オバマ政権の通商政策とTPP、および日本の医療

http://www.jmari.med.or.jp/research/summ_wr.php?no=460
3.3. 小括
米国政府は、わが国の医療に関連する分野としては、主に(1)保険、(2)医薬品・
医療機器、(3)医療IT、(4)医療サービスの4 分野について、日本政府に非関税
障壁の撤廃あるいは縮小を要求している。それぞれの分野について、より具体
的な要求の内容を示すと表3-3-1.の通りである。

表3-3-1. 医療に関わる非関税障壁についての米国政府の対日要求(2011 年)
分野具体的内容
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保険
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○郵政民営化を着実に進め、かんぽ生命と民間保険会社との公平な競争環境
を整備すること。

○共済と民間保険会社との間で、規制面での同一の待遇および執行を含む公
平な競争環境を整備すること。

○生命保険契約者保護機構について、より効率的で持続可能な制度を作るこ
と。制度改訂にあたっては透明性を確保すること。

○保険の銀行窓口販売チャネルについて、消費者の選択肢の拡大と利便性の
向上のため、適時見直しを行うこと。また、見直しにあたっては、利害関係者
から意見を得る機会を設けること。

○外国保険会社が円滑に日本での法人化ができる環境を整備すること。

○保険商品の第三者販売チャネル(独立代理店)の競争力を強化するための
措置をとること。

医薬品・医療機器 
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○新薬創出加算21を恒久化し、加算率の上限を撤廃すること。
○市場拡大再算定ルールを廃止もしくは少なくとも改正すること。
○医薬品価格の外国平均価格調整(FPA)ルールを改正すること。
●○新薬の14 日処方日数制限ルールを改正すること。
●○東アジア諸国における臨床治験データの受け入れを検討すること。
○医薬品の承認審査に関わる目標が達成され、審査前相談の申入れへの対応
が迅速に行われるよう保障すること。
○近年の業界との密な交流を基に、医薬品医療機器総合機構(PMDA)ならび
にスポンサーが、質疑応答プロセスの支援に必要な実務要員をより効率的に計
画・管理するために役立つ明確なプロセスを構築すること。
○年 4 回の薬価収載を月1 回に増やし、日本の患者の新薬へのアクセスを迅
速化すること。
○次期審査手数料制度の詳細について業界との協議を開始すること。
○自給体制、表示、規制、保険償還の問題についての米国業界との協議を通
じ、日本における患者の血液製剤へのアクセスを拡大すること。関連する委員
会等において、業界が情報、意見および証言を提供する機会を設けること。
○医療機器に関する外国平均価格調整ルールを廃止、もしくはそれが不可能
な場合はFAP 算定時のルールと手法の不変性を確保すること。
○体外診断薬(IVD)に関する保険償還にあたっては、臨床的価値に基づいた
評価をすること。
○大型医療機器に対するC2 保険適用プロセスについて、業界と対話を行い、
それらの日本への導入を促進すること。
○医療機器の審査迅速化アクション・プログラムを確実に実行すること。
○企業にとって負担となっている品質管理システムおよび外国製造業者認定
に関する要件の修正に向け利害関係者と協議し事態の改善を図ること。
○日本全国へのワクチンの供給促進策を推進し、2010 年に採用されたHIB、
肺炎球菌、HPV ワクチンについての措置を拡充すること。
○推奨ワクチン特定のための明確な基準およびスケジュールを設け、新ワク
チンの日本導入を迅速化すること。
○二国間の協力および意見交換を通じ、国のワクチン計画の策定に取り組む
こと。

○化粧品・医薬部外品・栄養補助食品について、業界の意見に基づいた規制
緩和策・審査基準等の透明化策を取ること。

医療IT
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○国際標準に基づき、技術中立性や相互運用性を促進すること。
○患者自身による自らの医療記録へのアクセスを向上させる医療IT を早急
に導入すること。

医療サービス 
---------------
●○営利的な事業者(外国のサービス提供者を含む)が営利病院を運営し、
全ての医療サービスを提供できるようにすること。

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4.3. 考察2:TPP 参加が日本の医療に与える影響について
4.3.1. 確実な影響
TPP 参加がわが国の医療に与える影響として、確実に言えるのは次のことであ
る。すなわち、TPP 参加によって、米国政府の対日要求のチャネルが増え、同
分野における非関税障壁とされる事項(第3 章 表3-3-1.に示した事項)が米
国の要求どおりに改革される可能性が高まる、ということである。
4.3.2. 冷静な議論

ただし、これが「国民皆保険の崩壊」といったドラスティックな変化に直結す
るかといえば、二木(2011b)も指摘するとおり、冷静な議論が必要であろう。
二木氏の「小泉政権の時代にさえ、日本の医療サービス市場の開放や医療の市
場化・営利化がごく限定的にしか進まなかったことを考慮すべき」との意見に
は一理ある。現時点で分かっていることを丹念に再整理すれば、次のようなこ
とであろう。

○TPP への参加の有無に関わらず、米国の政界・財界・産業界の思惑は存在
し、それを背景とした米国政府の対日要求は存在する。

○現在、オバマ政権の対日通商政策の主なターゲットは、日本の非関税障壁
である。非関税障壁を撤廃/削減して新たな市場を開放し、米国企業の輸出拡
大と米国人の雇用創出に繋げることがその目的である。

○米国政府が「日本の非関税障壁」とする分野の中で、医療関連分野は重要
な地位を占める。現在、オバマ政権は、(1)保険、(2)医薬品・医療機器、(3)
医療IT、(4)医療サービスの4 分野について、日本政府に非関税障壁の撤廃あ
るいは削減を要求している。

○日本のTPP 参加は、「米国政府の対日要求が実現するチャネル」を増やす。

○日本が不参加の場合も、上記チャネルが無くなる訳ではない。日米2 国間
の経済対話の枠組みは既に存在する。また、現在まで、同枠組みは米国政府の
対日要求実現のために一定の機能を果たしてきた23。

4.4. 結語
-----------
上記に掲げた議論の整理を踏まえ、最後に、本稿の政策的含意について若干の
私見を述べ、筆を擱くこととしたい。以下3 点である。

第一に、国民・患者の立場からすれば、問題の本質はTPP への参加云々にある
のではない。すなわち、業界の思惑も米国政府の対日要求も、あって当然であ
り、問題はそういった外圧への対応にある。つまり、私たち国民が検証すべき
は、「(外圧があることを所与の条件として、)わが国の国民・患者の利益に
反して外圧が実現されにくい仕組みを日本政府が持ち、その仕組みが機能して
いるかどうか」である。TPP に参加しようがしまいが、そういった仕組みが機
能しなければ、国民・患者の幸福にはつながらない。まずは、検証に堪え得る
だけの情報が、適切に政府から開示され、各種メディアを通じて国民に知らさ
れているかどうかの確認作業から始めければなるまい。例えば、「現政権にお
いて(あるいはこれまで)、この問題の直接の責任者は誰なのか(誰だったの
か)。」日本の中に知っている人が何人いるだろうか。このような基本的な情
報ですら、私たちは知らされていないのではないか。

第二に見逃せないのは、米国政府の対日政策・対日要求は「日米合作」である、
ということだ。二木(2011b)が指摘する2 つの点、「aアメリカは決して一枚
岩ではなく、その要求も必ずしも一貫しておらず、「場当たり的」であること」、
「b医療の市場化・営利化は決してアメリカ側だけの要求ではなく、日本の大
企業も求めていること」は重要である。すなわち、医療に関わる米国政府の対
日要求は、その時々の政治的バランスに応じて、日米の業界人・財界人、米国
の日本研究者や米国側に雇われた日本人コンサルタント24、そして両国政府要
人の共同作業で作られるのである。現在でも、断片的な情報を、過去に同作業
にかかわった当事者の証言・著作等で確認することはできる。とはいえ、本稿
の問題意識に照らせば、十分な情報があるとは言い難い。わが国の調査報道の
焦点が、この「日米合作」のプロセスの解明に、もっと当てられて然るべきで
ある。

そして第三に、私たちがよくよく考えるべきは、「なぜ医療は常にターゲット
なのか?」という点である。これについては、「医療分野は日本独自の規制・
制度が多く、閉鎖的だからだ。」、「医療関連産業は米国の主力産業であり、
米国内でのロビイングも活発で政治力も強いからだ。」、「高齢化する高所得
国である日本は、医療関連産業にとって安定的なマーケットだからだ。」とい
った説明が考えられよう。では、電力やマスメディアについてはどうなのか。
このたびの大震災と福島原発事故が炙り出したこの国の問題点のひとつは、規
制に守られた既得権にしがみつく電力産業と大手メディア産業の姿であった。
同産業の日本企業が、手堅い投資先として見られていたのも、学生の就職先と
して人気の安定&高収入な職場なのも、「競争力が強いからではなく、規制に
守られた寡占市場だから」である。そこに外国の企業・資本が、参入を求めた
としても決して不思議ではない。しかし、電力産業・大手メディア産業に対し
ては、昔も今も、米国側は規制緩和・市場開放を求めておらず、日本政府も規
制改革・構造改革のターゲットにしてこなかった。一方、医療関連産業は、19
80 年代以来、一貫してそのターゲットであった。問題は、一体そこにはどう
いう政治力学が存在するのか、ということである。

日米通商交渉に参加する米国側担当者は、交渉の場に出ることを「カブキに出
る(playing KABUKI)」と揶揄するという。彼らにとっての日米交渉とは、決
してタフな真剣勝負ではなく、前述した「日米合作」のプロセスで練り上げら
れた台本に従って「歌舞伎の敵役」を演じるが如き仕事である、という意味だ。
卑近な言葉に直せば、「とんだ茶番劇」ということだろう。

それが歌舞伎でも茶番でもよい。私たち国民・患者にとって重要なのは、「そ
の演目をいつ・誰が・どのように決めているのか」、そして「日本の医療関連
分野が常に演目に入るのはなぜか」ということだ。TPP 議論の前に、この国の
ジャーナリズムが解明すべきはこの点だろう。(了)

二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター
http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/ 

日・フィリピン経済連携協定に基づくフィリピン人看護師・介護福祉士
候補者の受入れについて
http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=168629

日・インドネシア経済連携協定に基づくインドネシア人看護師・介護
福祉士候補者の受入れについて
http://wwwhaisin.mhlw.go.jp/mhlw/C/?c=168631
 



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