107 誰が研修医に「世の中」を教えるのか

日経メディカル 2015年4月28日 色平哲郎

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201504/541832.html

 医師の後期臨床研修が、大きく変わろうとしている。

 初期研修に関しては、2015年度から臨床研修を開始する研修医の募集定員が1万1222
人と、4年ぶりに増加している。大都市部がある6都府県(東京・神奈川・愛知・京都・
大阪・福岡)を除く道県での募集定員の割合は63.4%に上昇し、新制度導入以降、最大
になった。後期研修でも、大都市部のみならず地方の様々な病院がプログラムを作って
きた。研修の受け皿の拡大と多様化は喜ばしいことだろう。

 しかし、問題は、その中身だ。

 2017年度には、専門医制度が激変する。医師は初期研修の後、内科や外科などの「基
本領域」のいずれかに進み、3年以上の研修を受けて専門医資格を取得することになる。
こうした変化に対応して、後期研修医に魅力ある教育を提供できるかどうかで、病院
間の優勝劣敗が鮮明になり、病院の勝ち組と負け組がはっきりしてくることだろう。

 専門医制度の「基本領域」の1つが総合診療だ。「総合診療専門医」という資格が新
たに設けられ、従来の内科専門医と並立されるほど重要視されるようになる。

 日本専門医機構の「総合診療専門医に関する委員会」は、総合診療専門医なる医師像
を次のように定義している。

 「日常遭遇する疾患や障害に対して適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的
に提供するとともに、疾病の予防、介護、看とり、地域の保健・福祉活動など人々の命
と健康に関わる幅広い問題について、適切な対応が出来る医師。所定の研修カリキュラ
ムを履修し、知識・技術・態度について専門医試験に合格した者」

 さらには領域別の専門医が「深さ」を求められるのに対して、総合診療専門医は「扱
う問題の広さと多様性」に特徴があるという。具体的には健康増進や疾病予防から、小
児科、高齢者ケア、終末期ケア、リハビリ、メンタルヘルス、救急、臓器別の問題など
に対応できる知識と技術が必要とされる。

 少子化、超高齢化の進展とともに、地域の医療を支える総合医、家庭医のニーズが高
まっている。新たな資格制度の創出は、そうしたニーズをとらえたように見える。

 では、誰が、どのように総合診療専門医の教育をするのか。日本専門医機構は、4月2
1日に公表したカリキュラム案で、指導医の候補として家庭医療専門医や日本病院総合
診療医学会認定医などを挙げた。

 病院で臓器別に「深く」医療に取り組んできた医師に教育係は務まるまい。往診の経
験すらなく、街のどこにどのような介護施設、保健機関、福祉施設があって、どんなキ
ーパーソンがいるかも知らないような内科医が、若い医師に「地域・コミュニティーを
ケアする能力」など授けられるはずもないだろう。総合診療専門医が定着し、地域住民
から支持される存在になれるかどうかは、指導者の質に左右される部分が大きいはずだ。


 手前味噌を承知で申し上げると、長野県で農村医療に取り組んできた佐久総合病院は、
1968年以来、研修教育指定病院として一貫して「全科ローテーションシステム」を続
けている。農村という地域での医療に総合的な視点は欠かせないからだ。
 
 卒後初期研修の目標は、基本的な知識、技術の習得とともに「コミュニティー(地域)
から学ぶこと」であると私たちは教えられてきた。医師国家試験に合格し、白衣を着
たからエライと思ったら大間違いだ。大学を出たての医者の卵は、コミュニティー、地
域、あるいは「世の中」がどういうものか、まったくわかっていない。そこに入り、世
間について学ばねばならない。
 
 佐久総合病院の創設者、故若月俊一総長は、病院内の研修医教育委員会の「卒後臨床
研修医教育の理念とあり方について」というインタビュー(1996年12月19日)で、研修
医教育の「理念」について次のようなポイントをあげている。

http://irohira.web.fc2.com/d98_EduKenshuui.htm

(1)プライマリー・ヘルスケアやコミュニティー・メディシンの基本的知識や技術の
習得とその精神を学ぶこと。
(2)「コミュニティー(地域)とは何か」をよく知り、その民主化を学ぶこと。
(3)卒前教育の専門技術主義の弊害を批判的に乗り越え、プライマリー・ヘルスケア
の基礎を学ぶ。
(4)社会福祉、厚生事業、文化のあり方を批判的に学び、政治的視野を拡げることに
繋げてゆく活動に参加すること。現実との妥協は必要と認識しつつ、権力との戦いを忘
れないことが重要(若い時のヒロイズムは重要だが)。
(5)医師は本来技術者である。技術は社会的、歴史的なものであるという技術論をあ
らゆる場で学ぶ。
(6)真の「大衆論」が確立されていない中で、協同組合運動のあり方・基本的な価値
を学ぶことが大切である。

 医療技術と呼ばれるものが、いかに社会科学や、広義の哲学・歴史と密接に関係して
いるか、いまさらながら思い知らされる。

 総合医は、もっと社会について知らねばならないだろう。そういう教育は医師だけで
は担えまい。分野を横断した取り組みも必要だろうか……。


 「アベノミクスの労働政策では、残業代ゼロなどの労働時間の歯止めの撤廃が検討さ
れていますし、働き手が自分で労働時間を選べるオランダのような権利保障も登場して
いません。(略)これで『活躍』ばかり求められるわけですから、『結局女性はめいっ
ぱい働かされて、めいっぱい家事・育児・介護もやれということなの?』と心配する女
性の声も出てきています」

 現政権のちぐはぐな労働、医療福祉政策の根底には「家事ハラ」に無自覚な、古くて
堅い頭がある。

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