移民の子 追い込む風潮

2015年1月12日読売新聞

パリ銃撃テロ 緊急論点スペシャル 

仏歴史人類学者 エマニュエル・トッド氏 63


今回の事態にフランスはひどく動揺し、
極めて感情的になっている。
社会のあり方について考えを巡らす余裕はない。

私も一連の事件に驚がくし、実行犯らの排除にひと安心した。
私はテロを断じて正当化しない。

だが、フランスが今回の事態に対処したいのであれば、
冷静になって社会の構造的問題を直視すべきだ。
北アフリカ系移民の2世、3世の多くが社会に絶望し、
野獣と化すのはなぜなのか。

野獣は近年、増殖している。
2012年、仏南西部でユダヤ人学校を襲撃し、
14年はブリュッセルのユダヤ博物館で銃撃事件を起こした。

シリアでのイスラム過激派による「聖戦」に加わろうとする
若者は数千人いる。
移民の多い大都市郊外では反ユダヤ主義が広がっている。

背景にあるのは、経済が長期低迷し、若者の多くが職に就けないことだ。
中でも移民の子供たちが最大の打撃を被る。
さらに、日常的に差別され、ヘイトスピーチにさらされる。
「文化人」らが移民の文化そのものを邪悪だと非難する。
 
移民の若者の多くは人生に意味を見いだせず、将来展望も描けず、
一部は道を誤って犯罪に手を染める。
収監された刑務所で受刑者たちとの接触を通じて過激派に転じる。
社会の力学が否定的に働いている。
 
米同時テロと比較する向きもあるが、米テロの実行犯は
イスラム世界に帰属していたのに対し、フランスの実行犯は
アル・カーイダ系や「イスラム国」から資金提供があったかもしれないが、
フランスで生まれ、育った。

無論、フランス外交も影響していよう。
フランスは中東で戦争状態にある。
オランド大統領はイラクに爆撃機を出動させ、過激派を空爆している。
ただ、国民はそれを意識していない。

真の問題はフランスが文化的道義的危機に陥っていることだ。
誰も何も信じていない。
人々は孤立している。
社会に絶望する移民の若者がイスラムに回帰するのは、
何かにすがろうとする試みだ。
 
私も言論の自由が民主主義の柱だと考える。
だが、ムハンマドやイエスを愚弄し続ける「シャルリー・エブド」
のあり方は、不信の時代では、有効ではないと思う。
移民の若者がかろうじて手にしたささやかなものに唾を吐きかけるような行為だ。

ところがフランスは今、誰もが「私はシャルリーだ」と名乗り、
犠牲者たちと共にある。
 
私は感情に流されて、理性を失いたくない。
今、フランスで発言すれば、「テロリストにくみする」と受けとめられ、
袋だたきに遭うだろう。
だからフランスでは取材に応じていない。
独りぼっちの気分だ。

(電話インタビュー、編集委員 鶴原徹也)

Emmanuel Todd 仏国立人口統計学研究所研究員。
1976年の著書「最後の転落」でソ連解体を予測。
米国の衰退も指摘した2002年の「帝国以降」も評判に。
パリ在住。

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