71 福島の経験を風化させることは、未来を閉ざすことにつながる
     日経メディカル 2012年4月24日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201204/524581.html

 私たちは日々、医療機関に電力が供給されるのは
 「当り前のこと」として、診療をしている。
 佐久総合病院では、緊急用の自家発電設備を確保しており、
 停電しても、すぐに電力停止には至らない。
 施設と電力が確保されていれば、診療は継続できる。

 ところが、福島第一原発事故はこの常識を吹き飛ばした。
 施設が無事で電力が一定程度確保されていても、
 放射能汚染の避難指示による「脱出行」で、
 多くの高齢者や患者に生命の危機がもたらされた。
 『放射能を背負って 南相馬市長・桜井勝延と市民の選択』
 (山岡淳一郎著・朝日新聞出版)は、こう記している。

 「脱出行での生命の危機は、政府が20キロ圏の避難、30キロ圏の
 屋内退避と指示を出すたびに、二度の衝撃波として住民に襲いかかっている。(中略)
 (2011年3月)15日朝の時点で、圏内の病院や特別養護老人施設などに
 福島県が把握しただけでも、746人の要救助者が取り残された。
 県がつかめていない住宅の独居者や高齢者世帯を含めれば、
 その数は1000人規模と推測される」(59ページ)

 取り残された患者は南相馬市の各病院に担ぎ込まれる。
 
「申し送りはなく、患者のカルテどころか、名前さえわからない。
 空の点滴をぶら下げたままストレッチャーに乗せられて患者が入ってくる。
 点滴の日付は2日前。マジックで書いた名前は消えかかっている。
 がんなのか、糖尿病なのか、心臓疾患なのか、皆目分からない。
 医者や看護師は、放射能の恐怖に怯えながら、
 目の前の患者が亡くなっていくのを見つめる」(63ページ)

 ほかに、手の施しようがなかったという。

 脱出行で大勢が命を落としている。
 その詳しいデータは、まだ明らかにされていない。
 原発事故による避難、高齢者の搬送面についても大きな課題が突き付けられた。

 さらに、原発に頼った「集中型電源」の弱点も震災で露呈した。
 昨年、東京電力管内での「計画停電」で、医療機関が
 電力途絶の危機に見舞われたことは記憶に新しい。
 東電の「中央給電指令所」は、各発電所を稼動させたり、
 運転を停止したりするコントロールを一手に握り、
 「神の座」とも呼ばれている。
 途方もない権限が「神の座」には委ねられ、
 電力不足の予測をもとに、この計画停電は行われた。
 その一方的な見通しについては異論が噴出している。

 こうした中央集権的な電力供給体制は、大きな曲がり角にきている。
 再生可能エネルギーを含む、地域自律分散型の電力確保が求められている。
 エネルギーを「地産地消」し、足りなければ近くから融通する方法の確立が急務だ。
 政府がしきりにアナウンスする「脱原子力依存」とは、その方向を示しているはずだ
。

 われわれ医師も、エネルギー政策にもっと関心を持ってもいいのではないだろうか。
 だが、日本の医学部では、制御された核物質の扱い方しか教えてこなかった。
 これほどの大事故が起きても、多くの医師は原発と核兵器、
 放射線と放射能についてあまり語ろうとしていない。

 今後も、東日本大震災と同レベルの地震が発生する確率は高いといわれる。
 福島が抱えている問題は、54基も原発が散らばる日本の
 どの地域が直面しても不思議ではない。
 福島の経験を風化させることは、未来を閉ざすことにつながる。

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