65 TPP参加は「開国」ではなく「壊国」

日経メディカル 2011年10月25日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201110/522164.html

 このブログでも環太平洋経済連携協定(TPP)参加への
 警鐘を鳴らし続けてきたが、野田政権が11月にハワイで開催される
 アジア太平洋経済協力会議(APEC)でのTPPの参加交渉に
 前向きであるという報道を見るにつけ、ますます危機感が募ってきた
 (関連記事:2011.7.22「ものごとには順番があるはずだ」
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/blog/irohira/201107/520830.html)。

 地方の農山村地域で医療・福祉に携わっていると、
 野田佳彦首相や前原誠司民主党政調会長の
 積極姿勢は、正気の沙汰とは思えない。

 「自由貿易主義」の象徴ともいえるTPPは、
 日本国の社会システムを大きく改悪する可能性が高い。
 経団連などからは、一足先に米国と自由貿易協定(FTA)を結んだ韓国を
 うらやむ声が聞こえてくるが、韓国はさらなる格差社会へと突き進んでいる。

 たとえば米韓FTAによって、韓国の医療・医薬品分野の
 自由化が急速に進められようとしている。
 韓国でも国民皆保険制度が機能しているが、FTAの締結によって
 経済特区では「保険適用外」の規定が認められ、
 高額の治療費で診療が行われる大型病院の建設が進められる見込みだ。

 経済特区の一つである仁川では現在、600床規模の
 ニューヨーク基督長老会病院(NYP Hospital)が建設されている。
 病室はすべて個室で、医療費を病院経営者が決められる。
 この病院は、韓国の健康保険で定められた医療費の
 6ー7倍を請求するといわれる。また、従来、病院は
 出資者や債権者には利益配当ができなかったが、
 特区ではできるようにもなったという。

 さらに、医薬品の認定も国から独立した機関が
 担う仕組みに変更された。
 米国との協議機関を新たに設置し、
 そこで認証が行われる方向だ。

 このほかに、外資の医療保険分野への進出も懸念されており、
 韓国の公的医療保険制度は、危殆に瀕している。
 韓国政府は、米国との交渉中に一貫して
 教育と医療分野での開放はしないと断言してきた。
 しかし、経済特区で例外として自由診療を認め、
 営利病院の設立を許可したことで事実上、
 公的健康保険の基本的構図を崩したといえるだろう。

 日本の外務省は、TPP交渉の現状について、
 医療は交渉分野には含まれておらず、
 混合診療や医療への企業参入は議論の対象外だとしている。
 だが、ひとたび交渉のテーブルにつけば、皆保険制度の堤が
 崩されるのは火を見るより明らかだろう。

 一部には、交渉に参加して、日本の国益に反することになればTPPの
 枠組みから抜ければいいとの意見もあるが、全くのナンセンスだ。
 TPPへの交渉入りは、米国の議会承認を経て初めて可能となる。
 「不利だから抜けます」と簡単に足抜けできるものではない。
 交渉の輪に入ることは、TPP参加と同義なのだ。

 米国のオバマ政権が日本にTPP参加をしきりに促すのは、
 来年の大統領選挙に向けた有利な手土産がほしいからだ。
 日本への輸出を増やし、雇用状況を上向きにして
 貿易赤字を減らして、大統領選を有利に進めたいのである。

 しかし、関税が撤廃されたところで、輸出産業の大口である自動車メーカーは
 既に米国内の現地生産に切り替えており、ほとんどメリットはない。
 逆に米国の大規模農場や人件費の安い東南アジアから
 農産物が大量に流れ込み、物価を押し下げ、日本はデフレが続く。
 国内産業の空洞化に歯止めはかからない。

 前原誠司氏ら推進派は、「後継者も無く、衰退した農業を守るために
 輸出産業を犠牲にするな」と言う。
 しかし世界では人口が急増しており、いまや食料自給率は安全保障の面からも
 軍事力に匹敵する重要な問題だということをご存知ないのだろうか。
 TPP参加の前に、若い世代が進んで参加できるように
 農業を立て直していかねばなるまい。

 今は、農業、医療・保険、金融・投資、労働、教育など、
 自由化の大波にさらされる公的分野のあり方を立ち止まって考え、
 国民的合意の形成を図るときであろう。
 新たな行動を起こすのは、それからでよいはずだ。

 もしかすると、来年の米国の大統領選さえ終わってしまえば、
 TPPが話題になることもないのかもしれないが。

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