療供給側が責を負うべき目標値が定められるのである。
 
そして都道府県が司令塔となって、ビジョンを実現するために二次医療圏内で、
どの病院の病棟を急性期から回復期に移すか、どこの病床を何床削るか、
どことどこを合併するかーーーといった、
とてつもなくシビアな作業に向き合うこととなる。

都道府県の医療政策担当者は、あちらを立てればこちらが立たず、
あるいは降り注ぐ「天の声」に悩まされて調整に難渋することだろう。

利害が絡む現場で「私」を捨て客観的データに基づく判断を下すのは、
容易ではない。
結果的に、厚生労働省からの出向者を経由して
本省に判断を仰ぐようなケースが増えるかもしれない。
その場合、厚労省のしかるべき人間が「無私」の判断を下せるか
どうかにかかってくる。
地域に現在する医療需要と「まっとう」に向き合う精神が担保されなくては、
地域医療ビジョンは絵に描いた餅になってしまう。

【2】地域共同社会を熟知した医師の養成が不可欠
 
ビジョンを支える地域包括ケアで重要なのは、医師の、
コミュニティー(地域)に対する理解と洞察であろう。

2017年度には、専門医制度が激変する。
医師は初期研修の後、内科や外科などの「基本領域」のいずれかに進み、
3年以上の研修を受けて専門医資格を取得することになる。
専門医制度の「基本領域」の1つが総合診療だ。

「総合診療専門医」という資格が新たに設けられ、
従来の内科専門医と並立されるほど重要視されるようになる。

少子化、超高齢化の進展とともに、地域の医療を支える総合医、
家庭医のニーズが高まっているのは間違いない。
新たな資格制度の創出は、そうしたニーズを捉えたもののように見受けられる。
 
では、誰が、どのように総合診療専門医の教育をするのか。

日本専門医機構は、2015年4月21日に公表したカリキュラム案で、
指導医の候補として家庭医療専門医や日本病院総合診療医学会認定医などを挙げた。
ただ、病院で臓器別に「深く」医療に取り組んできた医師に教育係は務まらない
のではないか。
往診の経験すらなく、街のどこに介護施設、保健機関、福祉施設があって、
どんなキーパーソンがいるかも知らない。
そんな内科医が、若い医師に「地域・コミュニティーをケアする能力」など授けられる
はずもない。
総合診療専門医が定着し、地域住民から支持される存在になれるかどうかは、
病院ごと、そして県ごと、圏域ごとで取り組むリーダーとフォロワーの「資質」
に左右される部分が大きい。
 
卒後初期研修の目標は、基本的な知識、技術の習得とともに
「コミュニティーから学ぶこと」と言ってもいい。
医師国家試験に合格し、白衣を着たからエライと思ったら大間違いなのだ。

大学を出たての医者の卵は、コミュニティー、つまり「地域共同社会」
がいったいどのようなものか、ほとんどまったくわかっていない。
世間のありようについて学ぶには、保健医療の枠にとどまらず、
場合によっては分野を横断した取組みや枠組みも必要となるのではないだろうか。


色平哲郎・山岡淳一郎   

月刊「保険診療」2015年6月号掲載 特集/医学界の5つの論点 より

●色平哲郎 いろひらてつろう
1960年神奈川県横浜市生まれ。東京大学中退後、世界を放浪。
医師を目指し京都大学医学部に入学、90年同大学卒業。
佐久総合病院、京都大学付属病院などを経て
長野県南佐久郡南牧村野辺山へき地診療所長。
98年より南相木村の診療所長。
2008年佐久総合病院地域医療部へ。
東京大学大学院医学研究科非常勤講師。
第7回ヘルシー・ソサエティ賞受賞。
現在、地域ケア科、内科医。
NPO「アイザック」事務局長。

●山岡淳一郎 やまおかじゅんいちろう
1959年生まれ。ノンフィクション作家。
「人と時代」を共通テーマに政治、近現代史、医療など分野を超えて執筆。
時事番組の司会も務める。
著書に『医療のこと、もっと知ってほしい』(岩波ジュニア新書)、
『国民皆保険が危ない』(平凡社新書)、
『後藤新平 日本の羅針盤となった男』(草思社文庫)、
『原発と権力』(ちくま新書)、
『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)ほか。

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