ふるさと 長野の本 信濃毎日新聞 2012年9月9日 書評

    風のひと 土のひと 色平 哲郎著

約30年前の夏、シベリア鉄道に乗って、21歳の医学生が世界をめぐる旅に出た。
そして帰国後、フィリピンのかつての激戦地レイテ島で「医療の原点」に触れる。
人との「出会いがエネルギー源」と言い切る著者は佐久総合病院の医師。
医の現場とその周辺のできごとをつづったブログを中心に、
医療を取り巻く現状を鋭く指摘する。

南佐久郡南相木村で診療所長をしていたころ、
農村には「死に方の作法」があるのではないかと思い至る。
「住み慣れた家で最期を」願い病院を抜け出す患者、
「長生きしすぎた」と語るおばあさん。
思い出話に登場する父親が植えた桜の木、幼なじみと遊んだ川、、、。
「死に方とは生き方」なのであり、死を受容する姿に
「日本が日本であった時代」を再発見する。

日本の今が、地域の医療を通じて浮かび上がる。
高齢で車の免許証もなく病院通いに頭を悩ます患者たち。
待合室の会話に耳を澄まし、
「限界集落」というレッテルを貼られた側の痛みに共感する。
著者を支えるのは先輩らの言葉だ。
ネパールで結核治療に尽くした岩村昇医師は
「草の根の村人たちが秘めた可能性を信頼せよ」と説いた。

東日本大震災や計画停電の影響を見据えて、
「福島の経験を風化させることは、未来を閉ざすこと」なのだと警告する。

(新日本出版社、1680円)
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