TPP「崩壊するのは製造業だ」
野口悠紀夫がTPPに吠える  アエラ 2011年11月21日

TPPと言えば、打撃を受けるのは農業、得するのは輸出しやすくなる製造業、
という図式で語られる。
しかし、『「超」整理法』の論客・野口悠紀夫氏は、その俗論を根底から覆す。


・野口さんは、TPP(環太平洋経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)を
経済ブロック化協定と位置づけて反対されてますよね。

野口 全く反対です。
皆さんはTPPを貿易自由化だと勘違いしていますが、
そこが一番最初のボタンの掛け間違いです。
自由化じゃなくて不自由化なんです。
経済ブロック化というのは仲良しクラブを作るということで、
その中心の米国は対中国戦略を考えています。
対中国というのは、正確に言えば中国排除政策ということです。
まずはっきりわかることは、
米国はTPPに日本を入れて中国は入れないということです。
一方、中国の方も入れてくださいと自分から言うことはありません。
なぜならば、関税を下げてもらったところで中国の輸出には関係ないからです。
TPPに入ろうが入るまいが中国の輸出は伸びるんですよ。

・中国にとってメリットがないわけですね。

野口 そうです。
TPPには、投資家保護条項と呼ばれるISD条項もある。
これが中国にとって大問題になる可能性がある。
たとえば米国のグーグルが、「中国が検閲をやっているから
我々は損をした」ということで提訴できる。
その結果、もしも「中国は検閲をやめなさい」ということになったら
中国は崩れちゃうわけですよ。
それだけ考えても中国の参加はありえない。
推進派は、TPPを作れば中国を取り込むのも容易になると言っているが、
そんな甘い話はあるわけがない。

=中国市場をドイツ席巻=

・中国排除政策のTPPを受けて中国側はどう動きますか。

野口 そこが重要なところです。
私の推測ですが、米国がTPPで日米の体制を組めば、中国は別のところと組みますよ。
すでにアジア諸国とは組んでいますが、私が一番問題だと思うのはEUなんです。
中国は、EUとFTAをやる可能性があります。
EUの関税は米国の倍くらいありますから、中国にとって輸出増のメリットがあります。
EU側にとっても中国の関税を下げてもらうことはプラスです。
EUと言ってもドイツが中心です。
ドイツは歴史的に中国と深い関係がある。
それで中国版新幹線もシーメンスが取った、フォルクスワーゲンも中国で強い、
そういうことが拡大されるんです。
中国市場はドイツに席巻されてしまう可能性がある。

・中国の自動車市場では、ドイツ車と日本車が熾烈な競争を展開していますよね。

野口 日本車はドイツ車に負けています。
日本がTPPに参加して中国がEUと結べば、日本車は排斥されるようになる。
たとえば中国で自動車を生産するための部品や機械を日本は輸出しています。
中国の工場が使う中間財です。
それらは、本当に日本の輸出の生命線なんです。

・EUの状況を考えればユーロが一層安くなり、日本企業はさらに不利になりますね。

野口 そうです。
日本にとって大問題なんです。
日本の最大の輸出先は中国です。
機械などの中間財を輸出しているが、まさにドイツと競合している。
そのドイツが、中国の高い関税をゼロにしてもらい、
ユーロ安の恩恵まで受ける。
この結果、日本は中国市場という輸出の生命線を失う。
だから、TPPで日本の製造業は壊滅するということです。
TPPは日本の製造業にとっても自殺行為としか言えない。

=輸出はほとんど増えず=

・きわめて悲観的ですね。

野口 なぜ経団連がそれを考えないのか、私は不思議でしょうがない。
経済産業省の人も一体なにを考えているんでしょうか。
彼らの頭はどうなっているのかと思いますね。
もう狂っているとしか思えない。
本当は、中国政府が今何を考えているのか、
懸命に情報収集しなければいけない時なんだ。
国家存亡の危機ですよ。

・一方、野口さんの試算によれば、
TPP参加による輸出増大効果も非常に低いですね。

野口 低いです。
米国の関税を見ると、たとえば乗用車は2.5%です。
これがゼロになると確かになにがしかの効果はあるでしょうが、
それより為替変動効果の方がはるかに大きいんですよ。
だから、米国向け輸出は実質的に効果なしです。
オーストラリアその他の国々が日本の輸出全体に占める比率は2%程度です。
つまり、これらの国々に対する輸出が増えたところで大したことはないんですね。
これまでのデータで算出すると、私の結論は、日本の輸出を0.4%増やす
ということです。

=米で自動車は売れない=

・わずか0.4%の効果?

野口 だから、ほとんど効果はないということです。
10月25日に内閣府がTPPの経済効果について、
GDPを10年間で0.54%増やすという試算を出しました。
内閣府がどういう計算をしたか知りませんが、
これを輸出に換算してみると、私の試算と大体合うんです。
内閣府のいう10年間の経済効果は、年率平均に直せば、0.05%です。
これは、ほとんど経済効果はないということですよ(笑)。

もうひとつ言えば、米国に対する自動車輸出はもう望めないのです。
サブプライムローンの問題ですが、
経済危機前の米国人は住宅ローンで車を買っていたんです。
キャッシュアウト・リファイナンスと言うんですが、
そのメカニズムが崩れたのが2007年の経済危機なんです。
だから関税なんかの問題じゃなくて、もう自動車は米国では売れないのです。

・経済学的に言えば米国主導のTPPは百害あって一利なしということになりますね。

野口 まあ0.05%ぐらいの利あり、
百害のほうは恐ろしいほどのものということですね(笑)。

=経済ブロックは避けよ=

・TPPに参加すべきでないとすれば、国際経済の中で日本はどのようにすべきですか。

野口 日本は本当は英国の行き方を学ばなければいけないと思う。
英国は簡単にはEUには入らず、ユーロにはいまだに参加していません。
そのために、ギリシャを助けるとかの混乱に巻き込まれなくて済んでいる。
賢い行き方だったのです。
島国が生きる道は世界中と付き合うということです。
米国や中国と特別に付き合うというのはなく、世界のいろんな国と仲良くする。
それこそが貿易自由化なんです。
TPPが自由化協定などというのは大きな間違いです。
新たな経済ブロックを作ることになるのです。
第2次世界大戦の遠因になった世界経済のブロック化、
それから戦後のEUやNAFTA(北米自由貿易協定)、
そういうものに私は反対と言っているのです。


のぐち・ゆきお
1940年生まれ。早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問。
東大から大蔵省(現財務省)、米エール大学で経済学博士号取得。
一橋大、東大教授などを歴任し、
日本特有の経済構造「1940年体制」の分析でも知られる


聞き手 編集部 佐藤章

======
 



inserted by FC2 system