日本一長寿で医療費最低の村はどこ?

医師が足りない日本で、ブラックな働き方を強(し)いられる勤務医たち。
過剰労働でぼろぼろになった医師がちが次々に力つきて辞めていくという話が、
全国から聞こえてくる。

そんななか、まったく別なやり方で、全国長寿ナンバーワンと最低ランクの医療費
という二つを見事に成功させている県があるのをご存じだろうか?

佐久総合病院のある長野県だ。

地域医療部地域ケア科医長の色平(いろひら)哲郎医師はこう語る。

「いま日本中の地方が医師不足で医療崩壊の危機にあるようですが、
佐久総合病院は逆に毎年10人ちかく医師が増えているんです。
医療に対する住民の意識もとても高い。
なぜだと思いますか?
この病院のオーナーは、農民の方々が作る協同組合なんです。
僕たち医師が、雇い主である農民に対して上から目線だったりしたら、
クビになっちゃいますよね」

1973年。
病院内に「長野県厚生連健康管理センター」が開設された。

年間10万人が検診を受けるというこのセンター、なぜそんなことができるのか。
「農村医学の父」とよばれた、佐久総合病院二代目院長の若月俊一医師は、
この病院の成功のカギは〈協同組合の精神〉だという。

「これは、農協の協同組合運動として始めたものだが、
農協と一緒にやっているからこそできたので、病院だけでは絶対にできない。
また市町村だけでも難しい」(『現代(いま)に生きる若月俊一のことば』)

若月医師は佐久に来た時、待っていても病院に患者が来ないので、
自ら農村に出向いてゆき、農民たちのなかにとけこんでゆく努力を重ねた。

〈農村では東京から来た医師の権威など通用しない。
難しい話も一切駄目だ。
農民の三歩前では速すぎる、ペースを落として一歩前をいかなければ、、、〉

若月氏は、医者ではなく農民たちの目線になって試行錯誤を繰り返し、
彼らと酒を酌み交わして人間関係を作り、
医療をテーマにした寸劇をみせることで、農民たちの心をつかんでいった。
身体が資本の農民たちにとって、一番大切なのは〈予防医療〉だ。

やがて農民たちは〈病気を予防してくれるなら〉と、
赤字の病院のために自分たちでお金を集めてくれるようになる。

佐久総合病院は若月医師が実践してきた〈協同組合の精神〉を忠実に受けつぎ、
いまも力を入れているのは医師自らが地域の住民の家をまわる訪問診療だ。
「予防は治療に勝るんです」と色平医師はいう。

「でも今のように、医療技術を商品化してしまうと、たくさんの患者が
来たほうが儲かるしくみになってしまう。
長野県の男性平均寿命が日本一なのは、医療費を安くするための
政策を実行したからでも、市場化して医療を商品にしたからでもありません。
そうなる前に、医療技術を〈協同化〉したからなのです」

色平医師によると、医療技術には三つの扱い方があるという。

(1)医科大学のように権威化する。

(2)商品化する。

(3)協同化する。

医科大学のように権威化すれば、技術を整備して海外に輸出できるだろう。
ただし恩恵を受けられるのは一部の人だけだ。

商品化すれば一般にも開かれるものの、患者が集まる病院でしか活かせないから
人口の少ない地方はおいていかれてしまう。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
という憲法25条ベースの日本医療を守ろうとするとき、
佐久総合病院が医療技術を「協同化」して分かち合うことで
長寿と医療費削減を達成していることの意味はとても大きいだろう。


・医者だけではダメ、予防医療のプロを増やせ!

長野県のやり方をみると、平均寿命ナンバーワンと、
老人医療費削減実現の舞台裏には、もう一つ重要なキーパーソンの存在がある。
「保健補導員」だ。

今でこそ長寿県を誇る長野だが、実は昭和30年代には
脳卒中死亡率全国トップレベル、なかでも佐久市は最悪だった。

これは大変だと、佐久では1971年に保健補導員会を立ち上げ、
一人の保健補導員が30から50世帯を担当し、減塩、食生活の改善、
部屋暖房を体を動かすことの四つをひろめ始める。

44年経った今、延べにすると市民の5人に1人が保健補導員経験者となる佐久市は、
見事に平均寿命全国トップ、老人医療費と寝たきり老人・認知症率は驚くほど低く、
高齢者就業率が全国一で、住民が「地域の医療に満足」という快挙を成し遂げている。

前述した色平医師は、世界最速のスピードで高齢化する日本の未来について、
こう語る。

「高齢化を医療技術でなんとかできる、という時代はすでに終わっています。
認知症をはじめ、今後も治せない病気がどんどん出てきますから。
医療技術の専門家である医師には、残念ながら、超高齢社会の実像は見えていない。
佐久市をみてください。
高齢化が急速に進む地方では、特殊な高度医療よりも
『すきな人とすきな所でくらしつづけること、この願いを支える医療としくみ』
が大切なのです」

〈予防医療〉〈治療〉〈福祉〉の三つを事業として組み合わせた成功モデルとして、
佐久市には毎年世界中からたくさんの人々が視察に訪れる。

「ここにははるか昔から日本に存在している、〈協同体〉の精神が
残って生きている。
この〈おたがいさま、おかげさまで〉の心持ちこそ、今後の日本が
しあわせな超高齢社会のモデルとして世界の国々のお手本になるための
大切なヒントなのかもしれませんよ」


以上、「沈みゆく大国アメリカ」〈逃げ切れ!日本の医療〉堤未果
その176ー181ページより:

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