尖閣「棚上げ」の現状、日本に有利
             
   元外務省国際情報局長 孫崎 享 まごさき うける さん
   朝日新聞 オピニオン 2012年7月11日
  

43年生まれ。66年、外務省入省。
駐イラン大使、防衛大学校教授などを歴任し、09年退官。
近著に「戦後史の正体」。


尖閣諸島の所有権を、国、自治体、民間のいずれが持つかは、問題ではありません。
ただ、東京都か国かといえば、国の方がいいでしょう。
石原慎太郎都知事は、都が所有すれば中国を挑発する行動を取ると明言しています。
これに対して中国から外交、軍事的なアクションがあった場合、
都では対応できません。
国有化は、都が所有するより良いという意味で評価できます。

しかし、国が出てきたことで中国、台湾は反発を強めています。
日本が一歩前に出たことで、中国も黙殺できなくなったのです。
国は「東京都が所有すれば、石原知事は必ず挑発的な行動を取る。
この問題をエスカレートさせないために国有化するのだ」と
中国に説明すべきだと考えます。


/「係争地」認識を

私は何も譲歩しろと言っているわけではありません。
尖閣の問題で日本は今、有利な状況にあることを改めて認識した上で
行動すべきだと言っているのです。

日本側の主張は、1895年に尖閣諸島を沖縄県に編入した閣議決定を
根拠にしています。
よく「日本固有の領土」と言いますが、わずか100年ほどの領土を
「固有」と呼べるでしょうか。

一方で中国は、14世紀には尖閣諸島周辺にまで軍事的影響力を及ぼして
いたことは歴史的にも明らかであり、尖閣は台湾に属し、
台湾は中国に属するから尖閣諸島は中国のもの、と主張しています。
1951年のサンフランシスコ講和条約で日本は千島列島と台湾の領有権を放棄
していますから、解釈は一様でないにしても、
中国の主張に決して根拠がないわけじゃない。

日本人にとって受け入れがたいかも知れないが、尖閣諸島は「固有の領土」
ではなく「係争地」であることをまず認識すべきです。

その上で、これまでの日中両国が、この問題をどう扱ってきたを見てみます。

72年の日中国交正常化に際し、田中角栄首相と会談した周恩来首相は
「小異を残して大同につく」と述べました。
78年の日中平和友好条約を巡り、?>.J?I{<sAj$O
「我々の世代に解決の知恵がない問題は次世代で」と発言しています。
いずれも尖閣の問題を含む様々な懸案を実質「棚上げ」して、
両国の友好を優先する姿勢を明らかにしたものです。

つまり、中国側は日本の実効支配を認め、かつ、この問題を武力で解決しない
ことを示唆したわけです。
「棚上げ」によって日本は有利な立場にあるのです。


/資源問題は別で

尖閣諸島の問題が注目されたのは、2010年の中国漁船衝突事件がきっかけでした。
私は、この事件を日本の国内法で処理しようとしたところに間違いが
あったと思います。
日中漁業協定に従って、漁船を追い払うにとどめ、処分は中国に任せればよかった。
地下資源についても同様ですが、資源を巡る問題は、領土紛争に直結しかねないので
切り離しておさめるというのが国際社会の知恵です。

困ったことに日本の政治家も国民も、中国に対して強硬な姿勢を取ることが正しい
と信じているようです。
しかし、世論におもねるような外交は、国益を損ねます。
こちらが突っ張れば中国も突っ張らざるを得なくなる。
仮に軍事的衝突に発展したとしたら、中国軍と自衛隊の戦力差は圧倒的ですから、
日本の完敗です。

安保条約で米国が守ってくれるという考えも甘い。
米国が地の利の薄い極東で中国と衝突しても勝ち目はない。
米国が日本のために中国と総力戦の道を選びますか。
しかも米国は、超大国となった中国と日本の接近を警戒しています。
米国は表向き、尖閣の問題に対して「中立」の立場ですが、日中間の適度な
緊張関係は、米国にとってマイナスではない、と考えています。

国際的にも日本の主張は認められません。
領土紛争をエスカレートさせない、というのが国際社会の常識です。
国内だけに通用する論理で中国を挑発すれば、国際社会から孤立するだけです。

尖閣の問題は、現状が日本に最も有利なのです。
決して弱腰ではない「棚上げ」のメリットを、
政治家も国民も冷静に考えねばなりません。

(聞き手 秋山惣太郎)

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