忍び寄る国民の危機 「論点」 政治への監視怠るな

     ジャーナリスト 堤 未果    日本農業新聞 2012年4月2日

つつみ・みか 東京都生まれ。
ニューヨーク市立大学大学院修士課程修了。
国連婦人開発基金などを経て、米国野村證券に勤務中に
9・11同時多発テロに遭遇。
以後、ジャーナリストとして執筆・講演活動を行う。
近著に『政府は必ず嘘をつく』(角川SSC新書)。


かつてニュージーランドのジム・ボルジャ―首相は、
自国を訪問中の橋本龍太郎元首相に行政改革成功の
秘訣(ひけつ)を聞かれ、こう答えたという。

「国民が何が起きているか分からないでいるうちに、
急速かつ強権的に改革を進めることだ」


個人情報を統制

小選挙区制で占めた多数議席をたてに強硬な改革を進めた
ニュージーランドの例は、一国だけの話ではない。
米国では9・11直後、究極の個人情報一元化法である
「愛国者法」がそれと同じ状況を作り上げている。

「テロとの戦い」という緊急事態で国民の目が政治からそれている間に、
いつの間にか大統領の権限が強化され、一元化された個人情報が
思想チェックや経済徴兵制、悪質な住宅ローン勧誘などに利用された。
国民がおかしいと気付いた時には、すでに社会のあらゆる場所が
「監視国家」と化していたのだ。

だが私たちの多くは、消費文化における洗練されたイメージに
いとも簡単にだまされる。
その後の政権交代で米国民は、2度目の過ちを犯してしまう。
「共和党でなく民主党なら」「黒人のオバマ大統領なら」
と高揚し、再び政治から目を離したのだ。
オバマ大統領は政権を取った途端、暫定法だった愛国者法を恒久化、
議会を通さず戦争を開始する権限を手に入れ、国内の監視システム
をさらに強化する法案に次々に署名した。
米国のこうした危機は、はたして他人事だろうか?

リベラルを自負するニューヨークタイムズ紙をはじめ、
米国のマスコミは危険をはらむこうした法案の数々について
正確な報道を避けている。
テレビや新聞が抽象的なスローガンや芸能ニュースで占められ、
国民の知らない間に、いつの間にか法律がいじられてゆくという
状況は、3・11以降の日本と酷似しているのではないか。

一体どれほどの国民が、昨年10月に日本政府が署名した危険な条約、
ACTA(海賊版拡散防止条約)について知らされているだろう?
インターネットコンテンツの中央集権を民間企業に与える内容で、
参加国の企業は何の説明責任もなしに、
外国のウェブサイトを閉鎖できるようになる。
審議メンバーからマスコミや国会議員を排除し、
一部の政府高官と業界関係者だけで進めているこの条約交渉の
指揮をとっているのは日本と米国だ。
人々が情報や知識を共有するインターネットを企業権力に渡すこと
への危機感は国境を越えて広がり、世界中で数十万人の人々がデモ行進、
数百万人の人々がオンライン反対署名に名を連ねている。


議論なく法案に

日本でもかつて野党時代に住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)
や共謀罪、国民総背番号制度に反対してきた多くの民主党議員が、
今や「コンピューター監視法」を制定し、「秘密保全法」をはじめ、
数々の危険法案をまともな議論もなしに導入しようとしている。
「原発報道」で足並みをそろえたテレビや、最も賛否の議論が
高まっていた時期に全紙「TPP推進の社説」を掲載した新聞。
根拠のない「安全神話」にだまされた時の失望感は、
昨年一年で十分すぎるほど味わった。

社会の在り方、手の中の選択肢、どんな未来を作るのか。
それは分かりやすいイメージにだまされず、政治から決して
目を離さず、さまざまな情報を比較することで思考停止から身を守る、
私たちの意思にかかっている。

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