TPP参加で82%が犠牲に

農業が壊滅し、金融保険分野がくわれる 植草一秀 
 週刊金曜日 2011年10月21日

TPP(環太平洋戦略経済連携協定)論議が活発化している。
野田佳彦首相は10月10日になって交渉参加問題について
議論を始めるよう指示したと伝えられたが、対応が遅すぎる。

今年のAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議は
11月12−13日に米国ハワイで開催される。
2012年大統領選を控え、経済低迷にあえぐオバマ大統領は、
故郷での会合で、日本のTPP交渉参加表明によって
得点したいと考えている。
しかし、日本はTPP交渉参加の是非を安易に考えてはならない。
実は、TPP交渉参加は実質上の参加とみなされる。
参加の決断をせずに交渉に入るのは最悪の愚策である。

そもそもTPPは、シンガポール、ニュージーランドなどの4ヵ国
で発効した経済連携協定に豪州、米国、ベトナムなどの5ヵ国
が加わって協議が進められているものだ。
11月APEC総会までの大枠合意が目指されている。

TPPは二国間でのFTA(自由貿易協定)、規制や制度の改正など
を含めたEPA(経済連携協定)を多国間に適用しようとするもので、
EPA同様、財の交易だけでなく、サービス、政府調達、
知的財産権、金融、人の移動などを含めた包括的な取り決めである。

見落とせないのは、TPPの場合、「例外のない関税率撤廃」
「関税率撤廃の即時実施」などの原則が置かれているため、
例外品目の設定などが困難になる可能性が存在することだ。

最終的にどのような枠組みになるのか不明な点が多く、
実態も分からぬまま、交渉に参加することはリスクが大きすぎる。
日本の関税率は国際比較上も十分に低く、
日本にメリットがないのにTPPに参加するべきでない。
正当な日本の国益を守るのが正しい外交スタンスだ。

現在の交渉参加国に日本を含めた10ヵ国で考えると、
GDP(国内総生産)の規模は日米2ヵ国で91%を占めてしまう。
豪州を含めると96%だ。
すなわち、日本が参加する場合には、
日米経済連携協定との側面が強くなる。
逆に言えば、日本が参加しなければ米国にとっては、
少なくとも現時点では大きなメリットを得られない枠組みなのだ。



サブプライム金融危機に対応してオバマ大統領は
8000億ドル規模の景気対策を実施した。
しかし、失業率が9%水準に高止まりする一方で、財政赤字が激増した。
日本同様のねじれ国会に直面し、オバマ大統領は財政赤字削減を迫られ、
窮余の一策である輸出倍増計画に活路を見出したいのだ。
つまり、TPPは「米国の」戦略の上に位置付けられるものだ。

米国は何としても日本を交渉に引き入れたい。
狙いはもちろん、米国における日本の活動拡大ではなく、
日本における米国の活動拡大である。

9月21日の日米首脳会談で、米国が辺野古移設問題で野田首相に
プレッシャーをかけたと報道された。
その後もNHKがこれを補強する報道を展開している。
しかし、米国はすでに辺野古を実質的に断念しているというのが
有力筋の情報であり、このパフォーマンスはTPPで日本の譲歩を
引き出す戦術と見られる。

悪名高い「対日年次改革要望書」は、いま「日米経済調和対話」
にリニューアルされて米大使館サイトに掲載されている。
これはTPP24分野協議に完全にリンクしている。

懸念される影響は、第一に農業の壊滅である。
日本農業の生産性向上には賛成だが、これはTPPを正当化するものでない。
農業改革を進める前に日本農業が外国資本に支配されることになるだろう。
安全基準も低下させられるとともに、日本古来の共同体社会が破壊され、
国土が疲弊すると予測される。

また、各種協同組合、共済組合が解体され、
とりわけ日本の金融保険分野が強欲資本主義に覆われてしまうだろう。
前原誠司氏はGDP1.5%の農業のために98.5%を犠牲にするなと発言したが、
TPPを切望しているのは米国のエージェントとGDP17.6%の製造業だけだ。
17.6%のために82.4%を犠牲にするとの表現の方が実態に即している。

うえくさ かずひで・政治経済学者。

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