命つなぐ訪問診療 (魚の町から 石巻復興物語)
     外からのまなざし(下) 山村での経験、仮設に
     2012年2月5日  日経新聞 朝刊
     

「何もしなければ、お年寄りは劣悪な環境におかれる」。
昨年9月、信州で地域医療に取り組む医師、長純一さん(45)
は宮城県石巻市に立ち並ぶ大規模仮設住宅を見て危機感を覚えた。


半日で5、6軒

郊外に約1900戸の仮設住宅がひしめく「開成地区」。
車を持たない一人暮らしの高齢者も多いが、診療所は旧北上川の橋を渡った先。
今ここに、様々な地域から入居した約4600人が暮らす。
信州東部の佐久総合病院付属小海診療所(長野県小海町)の所長として、
山村の過疎地域を回る医師の目には、「魚の町」の被災地にも共通の課題が映る。

産業団地用地や運動場だった土地を急造の仮設用地に選定。
両端にコンビニエンスストアが2軒ある以外に、店はほとんどない。
市街地から離れた仮設で孤立するお年寄り、地元を去る若者。
被災地に共通する不安は、復興の過程でさらに悪化する恐れがある。

長さんはJR小海駅舎内にある診療所の外来診療のほか、
車で30分強の地域の民家を半日かけて5、6軒回る。
「この訪問診療がなければ入院という人が常に10人弱いる」。
周辺地域の高齢化率は35%に及び、診療所は約190人の登録患者
に24時間365日対応する。
通院が難しいという状況はどちらも同じだ。

約17年にわたり山間部に分け入り、保健指導や健康相談から
取り組んで、重い病気を予防してきた。
「仮設に診療所を新設すべきだ。
そこで経験を生かして地域に貢献したい」。
地域医療のパイオニアとして知られる佐久総合病院のノウハウを、
被災地に取り入れたいと強く思った。

「お考えの通りにやってほしい」。
1月31日、石巻市立病院の伊勢秀雄病院長(62)は
小海診療所に長さんを訪ねた。
長さんの思いを知人を介して聞き、仮設内への診療所建設を決め、
所長就任を要請した。
昼食を取りながら、開成地区の中心にプレハブ診療所が4月末に
完成する見通しを伝え、長さんは快諾した。

被災地の医療崩壊の危機は、地元でも強く感じている。
魚市場のある魚町の旧北上川対岸にあった建物が被災した市立病院。
100人の看護師のうち、約半数は3月に50床の仮設病棟の運用を
始める市内の石巻赤十字病院に派遣。
残りは孤独死などを防ぐため、7地区で4−6人のチームを組み、
仮設住宅への巡回や健康相談会を続ける。


保健指導にも力

仮設瀬波第2団地の集会所で1月26日に開かれた健康相談会。
住民14人と一緒にお茶を飲みながら血圧を測定。
石巻弁にセリフを替えた地元で人気のラジオ体操で体を動かす。

市立病院の看護師の鈴木富士子さん(39)は
石川ちる子さん(81)の部屋を訪問した。
20日前、巡回中に体調悪化を伝え聞き、苦しんでいた石川さんを車で運んだ。
「この前は命拾いしました。ありがとう」。
崩壊した地域のコミュニティーを出張健康相談がつなぐ。
地区チームのリーダーを務める吉野恵美子さん(39)は
「自立して健康管理してもらえるようにするのが理想」と目標を掲げる。

新設する診療所には巡回看護師のセンターも併設。
伊勢病院長は「健康情報を医師と共有し、
保健指導をしていくことなども考えていきたい」と話す。
開成地区チームのリーダー、屋代史絵子さん(40)は
「薬がなくなり、医者に行くように勧めても、
遠くて行けないという人がいる。
診療所ができれば、住民の方は助かる」と期待する。
地元の危機感を知った長さんも
「懸命に頑張る市立病院の看護師さんも応援したい」と応える。

「当面大事なのは介護予防と保健。
重い病気になるのを防ぎ、閉じこもりや認知症を減らす。
その上で訪問診療」と構想を練る長さん。
桜の咲く頃には鉄路で500キロ離れた被災地医療の最前線に立つ。
「他の地域にも生かせるような活動ができれば」。
住民の命を守る挑戦に、強力な支援が加わる。

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