中国・強硬派の世界観

清華大学当代国際関係研究院院長 閻学通 イエン シュエトン さん

中華民族の復興で 
米と衝突は不可避 
「信頼なき協力」を

欧米の価値に勝る
古代の政治道徳
日本は弱さを知れ

オピニオン 朝日新聞 インタビュー 2012年12月12日


中国のいわゆる対外強硬派は、今後の国際社会での役割や、
米国との関係をどうしようと考えているのか。
最近さまざまな場面で、経済力、軍事力を背景にした大国意識をのぞかせる。
尖閣諸島問題を抱える日本にとっては重大な関心事だ。
中国の指導者交代の節目をとらえ、強硬派の代表格といえる
閻学通(イエン シュエトン)氏に聞いた。


北京大学国際関係学院などをへて10年から現職。
近著は「中国古代思想と現代中国のパワー」(英文)。
元新日中友好21世紀委員。60歳。


===ニューヨーク・タイムズへの寄稿で「台頭する国家は
より大きな力を持とうとして、衰退国家は抵抗する」と書きました。
米中衝突は不可避という意味ですか。

「中国と米国との競争と衝突は不可避で、
今後10年間どんどん激しくなっていくと思う。
国力の差が狭まっていくからだ。
ただ、『衝突』といっても戦争ではない。
政治、軍事、文化、経済各面での競争だ」

===なぜ不可避なのですか。

「理由は簡単だ。
米国が世界で『第1位』の立場を諦めることができない一方、
中国の政治的目標は、かつでの歴史の中で占めた国際的な地位の回復だからだ。
政府が打ち出した『中華民族の復興』だ。
米国が世界で唯一の超大国としてとどまることと相いれない」

===しかし、これまで中国は米国のリーダーシップを認めてきた
のではないですか。

「違う。
中国は、米国が世界最強の国家だとは認めてきたが、米国に従うとは言っていない。
その二つは全く別のことだ。
中国は非常に弱かった1950−70年代でも、
どの大国のリーダーシップも受け入れなかった。
しかし、米国と軍事衝突は起こしたくない。
中国をとりまく国際環境を非常に悪化させる能力を持っているからだ」

===今後10年でどうなる、と。

「多くの人は、中米の競争は経済面が中心になると思っている。
しかし、私は政治・外交面で最も激しくなると見る。
中国が周辺環境を改善するためには友好国を増やす必要があるからだ。
ところが米国の『アジア回帰』戦略は、東アジアでの同盟ネットワークの
拡大を狙ったもので中国を孤立させる」

===しかし、米国は中国を標的にしたものではないと言っています。

「そんなことは中国では誰も信じていない。
狙いは日本でも北朝鮮でもなく中国だ。
中米間の競争を激化させている。
しかし、米国が超大国の地位を維持するためにそういう政策をとることは理解できる」

===TPP(環太平洋経済連携協定)もその一環と見るのですか。

「TPPは政治的目的を隠すための経済的な旗印だ。
できるだけ多くの国々を味方につけ、中国との競争に備えようという狙いだ。
しかしここ10年で立ち上げるのは無理だろう。
ほとんどの地域各国にとって参加条件を満たすのは不可能だからだ。
日本にとっても容易ではない」

===米国は味方を増やすことに成功しているでしょうか。

「過去4年を振り返ればオバマ政権は大きな成果を収めている。
中国に距離をおき始めた国もある。
典型的なのはフィリピンだ。
中国の友好国だったのに、大統領の交代、
米国のアジア回帰戦略を受けて突然、敵対的になった。
(オバマ大統領が訪問した)ミャンマーのケースも中国にとっては警鐘だ。
もたもたしていると先を越されてしまう。
中米の競争はゼロサムだ」

===地域リーダーシップを米中ともに譲らないのであれば、
衝突の「管理」しか道はないのでは。

「それが私の言いたいことだ。
中米両国は『相互信頼』という幻想を捨て、『信頼なき協力』を追求すべきだ。
第2次大戦中の英ソ関係がそうだったし、70年代の毛沢東ーニクソン、
同時多発テロ後の江沢民ーブッシュもそうだった。
信頼というのは長い間の協力の結果として生まれるものだ。
協力の前提と考えていたら衝突の管理もできない」

===しかし、米中両国は今、経済面で非常に深い相互依存関係にあります。
その点で冷戦期の米ソ関係とは根本的に異なるのでは。

「確かに違いはある。
中米関係はスポーツに例えれば、フットボールであってボクシングではないのだ。
米ソの衝突は、どちらかが相手をたたきのめすまで戦うボクシングのような
ものだったが、今の中米関係は得点で競うということだ。
いくら激しく競っても武力行使はない」


===米中間の価値をめぐる戦いも論じていますね。

「中国は、欧米の言う『民主主義』『自由』『平等』よりはるかに
高いレベルの政治道徳を持っている。
中国古代思想に言う『公平』は『平等』に勝り、『正義』は『民主主義』より高い。
(上品、丁寧なという意味の中国語の)『文明』は『自由』を凌駕(りょうが)する」

===「公平」はどうして「平等」に勝るのですか。

「たとえばバスに乗る時、早い者勝ちが『平等』、
妊婦やお年寄りに席を譲るのが『公平』だ」

===「正義」と「民主主義」は。

「民主主義のもとでも、ヒトラーは選ばれ権力の座についた。
民主主義を実施しても悪い結果は生まれる。
こうした価値はいずれも中国の古代思想にその基礎を見つけることができる。
それらを近代化して新しい価値観を作る必要がある」

===しかし、中国国内ではそうした価値は実行されていないのでは。

「確かにその点はよく指摘される。
まず国内で実行しなければならないのだが、今は国民の関心が経済に集中し、
儒教的な価値の実行には興味を感じないのだから難しい」

===「拝金主義を伝統的な道徳に置き換えなければならい」
とも書いています。
そもそも、どうして伝統的な道徳が廃れたのでしょう。

「まず、文化大革命による貧困があった。
次に80年代に『致富光栄』(財をなすことは名誉あることだ)
という考えが打ち出されたからだ。
『英雄』も今や、多くのカネを稼いだ人ということになってしまった」

===しかし、今の中国はある程度の富がなければ社会の安定は保てないのでは。

「そういう考えを私は批判している。
国民を豊かにすることで社会を安定化し、秩序を維持しようという考えは間違いだ。
道徳は全く廃れてしまった」


===習近平(シーチンピン)政権の外交政策は、胡錦濤(フーチンタオ)政権と
どう異なるのでしょう。

「今後10年間の外交政策はこれまでと全く異なったものになる。
従来は米国の一極支配だったが、これからは中米の二極体制に移行していくからだ。
中国はこれまで以上に安全保障上の問題に直面する。
海外への投資や人の流れが拡大するからだ。
経済利益よりも、安全保障利益を優先することになるだろう」

===米中同様、日中の衝突も不可避ですか。

「その通りだ。
異なるのは米国がまだ中国より強大なのに対し日本は中国より弱いことだ。
時間はかかるかもしれないが日本はこうした状況に慣れ、
中国を競争相手と見ることをやめなければならない」

===「競争相手」でなければ何ですか。

「それは日本が自らをどう規定するかによる。
アジアの一国家と定義すれば、中国もそのように見なし、
地域の発展に向けた協力の基礎を共有できる。
しかし西欧の一員と規定すれば、政治イデオロギー、経済、
戦略などすべての面で、アイデンティティーの違いが際立つことになる。
米国に依存しきって、中米間のバランスをとらないことは、
あまり賢明な戦略だとは思えない」

===尖閣諸島問題の解決策は。

「ケ小平氏が提唱した『棚上げ、共同開発』に代わる新たな原則を
見つける必要がある。
ただ来年末までには沈静化するだろう。
日本は新しい政権が生まれ中国との関係改善を模索するはずだ。
中国も来年3月までには指導者の交代が終わり、
この問題に対応する余裕が出てくる」


「中国にはあまり多くの友好国がない。
同盟条約は北朝鮮とだけだが実質に欠ける」
=北京、マーク・レオン氏撮影

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「取材を終えて」

自称「リアリスト」。
国際会議やテレビにしばしば登場し、米国や日本を痛烈に批判する。
米主要紙への寄稿も盛んで中身はいつも「中国はいかにして米国を打ち破るか」
(昨年11月、ニューヨーク・タイムズ)など刺激的だ。

私とのインタビューでも「米国との衝突は不可避」と言い切り、
強硬派の面目躍如だった。
しかし、中国の古代思想を現代中国のパワーに結びつけようと模索する
など知的な懐は深い。
さらに自身も16歳から9年間、農村に下放された「悪夢」に基づく
文化大革命批判など、御用学者とは異なる骨っぽさも併せ持つ。

特に印象深かったのは「価値」の創造でも欧米に挑戦する姿勢を見せたことだ。
儒教思想を基に、米国がいわば「専売特許」とする民主主義、人権などを凌駕する、
アジア的価値観を作る自信をみせた。
それが可能かどうかはともかく、中国の大国意識の底の深さを感じさせた。

日本に限らず地域各国で対中強硬論が力を得ている。
逆に対中友好を唱える向きもある。
しかし、いずれにしろよほど深く考え抜かないと、
中国の大国意識に伍(ご)するのは難しいかもしれない。

(編集委員・加藤洋一)
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