TPP交渉参加は決定済みか

「ブッシュのポチ」ならぬ「オバマの選対委員長」と化した野田佳彦首相の腹の内

TPP参加交渉へ向けて永田町が慌ただしい。
11月開催のAPECで「交渉参加を表明」すると伝えられた野田佳彦首相。
TPPについて十分な情報開示も議論もないまま交渉参加に突き進むその裏には、
米国の意向があった。

横田一     週刊金曜日 2011年10月21日


「TPP(環太平洋戦略経済連携協定)に参加すると、米国と同じルール
(規制や法制度)で統一され、危険な医薬品や牛肉が入ってきたり、
遺伝子組み換え食品の表示もできなくなる恐れがある。
まさに、この国のかたちが変わり、日本の歴史や文化を破壊すること
にもなりかねない。
民主党を二分しかねない大問題で、もし強行するなら徹底的に闘います」

こう話すのは、TPPに慎重な民主党議員らで作る議員連盟
「TPPを慎重に考える会」会長の山田正彦・前農林水産大臣だ。
現在、TPP不参加を求める署名集めもしている。
取材した14日の時点で署名した国会議員は191人。
「200人を超えた時点で政府に提出したい」と意気込む山田氏は、
こう続けた。

「党内の経済連携プロジェクトチーム(PT)でも『国のかたちが変わるような
大きな問題で、単なる貿易交渉、通商交渉とは違う』と吉良州司
(きらしゅうじ)衆院議員(PT事務局長)が言った。
それなのに、なぜ、こんなに急いで結論を出そうとしているのか。
米国の要請に従っているとしかみえない。
野田首相がオバマ大統領にAPEC(アジア太平洋経済協力)でTPP参加表明
をして、良好な日米関係を作りたいという政権の思惑があるのだろう」

この山田氏の読みは的中した。
取材翌日の15日、FNNフジニュースネットワークは
「TPP交渉参加問題 政府が工程表を作成 11月に『参加を表明する』と明記」
と題して次のように報じたのだ。

「FNNが入手した工程表では、来月(11月)中旬の『APECでTPP交渉参加を表明」
と明記されている。
参加表明後に『地方での説明会を検討する』としているほか、
交渉参加を前提に最大の障害となっている農業分野については、
10月21日ごろに『食と農林漁業の再生推進本部』を開き、
農業強化策の基本方針と行動計画を策定する方針を掲げている」



金融・保険・医療などで「ルール作り」を狙う米国

まさにTPP参加の結論ありきで、慎重派のガス抜きのために
意見聴取日程が組まれたというのが実態に近い。
実際、すでに民主党内には、APECでのTPP参加表明を物語る日程表が
出回り、「野田首相の参加表明は確実」との見方が党内に広がっていた。
民主党関係者はこう話す。

「日程表にはTPP関連の総会などが11月上旬までびっしりと入っている。
野田総理が11月12日のAPECで参加表明の腹を固めたと読み取れます。
オバマ大統領に日米首脳会談で強く言われたのが、最大の理由でしょう。
日米首脳会談で普天間移設問題とTPPを絡めて日本に攻勢をかけてきた
と聞いています。
移設について沖縄の反発による厳しい見通しを日本側が伝えた途端、
弱みに付け込むようにTPP参加を持ち出し、両方とも断るわけには
いかない心境に野田総理を追い込み、
TPPに参加する言質をオバマ大統領が取った可能性が高い。
オバマ再選の鍵は『米国の輸出増加による雇用創出』で、そのために
TPP参加を強く迫り、先送りを許さない姿勢に出ているのでしょう」

米国の狙いは、交渉参加の前提条件を見ても明らかだ。
米国は、日本がTPPの交渉に参加するための条件として、3つのことをあげた。

一つは、米国産牛肉の輸入規制緩和。
「2003年のBSE感染で月齢20ヵ月以下の牛肉に限って輸入している規制を、
月齢30ヵ月以下に緩和する」という要求である。

二番目は「混合診療を積極的に進めること」。
日本の国民皆保険制度を崩壊させて、
米国の医療保険会社の参入促進をはかるということである。

三番目は「小泉政権時代に実現した郵政民営化を徹底すること」だ。
具体的には、「国民新党の強い要求で審議されようとしている
郵政見直し法案の成立は認められない」ということである。
完全民営化後に郵貯・簡保マネーが米国に投資されるようにしたい
魂胆が透けて見える。

「米国企業や投資家の優遇というのがオバマ政権の本音です」
と山田氏は指摘し、次のように話す。

「TPPは今までの通商条約とは全く違う。
TPPで米国から日本への輸出が伸びるかというと、すでに工業産品には
ほとんど関税がなく、農産物についても豪州やニュージーランドもTPP
に参加しているわけだから、米国の農産物だけが伸びるとは考えにくい。
となると、米国の目的はルール作りなのです。
主に金融と保険を狙っていると思う」

オバマ大統領の再選戦略が浮き彫りになっていく。
TPP参加により、日本の金融・保険・医療などの分野における規制を
米国と一致させること、すなわち日本に規制緩和・撤廃を強いていく。
米国企業への便宜供与をすることで大統領選での支持を集めるというわけだ。
そして人柄の良さが最も評価される野田首相は、オバマ大統領の勢いに
押されて、”選対委員長役”を引き受け、日本を米国に一部にする
売国奴的政策の実現に邁進(まいしん)し始めた。
これが、TPP参加論議が急上昇した内情に違いない。

オバマ大統領の”下僕”(しもべ)と化した野田首相は、
経済連携協定のマイナス面を直視しようとしない。
18日に開かれた「TPPを慎重に考える会」勉強会で酪農学園大学の
柳京熙(ユウキョンヒ)准教授は、「米韓FTAにおいて医療・医薬品制度
がどう変わりつつあるのか」と題して講演。
米韓FTA(07年妥結)を「国民国家を消滅させるもの」と批判した上で、
医療部門での弊害をこう紹介した。

「韓国政府は交渉中、医療部門の開放はないと断言したが、妥結後、
韓国自身が薬価を決めることができなくなりました。
ジェネリックの安い医薬品が売りたくても売れなくなったのです。
公的健康保険制度の適用外の営利病院が許可され、
民間の医療保険が増えましたが、公的健康保険制度は揺らいでいます。
日本は、隣国の韓国の惨状を見極めた上でTPPに参加するか否かを
決めるのがいいのではないでしょうか」



環境や医薬品規制が骨抜きにされる可能性

日本が米国の一部となるか否かは、裁判システムも重要なポイントだ。
TPPでは、海外の企業が国家を訴えることが可能で、
これが大きな問題になっている。
米国のタバコ会社フィリップモリス社が香港の子会社を通じて、
「タバコの飲みすぎに注意しよう」という公衆衛生規則を制定した
豪州政府を「不当な貿易障壁に当たる」として提訴した。
また米国の燃料メーカーがカナダ政府に対して
「環境規制は不当」と訴えたこともある。

こうした事態を受ける形で首藤信彦(すとうのぶひこ)衆院議員
(民主党)は、10月4日の「TPPを慎重に考える会」勉強会で、
説明役をした外務省の香川剛廣経済局審議官にこう問いただした。

「裁判システムについての法体系がどうなるかなど、
全く議論がされていない」

舟山康江参院議員(元農林水産政務官)も
「環境規制や医療規制が海外の企業に訴えられる。
その国のルールが変えられる恐れがある」と疑問を提示した。

しかし香川審議官は「(国家間の場合は)国と国の面子の闘いとなって決着
がつかないことが多いが、企業が訴えると、中立的な裁定が下る傾向がある。
企業が止むに止まれず訴えたものを邪険に扱うと、世界的に(当該国への)
投資リスクが高まると認識されてしまうことを恐れるためだろう。
個々の企業がその国の特定の措置、政策について訴えて、救済裁定、勧告を
出していくという解決のメカニズムの一つで、有用なものと理解している」
と回答した。

「企業性善説」と呼ぶのがぴったりの偏った楽観論だ。
企業活動が社会に悪影響(環境破壊など)を与えることがあり、これを防ぐ
ために規制が設けられてきたが、こうした現実を無視する考え方ともいえる。

裁判システムについてはTPP反対論者のジェーン・ケルシー教授は
7月の来日講演で、こう訴えている。

「投資家は世界銀行に設置されている国際調停裁判所に直接提訴することが
できるため、議論が秘密裏に行なわれ、
投資家と国家にしかわからない内容になってしまう恐れがある。

国の規制を形骸化する不透明な訴訟が頻発(ひんぱつ)
しかねないということだ。

またTPPに関する情報の開示がほとんどなされていないとの批判が、
与党や民主党内で上がっている。

枝野幸男経済産業大臣は「政府の説明はわかりにくい」
「医療が崩壊しないという懸念に答えられていない」との不満を
経産完了にぶつけたという。
東電の黒塗り手順書問題を追及した川内博史議員も、
4日の勉強会で関係三省の役人をこう批判した。

「外務省の今日の資料は、以前の資料とほとんど変わっていない。
具体的資料は何もない。
三省が集めて部内で持っている資料の開示を求める。
そうしないと、議論が始まらない。



一度入ったら抜けられない TPP交渉参加の罠

国民に十分な情報を示さないまま、TPP交渉への参加を表明しようとしている野田政権
。
しかも交渉に参加したら途中で抜けることは非常に困難であることを伝えてもいない。

先のケルシー教授は7月の来日講演でこうも訴えていた。
「TPPは交渉分野が24と幅広く、秘密裏に行なわれていて情報がほとんど出てこない
。
協定文書は協定に署名するまで非公表であり、また、期限が設けられていないので、
協定から脱退しない限り永続する。
しかも協定からの脱退は企業や外交の面でいろいろな問題を生じるので、事実上難しい
」

4日の勉強会でも「『TPP交渉のルールとして、取りあえず参加をして、
メリットがなければ、途中で抜ければいい』という主張があるが、可能なのか」
という質問が出た。
これに対し、外務省の香川審議官は「理論的には交渉参加後の撤退は可能だが、
机をはさんで交渉を開始して途中で抜けられるのは政治的判断による」と回答した。

山田前農水大臣はこう話す。

「この発言は『一回交渉に参加したら抜けられない』と言っているに等しい。
12日の第7回勉強会でも、経済外交大使が『一旦入ったら抜けられません』
と言っていた。
また米国の新聞には『まずハードルを低くして日本に入らせてから、
要求を突き付ける』とはっきり書いてある。

だからこそ、TPP交渉に参加するか否かについては、
国民的な議論を慎重にする必要がある。
しかしAPEC開催まで3週間程度しかなく、
議論をする時間が十分に確保できない異常な日程となっている」

14日、民主党は「経済連携PT」の初総会を開いて、
TPPへの交渉参加の是非について本格的議論を開始した。

しかしPTの役員をみると、TPP参加慎重派は4人程度(全体の約2割)しかおらず、
岡田克也前幹事長・仙石由人政調会長代行と藤井祐久元財務大臣(3人とも顧問)
をはじめ、大多数が賛成派だ。
この構成比を見ても、野田首相が「TPP交渉参加ありき」
という対米追随姿勢であることがよくわかる。

これに対し山田前農水大臣は、民主党の政権交代の原点に立ち返りながら、
徹底抗戦をしようとしている。

「TPP交渉参加を推進する野田政権は、郵政民営化をゴリ押しした
小泉政権と同じです。
当時は、対日要望をまとめた『年次改革要望書』がありましたが、
TPPはこの改訂版のようなものです。
民主党は、小泉政権の新自由主義路線や対米追随姿勢を批判して
政権交代を果たした。
そして鳩山政権は米国の年次改革を断った。
TPP参加に慎重になるのは当然のことで、野田政権が小泉政権時代に逆戻り
したかのようにTPPを推進してもらっては困るのです」

TPPをめぐる対立は、「国民生活第一」を掲げて政権交代をした民主党が、
「ブッシュのポチ」こと小泉元首相の売国奴的な米国追随路線に戻るか否か
を問うものになるのだ。

(よこた はじめ・ジャーナリスト)

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写真キャプション

・9月の日米首脳会談でオバマ大統領にTPP参加を促された、
という野田佳彦首相だが、、、

・TPPへの交渉参加強行なら「野田退陣要求も辞さない」
と語る山田正彦前農水大臣。

・TPP慎重派・推進派ともに活動が活発化している。
写真は、10月に行われた「TPPを慎重に考える会」勉強会。

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