卒後臨床研修医教育の理念とあり方について

――若月俊一総長のインタビューより――
1996・12・19

【研修医教育の理念的な問題について】
(1)プライマリー・ヘルスケアやコミュニティー・メディシンの
基本的知識や技術の習得とその精神を学ぶこと。
(2)「コミュニティー(地域)とは何か」をよく知り、その民主化を学ぶこと。
(3)卒前教育の専門技術主義の弊害を批判的に乗り越え、
プライマリー・ヘルスケア医学[→第一線医療(若月)]の基礎を学ぶ。
(4)社会福祉、厚生事業、文化のあり方を批判的に学び、
政治的視野を拡げることに繋げてゆく活動に参加すること。
現実との妥協は必要と認識しつつ、権力との戦いを忘れないことが重要。
(若い時のヒロイズムは大切だが)
(5)医師は本来技術者である。
技術は社会的、歴史的なものであるという技術論をあらゆる場で学ぶ。
(6)真の「大衆論」が確立されていない中で、
協同組合運動のあり方・基本的な価値を学ぶことが大切である。

【研修医教育の方法について】
(1)教育の名において、押しつけるやり方はよくない。
教育理念やイデオロギーにおいてもそうである。
(世の流れで仕方ないところもあるが)
(2)「全科ローテイション・システム」は、初期研修として基本システムである。
(3)教育指導医である各科医長の指導に問題がある。
(専門技術主義の教育、教育者としての自覚の欠如)
→教育指導医の「教育」が必要である。
(4)「鉄は早いうちに打て」である。
早い時期から現場の第一線に出て、地域のことや行政のこと、
社会のことを勉強できる方法を確立すべき。
(5)短期の診療所実習だけでなく、診療所医師とのミーティングを
頻繁にやることが大切である。
(6)正規のカリキュラム以外で、例えば「若月塾」のような場や色々な研究会で、
議論しあいながら幅広い知識を身につける工夫が必要。
(自主性にもとずいた小サークル活動)
(7)「臨床研修研究会」のことを知り、その評価をきちんとやるべきである。

【その他研修医教育について】
(1)昭和43年以来、研修教育指定病院として一貫して
「全科ローテイションシステム」を続けてきた意味は大きい。
”厚生省”の評価も高い。
(2)医者はいつもヒューマンなロマンをもっていて欲しい。
近年世の中の価値観の変化もあって、「医者らしく生きて行く」のではなく、
「医者として食って行く」ひとが多くなってきた。
悪いとは言えないが、悲しい現実である。
(3)つい胡坐をかいてしまう安易さ、自分中心の医療をやってしまう態度、
若いのにステータスをもってしまっていること、
これらを克服してゆく過程は非常に難しい。
(4)私どもが最終的に目指すものは、「医療を通じての地域の民主化」である。
研修医教育は、その大事な第一歩である。
この民主化は限界をもち、挫折を繰り返しながらも歴史の進歩の中にある
と確信している。
(5)民主化をめざすということは、地域や世の中の「インチキさ」
を知ることに繋がっている。
「民主主義とはなにか?」――この問いを考え続けられることが基本
になくてはならない。
(6)現代は「医療」を、
「社会保障」という枠組みで考えねばならぬ時代にきている。
「二足の草鞋」論には問題があるかも知れない。
これからは、「社会保障との闘い」がテーマになるだろう。
それにはケインズの思想、すなわち資本主義をしっかり勉強しなければならない。
「社会保障」という概念は、マルクス主義の中にはなかった。
(7)過去、研修医教育についてその理念や方法を明確に作るということを
してこなかった。
怠惰を言われればそうかも知れない。
しかし、それを作り押しつけるやり方が良いのかどうか疑問もある。
教育には、自由度があることも重要な要素である。
これを奪うようなことがあってはならない。

【インタビューを通じての印象】
卒後初期研修の目標は、P・H・Cや地域医療を担っていく上で必要な
基本的知識・技術の習得にあること、
卒前教育の弊害を乗り越える内容をもっていることが強調された。
それは、地域や社会(すなわち世間)を知ることと不可分であり、
これらの点を重視せよとの指摘であった。
医師免許をもち、保険医資格を与えられ、医師としての
専門職を全うするに必要な知識・技術を得ようとする期間の中に、
これらの点をどう組み込むか大きな課題である。
いわゆる「社会勉強」であり、講義で教えれば得られるというものでもない。
地域でのいろいろな活動に参加することが大切であるが、
価値観が多様化する中にあって難問である。
運動体でもある佐久病院の活動性が問われる課題である。
佐久病院の基本理念は『農民とともに』であり、
研修医教育の理念も根本的には同じであることが前提で話されている。
「地域論」「技術論」「協同組合論」については、
指導医でさえいまだ認識不十分であろう。

教育方法については、押しつけでない自由な教育を、ということが強調された。
管理され、マニュアル化された現代の教育にたいする批判を踏まえての指摘
と思われるが、ではどのような方法が有効か簡単ではない。

(文責) 佐久病院研修医教育委員会 委員長 清水茂文

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