「異常な協定」TPPを葬り去る

特定非営利活動法人 アジア太平洋資料センター(PARC)
事務局長  内田聖子 うちだ・しょうこ

2月22日から25日までのシンガポールTPP閣僚会合が終了した。
「絶対に妥結する」としてきたこの会合だが、結果は「またしても合意には至らず」。
何の成果ももたらさない交渉に、
各国担当者からは落胆と徒労感があふれていたという。


TPP交渉は「賞味期限切れ」

日本が参加した2013年7月以降、TPP交渉は米国主導で加速化され、
交渉官全体が集まるラウンド(交渉官会合)も開かれず、各分野ごとの交渉や
主席交渉官、閣僚会合などの会議だけが次々と行われてきた。
しかし10月のAPEC(インドネシア)時の閣僚会合、12月のシンガポール、
そして今回と、実に3度の「失敗」を繰り返し、すでにTPP交渉は「賞味期限」
を失い、各国の歩調もバラバラ、空中分解の一歩手前だ。

中間選挙を11月に控え早期妥結をめざす米国は、「年内に必ずまとめる」
と言いながら、しかし他国には一切の譲歩をしない。
これにはマレーシアやベトナム、チリなどの国々にも抵抗を強めてきた。


血眼の多国籍企業

米国はそのように破たん寸前の交渉を取り繕い、何としてでもまとめたい
と血眼だ。なぜか。

米国では多国籍大企業がこぞってTPPを推進している。
モンサントやカーギルなどの食物メジャー、フェデックスなどの国際郵便業界、
ファイザーなどの大手製薬会社などが「TPPを推進する企業連合」を形成し、
日々政府交渉官にロビー活動する。
また畜産や米などの農産品輸出業界も、「早く日本の市場を開放させろ」
と強烈な圧力をかけている。
利益を得たい企業にとって、妥協も延期も漂流も「あり得ない」。
こうした企業の要望を背に、米政府は交渉に臨んでいるのだ。


政府権限で交渉可とする「TPA」

しかし米国にはこれと矛盾する国内政治事情もある。
そもそも米国ではTPAと呼ばれる貿易交渉の権限があり、
通常は議会に属している。
しかし複数国との交渉時においては、議会で細かい内容の議論をされる
ことが交渉を複雑化させ、場合によっては矛盾し、
差し戻しを迫られることがある。

だから一定期間、貿易権限を大統領に委譲し、大統領および政府の権限で
交渉を進めてもよい、とするのがTPA法である。
現時点でTPA法案の可決の見通しは立っていない。
それどころか「TPP交渉は非民主的で議会軽視である」
と主張する議員が続出し、オバマ民主党からも反対者が多数いる。
他国に強硬に出ている米国も「まずはTPAを取得して交渉に臨め」
といわれれば反論もできない状態だ。


こう着状態の日米関税交渉

交渉を難航させているもう一つの点は、日米の関税交渉である。
「聖域」とされる農産品5品目について、日本は米国の思惑に反して
大幅な譲歩はしていない。
TPP参加国の中でも9割近くのGDPを占める日米間の関税交渉が
進まなければ、全体の関税も決められないのだ。

しかし考えてみれば日本がTPP交渉に入ったこと自体が、矛盾に
満ちた無理な話である。
そもそもTPPはあらゆるモノやサービスの関税や、その国の法律や
慣行などの障壁を取っ払い、企業が自由にビジネスするためのツールである。
その意味で米国は一切ブレずに日本の農産品の関税ゼロを求めてきた。

一方日本は、前回の衆院選で「TPP断固反対」と言いながら大勝した
自民党が、政権交代から3か月も経たぬうちに交渉参加を決めた。

この大嘘に農業団体は怒り、懸念を表明していた自治体、医療・保険団体、
消費者団体、市民は反対行動を粘り強く続けてきた。
このような矛盾を抱え交渉に臨めば破綻していくのは当然である。

政府は「国内の農業者には妥協策を与えれば納得するだろう」
とでも見通していたのだろうか。
もしそうであれば、これほど国民を馬鹿にした話はない。


政府への圧力強めよう

では私たちは、このような事態に何をすべきか。
何ができるのか。

まず、日米の関税問題が妥結を止めている最大の要因になっている
ことは事実だ。
日本政府が安易に妥協のカードを切れない背景には、
国内からの「聖域は絶対に守れ」という要望がある。

こうした圧力を、さらにさらに政府に対して強めていかねばならない。

規制緩和論者や新自由主義推進派は、
「農業には既得権益があり、非効率な産業である。
だから規制を取り払い、国際競争力をつけよう」と、
農業を悪者・やっかい者にする。
しかしこれは大きな間違いだ。


農業まもり食糧安保を

TPP妥結は、すなわち日本の自給率の絶望的低下を意味し、
世界でも有数の安全・安心な食の提供が脅かされる。
国民の実に96%が「自給率を向上させるべき」
と答えている(内閣府調査、2014年2月)。

つまり農業を守ることは食糧安保という国の基本的な責任なのであり、
その意味で、決して私たち自身が「農業の問題でしょ」と言ってはならない。

消費者として、主権者として、「私が何を食べるのか」という問題
として関税交渉で妥協してはならないと訴える必要がある。


医療・雇用も脅かす

またTPPは保険や医療、教育、労働など21分野にわたる。
関税問題で日本が損をしなければいいという問題ではない。

TPP以前から、米国は『貿易障壁報告書』などで繰り返し
「日本の医療や保険市場は閉鎖的で、外国企業が締め出されている」
と指摘してきた。
つまり米国企業にとって日本への市場参入は積年の望みであり、
保険分野でいえば、日本郵政のかんぽ保険や協同組合などが運営する
共済は「おいしい市場」なのだ。

すでに2013年7月、米国の保険会社アフラックが日本郵政と提携し、
全国2万か所の郵便局で同社のがん保険が販売されることになった。

TPPに先取りする形で行われたこうした参入が、
TPP妥結後にはさらに加速化されることになる。

また米国には皆保険制度はなく、すべて民営化された医療体系であるため、
虫歯一本直すのに数十万、盲腸手術では数百万かかる。
TPPでは命にかかわる医療サービスも、貿易の対象となる。
つまり「金持ちは十分な医療で守られるが、貧困層は生きていけない」
という世界が、私たちの目の前に現れる日も遠くないのだ。

注意しなければならないのは、これらがTPP交渉の中だけでなく、
むしろ日米2国間協議あるいは日本国内の法制度改革の中で着々と
進められているという点だ。

現在、アベノミクスの重要な柱である「国家戦略特区」において、
医療サービス民営化の計画も出され、
外資系の企業がこぞって参入してくると予想されている。
また労働者派遣法の改悪も、基本的な方向性は
TPPによる企業支配の構図と相通じている。

つまり私たちの社会のあちこちで、新自由主義的政策が全体的に
進められているということなのだ。
TPPはその最大の「ツール」であると位置づけられるだろう。
だからこそ、保険や医療の問題、地域経済や雇用の問題などについて、
地域や職場、家族・友人などの間でもっともっと広げていくべきである。


行き詰るTPP

秘密交渉という大きな壁に阻まれ、交渉テキストさえ見られないという状況は、
それだけでTPPがいかに非民主的で、異常であるかを指し示している。

だがこのような異常な協定も、その異常性ゆえに破綻を招き、
暗礁に乗り上げつつある。
日本も米国も、政府は国内向けと交渉国向けとの姿勢に大きな矛盾を抱え、
行き詰っている。
あともう一歩、崩壊への動きを強めていきたい。

(「女のしんぶん」2014年3月25日)

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