野田首相の尖閣諸島発言はなぜ問題か/孫崎享
時事通信は「野田首相は、北京で中国の温家宝首相と会談し、 尖閣諸島に関し、日本固有の領土と日本政府の見解を伝えたのに対し、 中国側は領有権を主張。 温首相は核心的利益と、重大な関心事項を尊重することが大事だ と述べた」と報じた。 この発言のどこが問題か。 尖閣諸島を”日本固有の領土”とみなしている点にある。 日本政府はこれまで、尖閣諸島を「日本固有の領土であり、領土問題はない」 とみなしているが、これは事実でないだけでなく、きわめて危険な考えである。 まず日本は「1885年以降現地調査を行ない、これらの島々がどの国 の支配も及んでいないことを慎重に確認した上で、1895年沖縄県に編入した」 との立場をとっている。 日本が領有したのは1895年以降である。 これがどうして「日本固有の領土」と言えるのか。 中国は明清の時代から尖閣諸島に管轄が及んでいたとの立場をとっている。 たとえば1556年明は胡宗憲を倭寇討伐総督に任命したあと、彼はその編集した 『/海図編」の中で釣魚島などを中国福建省海防区域に入れている。 中国は1992年「中華人民共和国領海及び隣接区法」で、「台湾及びその釣魚島 を含む付属諸島は中華人民共和国に属する島嶼である」と明文化した。 国際的に見ると、日本の同盟国である米国ですら、「尖閣諸島の領有権について 日中いずれの側にもつかない」と述べている。 こうしてみれば、尖閣諸島は、日中の間で明確に領有権で争っている係争地である。 このことは政策的に何を意味するかというと、尖閣諸島の問題は 「国内法で粛々と対応する」のではなくて、係争地をいかに紛糾させないか という姿勢で臨む必要があるということである。 今日日本政府が否定するが、尖閣諸島に関しては周恩来首相と田中角栄首相、 実はこの合意はきわめて日本に有利なものである。 それは(1)日本に管轄権を認める、(2)軍事力でこの現状を変えない ことを意味する。 もし、双方が互いに主張し、最後に軍事力で決めるということになれば、 日本に勝ち目はない。 棚上げを守ることが日本の国益に合致する。 中国が軍事力を増強する中、日本には冷静な情勢判断が求められる。 まごさき うける 元外務省国際情報局長、元防衛大学校教授。 著書に『日本の国境問題』(ちくま新書)など。 【週刊金曜日】2012年5月25日掲載