【転載歓迎】他山の石/米・韓FTAの問題点

=TPPのルール作りで医療・医薬品・公的保険はどの様な影響を受けるのか=

第8回 TPPを慎重に考える会 勉強会  2011年10月18日

酪農学園大学 准教授 柳京熙 氏 講演 

「米韓FTAにおいて医療・医薬品制度がどう変わりつつあるか」


以下は講演当日の配布資料の一部:

韓国のFTAを取り巻く政治・経済的意義と経済的影響について (抜粋)より

米国・韓国FTAの主要部門別妥結内容   柳京熙 ゆう きょんひ


2005年2月3日に第1回韓・米FTA実務者事前会議がソウルで開催
されてから約2年の歳月を経て、
2007年4月2日に韓・米FTA交渉は妥結した。

韓・米FTAは商品、サービス、貿易救済(trade remedies)、投資、
知的財産権、政府調達、労働、環境など、貿易にかかわる全てを含む
包括的なものである。
外交通商部によれば、韓・米FTAの経済規模は14.1兆USドルで、
NAFTAの15.1兆ドルに次ぐ。
当初、容易だと思われていた国会批准であったが、両国の議会批准同意案が
通らず、2009年5月14日に新たな再交渉を経て、2010年12月3日
に追加交渉が最終妥結し、現在、両国の議会の批准を目指している。

・・・

これで2005年2月から始まった韓・米FTAは5年を超える時間を要しながら
やっと最終締結に辿り着いたが、その道程は相当険しいものであった。

次節以降は、韓・米FTAの交渉結果について考察を行う。
2010年の追加交渉によって変更がなされた部分については
変更内容を付け加えた。

1)繊維部門

・・・

2)自動車部門

・・・

3)医療・医薬品部門

米・韓FTAは医薬品、衛生検疫措置の放棄、GMO危険性評価放棄、
保健政策および環境政策に対する投資家の政府提訴権の認定、
自動車排気ガス規制の放棄、民間医療保険商品の事実上許可制への転換、
公企業の商業的運営などあらゆる方面での規制緩和を踏み切った結果となった。

本来、市場の失敗が起き、政府の介入によって辛うじて安定化を図って
きた部門においても、歴史的経験と教訓を忘却したように、
国民経済の安定より新自由主義的経済政策へと舵を切った。

今後、経済弱者への基本的生活保障はもちろんのこと、
国民健康の維持さえも困難となる可能性が高い。


医薬品に関わる交渉結果

医薬品に関わる米・韓FTAの交渉結果は、
米国の要求をほとんど受け入れる結果となった。

まず争点となっていた医薬品の独占・特許に関わる内容からみると、
当初の米国の要求をそのまますべて受け入れる格好となった。

=医薬品の許可とともに独占的特許を同時に認める。(註5)

=同一医薬品ないし類似医薬品の資料の独占権を認める。

=許可認定の遷延により、発生した損害は伸びた期間に応じて補償を行う。

=医薬品に関わる政策に対し、異議申し立てが可能となった:
 実質的自国民のための適正な薬剤費の決定が出来なくなる可能性が高くなった。
 内政干渉とも取れるような条件を丸呑みした形での交渉結果である。

=医薬品・医療機器委員会設置

=独占的異議申し立て機構の設置

=医薬品価格の国内物価との連動を拒否:
 このような制度は全世界的に類を見ないと言われている。

=専門医薬品の広告許可:医薬品の高騰をもたらす可能性が高い。(註6)


以上、簡単に医薬品を巡る交渉結果を紹介したが、最も深刻なことは、
米・韓FTA投資協定(協定文11章)に認められた投資家と
国家間の紛争解決手続き(Investor-State Dispute  ISD)
の条項である。

もし韓国政府が国民皆保険を強化する政策をとった場合、
保険会社は直ちに民間医療保険市場の縮小を盾に韓国政府に対し、
損害賠償請求訴訟を起こすことが可能となった。

こうした問題提起はかなり前から関連団体が指摘していたが、政府は
「韓・米FTA協定では公衆衛生、安全、環境および不動産価格安定
といった正当な公共の福祉を阻害する交渉は原則的に応じない」としており、
公共性をもつ事業において損害賠償請求は原則的に出来ないと明言している。
しかし提訴の事例は全世界で多数確認されている。(註7)

韓国政府は米・韓FTAの交渉中、一貫して教育と医療部門の開放はないと
断言してきたが、米・韓FTA協定においては経済自由区域での健康保険適用指定制
(医療機関であれば健保適用強制規定を受ける)例外の許可と
営利病院の許可(病院の株主または債券者に対する利益配当許可)を
明文化したことで、事実上、公的健康保険の基本的構図を崩す措置を取った。

現在経済自由区域は仁川、光陽、釜山等3つの地域が指定されているが、
仁川では600病床規模のニューヨーク基督長老会病院(NYP Hospital)
が建てられている。
この病院はすべて個室のみで完備されており、医療に関わる費用を
病院経営者自らが決めることが出来る(健保適用指定制の例外)。

この病院は現在韓国内の健康保険指定医療費の6、7倍の医療費を
請求するとして知られている。
従来病院外部には利益配当が出来ないことになっているのに対し、
病院の株主や債券者に利益配当が出来るようになった。

このような経済自由区域内の医療行為に対する特別な許可は、
韓国内の脆弱な医療システムを辛うじて支えて来た公共性が
根本的に揺らいでいる。(註8)

現在、韓国の民間の医療保険の規模は約12兆ウォンとなっており、
約30兆ウォン規模と言われている国民健康保険の30%に達する
勢いである。(註9)
米・韓FTAによって公的健康保険制度の発展と公共性が
強化出来なくなれば大きな問題になる。



(4)食品安全性

・・・

以上、米・韓FTA妥結結果とその問題について部門ごとに詳細に見て来たが、
得るとされる経済効果よりも多くを失う可能性が高いことが分かった。
とくに米・韓FTAで交わされた「毒素条約」を見ると、明らかに韓国に不利
な交渉結果であることが明らかである。

それを整理すると以下の通りである。

(1)サービス市場開放の Negative List:
サービス市場を全面開放する。
例外的に禁止する品目だけを明記する。

(2)Ratchet(ラチェット)条項(逆進防止装置):
一度規制を緩和するとどんなことがあっても元に戻せない、
狂牛病が発生しても牛肉の輸入を中断できない。

(3)Future most-favored-nation treatment:
未来最恵国待遇:今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件
が米国に対する条件よりも有利な場合は、米にも同じ条件を適用する。

(4)Snap-back:
自動車分野で韓国が協定に違反した場合、または米国製自動車の
販売・流通に深刻な影響を及ぼすと米企業が判断した場合、
米の自動車輸入関税2.5%撤廃を無効にする。

(5)ISD: Investor-State Dispute Settlement。
韓国に投資した企業が、韓国の政策によって被害を被った場合、
世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。
韓国では裁判は行なわない。
韓国にだけ適用。

(6)Non-Violent Complaints:
米国企業が期待した利益を得られたなった場合、
韓国がFTAに違反していなくても、米国政府が米国企業の代わりに、
国際機関に対して韓国を提訴できる。
例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険
のせいで営業がうまくいかない」として、
米国政府に対し韓国を提訴するよう求める可能性がある。
韓米FTAに反対する人たちはこれが乱用されるのではないかと
恐れている。

(7)韓国政府が規制の必要性を立証できない場合は、
市場開放のための追加措置を取る必要が生じる。

(8)米企業・米国人に対しては、韓国の法律より韓米FTAを優先適用
例えば牛肉の場合、韓国では食用にできない部位を、
米国法は加工用食肉として認めている。
FTAが優先されると、そういった部位も輸入しなければならなくなる。
また韓国法は、公共企業や放送局とった基幹となる企業において、
外国人の持分を制限している。
FTAが優先されると、韓国の企業が外国人持分制限を撤廃する必要がある。

(9)知的財産権を米が直接規制
例えば米国企業が、韓国のWEBサイトを閉鎖することが出来るようになる。
非営利目的のBlogやSNSであっても、従来韓国で一般的に容認された考えと、
著作権に対する米国の考えは全く相違しているため、
訴訟が多発する可能性あると言われている。

(10)公企業の民営化



5) 米・韓FTAの問題点

以上、内政干渉ともいえる内容となっており、これで国民国家という枠組み
が完全に消滅に向かっているとしか言えない内容となっている。

国民はどこまで興味を持ってこの状況を見ているのだろうか。

筆者が韓国に出向いて、FTA関連の書籍を検索した結果、
ハングルで書かれた学術書は2冊しか出てこなかった。

これほど、一般の韓国国民はFTAに対し、情報を得ることが出来ない。

またマスコミでは以上のような内容について一切触れていない。

牛肉騒動の際、放送を敢行したMBC(韓国文化放送)の関係者は裁判に掛けられ、
無罪を勝ち取ったものの、昨今の韓国の言論統制はその度を過ぎている。

このような言論統制や世論操作によって、韓米FTAの妥結に成功したことも
否定出来ない状況となっている。


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(註5)多国籍製薬会社の特許によって得られる利潤は年間
    200から300兆ウォンと予想されている。
    実際、高い医薬品のせいに疾病治療が出来ないまま
    年間1400万名が命を失っているという
    (国連世界保健機関、2005)

(註6)米・韓FTAにおいて「医薬品・医療機器委員会」を設置すること
    で合意したために、米国の医療機器輸出に対して規制を加えること
    が非常に困難となった。
    これは医療機器に対する適切な社会的規制および社会的資源の
    適切な配分を根本から否定する結果となり、
    今後高医療費の負担が国民に帰結すると懸念されている。

(註7)米国廃棄物処理業者メタルクラッド(Metalclad)社の事例が
    代表的である。
    メキシコで廃棄場を運営する米国のメタルクラッド社は、
    廃棄場周辺の環境が急激に悪化し、メキシコ政府が廃棄場の許可
    を取り消したことで、メタルクラッド社は投資への不当な侵害
    として投資家・国家紛争解決手続き制度を発動した。
    結局、メタルクラッド社はメキシコ政府に勝利し、利益を確保した。
    韓国においても同じようなことが起きる可能性が高くなっている。
    今後、米・韓FTAが施行されると、例えばある治療に対し、
    健康保険を通して国民への医療サービス向上を図る場合
    (例えば癌などで)、米国系保険会社のAIGなどが政府を相手に
    損害賠償請求訴訟を起こす可能性が高い。
    この規定は、米・韓FTAの投資家・国家紛争解決手続きに含まれ、
    政府の医療に関わる政策推進を実質的に妨害する措置となっている。

(註8)国民健康保健を支えた公共性とは3つの柱に構成されている。
    (1)健康保険適用指定制、
    (2)病院の非営利団体規定制度、
    (3)国民すべてが公的医療保険に加入する国民皆保険体制

(註9)韓国民主労総「韓米FTAの『操作された経済効果』批判と
    本質的な問題点」2011年1月、より引用。

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