特集・秘密交渉 TPP  医療

週刊金曜日 2013年10月18日

色平哲郎医師に聞く
保険診療の内容が空洞化してしまう?

直近の世論調査結果(日本世論調査会)で、TPP交渉について、
八六%が「政府の説明は不十分」だと回答しています。
つまり、わからないということ。
国民は当初からTPPが何なのかほとんど説明されてはこなかった。  
 
私は医師なので「わからない」のに、伝聞で断定することはできません。
診断には根拠が必要。
だから私は三年前からTPPについて「くれぐれも慎重に」
とくりかえし述べてきました。
賛成も反対もありません。
肝心の条文がわからないまま既成事実が進行し続けている現状こそ重大です。
 
今年二月の日米首脳会談で、安倍首相はオバマ大統領から
「聖域なき関税撤廃が前提ではない」との確約を取りつけたとされています。
でも米国大統領に通商交渉権限はありません。
合衆国憲法一条八の三に、通商権限は連邦議会にあると規定されています。

大統領がTPPに署名するためには、議会が大統領府に通商権限を一時貸し出す
TPA(貿易促進権限)法を可決しなければなりませんが、
現在、法案審議入りすらなされていない。
米国の通商権限は連邦政府ではなく米議会にある。
そんな事実すら、日本国民の多くは知らされていなかったのではないでしょうか。

日本のメディアもわかっているのか怪しい。
みんな米国大統領が交渉できているかのように思いこんでいる。
私は、TPPを「TとんでもないPペテンのPプロジェクト」
と呼んでいますが、日本全体が一種のペテンにかかっているようなものです。
 

「自由診療」を望むのは誰か

では、仮に日本がTPPに参加した場合、医療はどうなるのか。
日本医師会は反対を表明しています。
主張は三つ。
一、公的医療給付範囲の維持。二、混合診療の全面解禁をしないこと。
三、営利企業(株式会社)を医療機関経営に参入させないこと。
利害関係のある団体が反対を叫ぶと「既得権」があるのではないか、と見られがち
ですが、医療を縛る諸規制はいったい誰を縛り、誰を守っているのでしょう。
混合診療について日本の最高裁は二〇一一年秋に「現行の法運用は適法」
の判決を確定、衆参両院は九年前に全会一致で反対の請願決議をあげています。

日本は、国民皆保険の下、都市でも、農山村でも、いつでも、どこでも、
誰もが、均一で比較的質の高い医療を受けることができています。
また薬の価格も国が定めているため大きな変動はありません。
たとえば、虫垂炎の手術代ですが、日本では、一週間入院して約四〇万円。
でも、「自由診療」の米国では、一日入院で二〇〇万円。 
確かに、保険診療では、患者が受けられる医療技術に限りはあります。
患者側からすれば、多少高くてもよりよい医療技術やサービスを受けたい、
という人もいるかもしれませんね。
でも眉唾ものの治療法や評価の確定していない新技術なるものも多いのです。

現在、医療者側を縛っている諸規制がキセイカンワされ、
「混合診療」が全面解禁されることにでもなれば、
医療技術を「商品化」しお金にしようと考える病院が増えるのではないか。
すると都心の待遇が良い一部の病院に医師や看護師が集まり、
郊外や地方の一般病院はますます医師が不足するでしょう。

また、薬価については、米国は日本の二倍から三倍。
今後、米国の薬価に引きずられ国内でも上がる可能性があります。
製薬会社が費用を投じて新薬を開発するのは、利益を上げる見込みがあるから。
それなのに国が安めに設定するのは気にくわない、
と製薬会社が訴訟をしかけてくるかもしれない。
TPP交渉で薬価がどう議論されているかまったくわかりません。
キセイカンワが実現することになれば、薬害も招来しなねない「新技術」導入と
ひきかえに総医療費がふくらみ、結果として皆保険の危機が深まります。

TPPにかぎりませんよ。
医療がキセイカンワされると、
手薄くも辛うじて保たれている制度基盤が崩壊しかねません。
お金持ちしかまともな診療を受けられなくなる日がいずれ日本にも来るのかも。
今、本当の利害関係者は口を噤(つぐ)んでいます。(談)

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いろひら てつろう・JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長。

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