「TPP」で日本人の生活は超ピーピー
働けど働けど民は、、、  サンデー毎日 2011年11月13日

あまりに急展開で”トッピッピ(突飛っぴ)”と呼ばれる
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が国論を二分している。
TPPに参加すれば景気は回復すると経済界は前のめりだ。
だがハッピーになるどころか、暮らしは超ピーピーになりそうだという。

2021年、サラリーマンの前原政治さん(59)宅の食卓をのぞくと−−。
朝食はご飯1杯にふかしイモ2個、ぬか漬け1皿、
昼は焼きイモ2本にふかしイモ1個、りんご4分の1、
夕食は茶碗1杯に焼きイモ1本、焼き魚1切れ。
家長の政治さんはため息をつく。

「毎朝食べた卵かけご飯が懐かしい。
今は卵は週に1個、肉は9日に1回しか食べられない。
牛乳は6日にコップ1杯。
TPP締結のため先頭に立ってがんばったのに、
なんでこんなことになったのか、、、」

さかのぼること10年。
2011年の年頭所感で時の菅直人首相は「平成の開国」とブチあげ、
後継の野田佳彦首相がTPP参加を決断した。

その結果、100%関税撤廃でモノの値段は確かに下がった。
国産米は割安なカリフォルニア米に取って代わられ、牛丼は1杯100円。
水産物はほとんど外国産になり回転寿司は1皿50円。
デフレに苦しんでいた庶民は大喜び。
オージービーフや脂がのったノルウェー産サバなど食卓は国際色豊かになった。
だが、そんな宴の後、カロリーベースで40%あった食料自給率は
13%まで低下した。

「87%を海外に頼る怖さを知ったのは2年後でした」(政治さん)

大干ばつに見舞われた豪州は小麦の輸出規制に踏み切り、
パンは1斤1200円に跳ね上がった。
飼料の輸入が途絶え、鶏や牛を育てられず肉や卵は手の届かないものになった。

こんな突然に食料輸入がストップすると、食卓はどうなるか。
農水省が作成した「不測時の食料安全保障マニュアル」に描かれた
冒頭の前原家のメニューがそれだ。
『TPPは国を滅ぼす』の著書がある食料問題研究家の小倉正行氏が解説する。

「昭和20年代後半の水準である1日2020キロカロリーを
確保しようとすると、メニューは朝昼晩イモが主食になります。
栄養不足で世界一の長寿国から転落するかもしれません」

TPPとは、簡単に言うと「例外なき貿易障壁の撤廃」。
貿易、労働、金融、サービスなどあらゆる経済分野で自由貿易を推進する協定だ。
FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)は「コメだけは対象外にしてほしい」
と主張できるが、TPPは「例外扱い」を認めない。

「制度の規制緩和や撤廃も交渉対象になっているため、国や社会の仕組みが
一変する可能性があります」(東大大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授)

「最悪の事態を想定しておく」というのは、原発事故の苦い教訓。
経済界がふりまくバラ色の未来ではなく、生活へのダメージを順番にみていこう。


【輸入品9割ノーチェック】

10キロ3200円のコメの横に同800円のコメがスーパーに並ぶ−−
現在、日本は788%(341円/キログラム)の高関税でコメの輸入を
抑えているが、TPP参加で光景は一変する。

「外国産米の価格は国産の4分の1程度。
関税がゼロになると安い輸入米が市場に出回り、コスト競争が激しい弁当店
や冷凍チャーハンなど加工用食品のコメが確実に輸入米に置き換わるでしょう」
(前出・小倉氏)

新潟産コシヒカリや有機農法で育てたコメなどブランド化に成功した1割だけ
が生き残り、日本のコメの9割が輸入米に置き換わると農水省は試算する。

約40%の関税がかけられている牛肉は肉質3等級以下が淘汰(とうた)され、
4、5等級の松阪牛などブランド牛のみ残る。
水産物は国産ヒジキやワカメ、コンブは100%近く中国産に取って代わられる。

輸入米の流入によって、新潟コシヒカリは1キロ288円から177円に
値下げを迫られる。
関税がなくなり、チリ産トラウトサーモン3切れ約590円が560円、
フィリピンバナナ1房約500円が450−460円。
短期的には、国際色豊かな食卓を安い食費で実現できる。
が、最大の懸念は、食卓の安全が脅かされることだ。

「TPP参加国に合わせて日本のルールが緩和、撤廃されます。
日本では禁止されているポストハーベスト(収穫後使用)農薬が許される。
2003年の牛海綿状脳症(BSE)発症を機に牛肉は月齢20カ月以下で
危険部位除去が義務づけられてますが、月齢制限は撤廃されるでしょう。
遺伝子組み換え食品の表示義務は、貿易障壁として撤廃が求められるでしょう」
(日本消費者連盟の山浦康明事務局長)

これだけではなく、米国で認められている食品添加物3000品目が認められ、
食卓にのぼる可能性は高い。

輸入品の検査はどうか。

「現在、輸入食品の検査は383人の食品衛生監視員が担っています。
民間の検査と合わせても輸入食品の全体の検査率は12.7%。
自給率減少で輸入量が1.53倍になれば、検査率は8.3%に落ち込む。
人員が増えない以上、他国からの輸入農産物に手が回らず9割以上が
ノーチェックとなります」(前出・小倉氏)


==治療代は病院経営者のいい値==

【混合診療が全面解禁】

「交渉参加に断固反対!」

10月26日に日比谷野外音楽堂で開かれたTPP反対集会。
農協関係者らに交じり日本医師会の中川俊男副会長も壇上に並んだ。
TPPが国民の命と健康に直結する現実を突きつけた。

TPPに加盟すると、高額で利益率の高い保険外診療が拡大し、
公的医療保険の範囲が狭まるのは確実だ。
JA長野厚生連・佐久総合病院の色平(いろひら)哲郎医師が憤る。

「健康保険料を納めながら医療を受けられないという詐欺まがいのことが起こりうる。
スーパーリッチは際限なく医療を受け、貧乏人は治療を受けられない。
そんな世界が現実になりうるのです」

最も危惧されるのが混合診療の全面解禁だ。
医療側が値段をつける「自由診療」と診療報酬に基づく「保険診療」を混ぜたもの。
解禁されれば、医療機関は保険がきく診療を圧迫し、
儲(もう)かる自由診療にシフトするだろう。

「少しでも条件の良い所で開業しようと医者は農山村から都会に出て行く。
コストに見合わない救急医療や産科、小児科は閉鎖に追い込まれるでしょう。
今でさえ山間部は医療過疎で医師として薄氷の思い。
野田首相や経済人は正気ではない」(色平医師)

米韓FTAによって、医療・医薬品分野の自由化が急速に進められている韓国
がいい例だ。
「保険適用外」特区にある仁川(インチョン)では
600床規模の米系企業の病院が建設中だ。

「すべて個室で、治療費は健康保険で定められた医療費の6、7倍する。
自由診療の値段は病院経営者が決め、
医薬品の価格や医療機関による検査料は言い値になるのです」(同)

アメリカで生活した前出・鈴木教授は、歯科にまつわる苦い経験を明かす。

「歯が痛くなると飛行機に乗って日本に帰って治療し、また戻っていました。
うそのような話ですが、飛行機代よりもアメリカの歯医者は高いのです」

米カリフォルニア州のデンタルクリニックのホームページによると、
抜歯1本117ドル(8892円)、麻酔185ドル(1万4060円)、
銀の詰め物116ドル(8816円)と日本の保険医療の3−10倍。

「アメリカは自由診療なので治療費が高いのです。
日本でも公的保険適用外のインプラント治療が盛んに進められるでしょう。
インプラント専門の歯科医が増え、低所得者層は虫歯の治療を受けにくくなる。
自由診療で虫歯の治療代ですら高くて払えないという事態が生じるでしょう」
(鈴木教授)

自由診療市場が拡大すれば、リスクヘッジとして民間保険への需要が高まる。
ここでもアメリカの保険会社が参入して莫大(ばくだい)な利益をあげることになる。


==日本版「シッコ」が現実になる==

マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」にこんな場面がある。
保険に入れない貧しい人は自分で傷口を縫ったり、
指を2本切断しても、安い薬指だけを接合する、、、。
まさにカネの切れ目が命の切れ目。

「国民は空気のように感じていますが、
国民皆保険制度は世界が羨むジャパンブランド。
50年間維持してきた制度を守り育てなければなりません」
(前出・色平医師)

再び2021年にタイムスリップしよう−−
地方都市に住む八呂吉雄さん(74)はため息をつく。

「保険証一枚でどこの病院でも診てもらえた10年前はよかった。
近くにできたアメリカの株式会社病院は風邪や高血圧では診察してくれない。
勉強より体を鍛えろと孫に言い聞かせよう」

医療だけでなく、介護をはじめ多様な分野に外国人労働者が入ってくる。

「外国の人が安い賃金で働いてくれることになれば、
日本の賃金も所得水準も低い方に引っ張られる。
デフレが進み、賃金が低下し、失業者が増える。

TPPでモノが安くなっても、デフレスパイラルのように結局何もよくならない。
外国人は安価な労働力と他人事(たにんごと)のように思っていると、
しっぺ返しが来ます」
(前出・鈴木教授)


【米韓FTAを教訓に】

掛け金が月2000−3000円と割安なうえ、
剰余金が加入者に割戻金として還元されるため人気の高い共済。
「通常の病気やケガで入院・通院した時でも1日数千円が出る。
特に中高年層にありがたい」(ファイナンシャルプランナー)

TPPでは庶民の味方、共済が狙われている。
米国通商代表部(USTR)は10年外国貿易障壁報告書で、JA共済、
全労災、県民共済、COOP共済の4共済を金融庁の監督下に置くことを求めた。

「アメリカは共済に民間保険と同様に積立金の義務を課すことを求めています。
儲けが少ない共済は掛け金を積立金に回さざるを得ず、
掛け金が上がったり、破綻に追い込まれることも考えられる。
共済を市場から追い出して、
アメリカの民間保険会社が参入しようと狙っているのです」
(ジャーナリストの東谷暁氏)

米韓FTAでは、韓国の農業共済組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の
保険サービスはFTA発効後3年以内にすべて解体され民間保険と同じ扱い
になることが決まった。


【脅かされる身の安全】

安全や環境の基準も変わるかもしれない。
中野剛志・京都大学准教授は警告する。

「韓国では、アメリカが自動車市場に参入しやすいように排ガス診断装置の
装着義務や安全基準認証などの義務の一部を輸入される米国産自動車から
免除することを認めました。
米国通商代表部が日本に対して自動車市場の参入障壁だと指摘しているのが
日本の環境対応車(エコカー)購入支援策です」

米国車は日本政府が定めた低公害車の基準を満たしていると認められず、
エコカー減税の対象外なのだ。

「TPP参加で米国の要求通りの排気量の多い車が都市部で走るようになる。
喘息(ぜんそく)などの気管支の病気の増加が懸念されます。
現在、子供の放射能汚染を気にする母親は多いですが、
加えて昭和40年代のように大気汚染を気にして子供を外で遊ばせない
ということにもなりかねません」
(自動車ジャーナリスト)


【最も怖いISDとは】

反TPP急先鋒(せんぽう)である前出・中野准教授が最も怖ろしいというのは、
投資家保護(ISD)条項。

「日本で活動するのに障害となるルールによって投資家が不利益を被った場合、
米国企業は日本政府を訴え、ルールを廃止させたり賠償請求できる条項です」


=米企業に不利益は日本が賠償責任=

先の「エコカー減税」はまさに格好の評定になりうると中野准教授は指摘する。
エコカー減税によってアメリカの投資家が損害を被ったと判断すれば、
日本政府に賠償責任と制度撤廃を負わせることができるのだ。

「訴える先は、世界銀行傘下の『国際仲裁委員会』という第三者機関で
審理は非公開です。
判定は強制力を持ち、不服でも政府や自治体は控訴できません。
アメリカはこの条項を使い、訴訟を仕掛けてあちこちの国から利益を
吸い上げていると、大問題になっています。
民主党はTPPの交渉で、日本企業が海外に進出して紛争が起きた際、処理
できるからと積極的に確保したいルールとしてこれを盛り込んでいるのです。
一体どこの国の政権与党なのかと呆(あき)れ果てます」
(中野准教授)

10月28日付の『毎日新聞』はTPP交渉に関する政府の内部文書を報じた。
参加の時期を11月の「アジア太平洋経済協力会議」(APEC)としたのは、
12月の米大統領選挙に近く、米国が最も評価するタイミングであるため
と赤裸々に米国追従をうかがわせる内容だった。
鈴木教授が糾弾する。

「米国の要請だから仕方がないという態度は、
自主性のない従属国家として世界の冷笑の的です。
情報開示や国民議論がないまま強行突破しようというのは暴挙。
民主主義国家の体をなしていません」

いざという時、国民に食料を供給できない、医療を施せない、
そんなピーピー国家になったら一体誰が責任を取ってくれるのだろうか。

本紙 ・ 藤後野里子  山田文大

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