83 TPP、「結論」を強要されるだけでいいんですか?

日経メディカル 2013年4月30日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201304/530195.html

 TPP(環太平洋経済連携協定)は単なる通商交渉ではない。交渉内容を極秘とした上
で、参加各政府は、非関税障壁と呼ばれる「投資」や「金融」、「医療」や「食品」、
「大規模公共事業」などへの多国籍企業参入要件の緩和等を新規加入国に仕掛けていく
。社会の仕組み自体を米国型の「自由主義」に変えようという意図がある。社会的資源
の争奪戦が始まったとも言えるのではなかろうか。
 
 普通、医療資源といえば医師、看護師、病床、資金など「人、モノ、金」を指すが、
もっと根源的なところまで「自由主義」は手を伸ばそうとしている。それは医療を多く
の人びとのために高めようとする「知性」や「使命感」、「良識」や「公正さ」といっ
た根源的、精神的な資源に対する挑戦だ。「知的財産権保護」という名目で、ここが狙
われている。


既に多国籍企業が跋扈するエネルギー資源分野 

 こんな発想を抱くようになったのは、1970年代の石油ショックを挟んで当時の田中角
栄総理大臣が展開した「資源外交」の顛末を克明にたどった『田中角栄の資源戦争』(
山岡淳一郎著・草思社文庫)を読んだからである。田中の失脚は、米国の制止を振り切
って中東の原油を日本に直接入れようとして石油メジャーの「虎の尾を踏んだ」からだ
とささやかれてきた。そして、公式文書では「虎の尾」説は証明されておらず、俗説と
退けられがちだった。
 
 だが、本書で、当時台頭しつつあった中東産油国の「ナショナリズム」と、石油を牛
耳る欧米メジャーとの構造的対立、また、ウラン資源を巡る欧州企業と米国企業の相克
等が再現されると、田中の資源外交がいかに破天荒だったかが分かる。

 40年前の「中東産油国」を現今の中国と置き換えてみればいい。と同時に、世界経済
を支配するエネルギー資源の分野では、とっくの昔から、国家の枠を超えて多国籍企業
が跋扈していたことも再認識できる。「自由主義」の素顔が、そこにある。
 
 本書の圧巻は、筆者自身がインドネシアに飛び、田中の訪問に合わせて大暴動(マラ
リ事件)を起こしたとされる学生運動リーダーにインタビューした部分。このリーダー
は国立大学医学部を卒業した医師であって、事件後に収監された体験を持つ彼は、イン
ドネシア政府の腐敗や強権的手法に対する「学生反抗」が瞬く間に「反日・反田中」運
動にすり替えられ、死者11人を出す暴動に燃え上った、その「背景」を詳しく語ってい
る。歴史の断面から、様々なキーワードが浮かび上がる。現今との対比で、非常に興味
深い。

 「自由主義」は、平等的価値観とはおよそ相いれない考え方だ。TPPの「知的財産権
保護」の分野では、米国のビッグ・ファーマ(巨大製薬会社)の特許権が延長・強化さ
れ、ジェネリック薬の開発が遅れるともいわれる。薬価の値上がりを多くの日本の医師
たちが警戒し、心配している。

 さらに手術方法に対して、排他的知的財産権が設定されるとの見方もある。人の生命
を救う手術について、「この術式は特許料が高いのでやめよう」などとなったら、日本
の医療はいったいどうなるというのか…。

 TPP交渉で何が話し合われたのか・話し合われているのか。日本国民がもっと関心を
もち、「結論の共有」を強要されるのではなく、「情報の共有」をこそ求めていかなけ
ればならないのではないか。

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