TPPでインドも敵に

「ミスター円」榊原英資の警告 アエラ 2011年11月28日

米国主導のTPP(環太平洋経済連携協定)に組み込まれることで、
日本に反発するのは中国だけではない。
民主党のブレーンで、インド経済研究所の理事長、榊原英資・元財務官が警告する。


さかきばら・えいすけ
1941年生まれ。インド経済研究所理事長。
大蔵省(現財務省)財務官を務めた後、慶大、早大教授を歴任。
現在は青山学院大学教授。
日米交渉ではタフ・ネゴシエーターとして知られた


―TPPに中国は関心を示していますが、
アジア経済の統合はどう動いていくでしょうか。

榊原 中国は参加しないでしょう。
韓国も参加しない可能性が高い。
今の東アジアは中国と日本が中心になって、実質的な経済統合が相当進んでいます。
東アジアの域内貿易比率はすでに60%です。
EUが65%ですから、かなりEUに近いところまで来ている。
制度的なものはできていないが、企業や市場が主導する形でアジア経済統合は
かなり進んできている。
これからの世界の中で一番成長力の高い地域はアジアですよ。
中心は、中国でありインドですね。
だから、当然米国もオーストラリアもそれに入りたい。
「それに入れてくれ」というのがTPPですよ。

―日本は焦る必要はない?

榊原 そう。
むしろ日本は中国と経済的にはかなり一体化しているわけですから、
あわててTPPに飛び乗る必要はない。
実は米国は今回、若干困惑していると思うんだよね(笑)。
「日本はどうして乗ってきたんだ」ということでね。
反対に中国は「日本は何やっているんだ」という感じを持っていると思いますね。
野田首相は、中国との経済的一体化が進んでいることももっと
意識しなきゃいけないんです。
その辺のところが首相周辺にはほとんど意識できていない。

―実際に日本がTPPに参加したら、中国はどう出ますか。

榊原 日本のTPP参加については中国は不愉快でしょうね。
中国の出方は読めないですけれども、
何か牽制をするような発言なり行動をする可能性はあると思います。
日中関係が政治的に悪くなることもありうると思います。
中国は経済的に米国やオーストラリアには乗らない。
だから、それ以外と組むということになるでしょうね。

ASEAN+3が本命

―榊原さんは今、インド経済研究所の理事長ですが、
インドも含めたアジア経済の将来に、TPPはどう影響しますか。

榊原 インドは外交的なポーズは取るかもしれないが、
中国と同様TPPにはかなり冷ややかだと思います。
今、中国とインドの経済関係は急速に深くなっている。
関係がかなり改善されてきており、経済統合が進んでいる
東アジアのサプライチェーンの中にインドが相当入ってきている。
そういう意味で、インドも中国と同じようにTPPにはかなり警戒しているでしょう。

―インドとしては、TPPよりASEAN+3(日本、中国、韓国)の方が気になる、
ということでしょうか。

榊原 そう思う。
ASEAN+3の中にインドは入りたいわけです。
日本企業もインドに進出し始めて、日本のインドの関係も深くなり始めている。
だから、ASEAN+3+インド。
日本はそこに乗るべきなんです。
TPPに飛び乗ったというのは、明らかに政策的なミスです。

危機に立つ健康保険

―榊原さんは90年代半ば、大蔵省国際金融局次長の時に医療保険
などをめぐってタフな日米交渉を経験されましたね。

榊原 ええ、僕は日米交渉がどういうものか知っていますが、
おそらく米国はいろんな分野で激しい要求をしてきますよ。
これは非常にはっきりした事実ですが、
米国の経済交渉では必ずバックに企業がいるんですよ。
その企業の利益を反映して米国は交渉してくる。
「企業利益ばかり押し出してくるじゃないか」と米国の役人に文句を言ったら、
それが米国政府の役割なんだから全然問題ないと言うわけです。
今度もそうなりますよ。
だから米国の保険会社や建設会社の利害を当然反映して、
様々な要求をしてくると思います。

―その日米保険協議の時に、米国で最も激しいロビー活動を展開したのが
保険会社AIGでした。
そのAIGが今回、実質国有化されてた後のTPPですから、歴史の皮肉ですね。

榊原 おそらく米国は混合診療を合法化せよと言ってくるでしょう。
混合診療を認めれば自由診療増加につながり、
民間保険会社のメリットになるわけですよね。
特にAIGのような企業にとってはプラスです。
僕はハーバード大学で教えたことがあって、米国に10年住んだけれど、
国民皆保険制度がないので、民間保険会社と契約していました。
その保険料というのがかなり高いんですよ。
所得の1割以上を保険料に払いましたね。
日本もそうなっていいのか、ということなんです。

盗聴される日米交渉

―交渉では米国側はガンガン来るわけですか。

榊原 非常に厳しい。
僕はタフに交渉したつもりだけれど、それでもやっぱり米側の言うことを7割聞いて、
抵抗したのは3割という感じだった。
米国の保険会社というのは、実はCIAからの天下りが多いんですよ。
CIAも保険会社も事故調査が必要という点で似ているでしょう。
だから、保険交渉というのは大変なんです。
こっちの電話はおそらく、大体盗聴されてるんだ(笑)。
向こうはみんなプロですからね。
最後は第三国のカナダで交渉したんですが、僕らはホテルの電話を使わないで、
小銭をたくさんためて公衆電話から日本にかけた(笑)。
あの時は大蔵省の僕の部屋の電話が盗聴されてないかと心配しましたからね。
そういうことまでやる可能性が十分あるんでよ、特に保険業界は(笑)。

―日米交渉はそれほど厳しいということですね。

榊原 TPPでは、非常に幅広い分野で米国が強い要求をしてくるでしょう。
僕は、TPPの交渉は89年から90年ぐらいにやった日米構造協議
と非常によく似ていると思うんですよ。
日米構造協議の時に米国は「日本には構造的な障壁がある」と言ってきたんです。
その障壁を除けということは「日本の制度を変えろ」ということですよ。
「日本の制度を米国化しろ」ということです。
今度もおそらくそういうことを言ってくる。
もう言い始めているわけです。

日本は米国の属州か

―日本はそこに自ら進んで身を捧げてしまったわけですね。

榊原 飛んで火に入る夏の虫です。
本当に馬鹿じゃないかと思う。
つまりね、日本が得られるメリットはほとんどないんです。
日本が要求することもほとんどないわけですよ。
米国が次々にいろんなことを要求してくる。
それになんで日本が乗るんですか。
黙っていればいいんですよ。
デメリットばかりのものにどうして乗るんだ。
乗らなければ日米関係が悪くなるという話じゃないですからね。

―本当にTPPに参加していいのか、もっと国民的な議論が必要ですね。

榊原 日本の国民はほとんど実態を知らないまま、
この中に入っちゃっているわけですよ。
野田さんは日本の国益だと言っているけど、全然違う。
国益を損なう交渉になると思いますね。
日本は米国の一州じゃないんですから、日本独自の制度というのがあっていい。
だけど、米国は必ず日本独自の制度を攻撃してきますから。
しかも米国は来年大統領選挙で、政治的に相当得点しなきゃいけない。
だから、業界の利害を代表してかなり激しいことを言ってくると思いますよ。
大統領選挙はお金も要りますしね(笑)。

―タイミングも悪いですね。

榊原 日本国内でも、野田さんが米国とTPPの条約を結んだとしても、
その条約が批准されない可能性があります。
今の情勢では衆院も難しいが、参院はまったく通らない。
外交的には非常に大きなマイナスになりますね。
ですから、いろんな面からみてTPP交渉に日本は乗るべきじゃないんです。
TPPは、野田政権の死命を制する可能性があると僕は思っています。

(聞き手 編集部 佐藤 章)

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