【書評】廃墟の零年1945

イアン・ブルマ著 三浦元博、軍司泰史訳

信濃毎日新聞 2015年3月22日

慰安婦や靖国 問題の起点描く

まず、本書を読むと、戦勝も敗戦も意味をなさないほどの混迷状況のなかで、
第2次大戦直後にさまざまな悲劇が起こったことがわかる。
この事実を知るだけで、戦争などするものではないことが伝わってくる。

著者は、敗戦国日本とドイツの戦争の記憶を比較するなど、
近代日本を相対化して語ってきたアジア研究者である。
各国の戦後を描く本書では、視野を広げ、
日本が占領したアジアや、欧州の各地も語られている。

日本にかんしては、永井荷風や高見順、野坂昭如などの作品を参考にして
当時の社会を描き、岸信介が戦犯に問われることなく、
権力を握っていくことに戦後日本の民主化の実情を見ている。

このように本書から読者は、いまにつづくさまざまな出来事の起点を、
1945年に見いだすことになる。
たとえば、「日本軍が中国人、その他のアジア人に加えた行為を、
連合国軍兵士が日本人に加える」ことを恐れて、日本政府が巨大な売春施設
を建造したという逸話からは、「慰安婦」の問題が浮かびあがる。

また、植民地支配の象徴であった神社が、朝鮮各地で壊され、
火を放たれた話には、海外からの「靖国問題」批判の根深さを感じることができる。

さらに、敗戦直後の理想主義がうんだ日本国憲法9条は、
53年に来日したニクソン米副大統領によって「誤りだった」とされ、
「日本がそれを改定してはならない理由はない。
米国は反対しない」と述べたにもかかわらず、
当時の日本人はそれに同意せず、改憲を拒否した。
このことから、戦後の落ち着いた時期の日本人の判断で、
今日まで9条が護持されてきたことが理解できる。

混迷した状況のなかで起こったことを軽んじることはたやすい。
だが、著者は「1945年を生きた男女に、彼らの辛苦と希望と大志に、
敬意を払わない理由はない」と本書を結んでいる。

本書は、70年前の英知と愚かさに誠実に向かいあうことの大切さを教えてくれる。

(白水社、3456円)

著者は1951年、オランダ生まれ。
米バード大教授。著書に「戦争の記憶」など。

【評】早瀬 晋三(早稲田大教授)

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