64 東日本大震災と生活保護
日経メディカル 2011年9月28日  色平哲郎
 

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201109/521796.html

 先日、宮城県南三陸町の公立志津川病院を訪ねた。
 空っぽの5階建て鉄筋コンクリートの巨大な塊を前に、絶句した。

 南三陸町の死者・行方不明者は901人で、
 町民の約20人に1人に当たる。
 宮城県全体では、234万人の県民のうち、死者・行方不明者は1万1574人。
 県民の200人に1人が、震災で死亡もしくは行方不明になっている。
 亡くなられた方々のご冥福をお祈りする
 (死者・行方不明者の統計は9月27日付のもの。
 宮城県の人口は3月1日付の概況、南三陸町の人口は2月末のもの)。

 東日本大震災のダメージが、社会全体に拡がっている。
 被災地での医療や介護のサービス提供は、従前想像していた以上に困難だ。
 震災で死者・行方不明者が約4000人に上った宮城県石巻市では、
 介護保険担当者が「人口動態が不安定で、どこに誰がいるのかをつかむのも難しい。
 3年先まで見通すのは無理だ」と胸中を吐露している(朝日新聞9月19日朝刊)。

 被災地では、高齢者のみならず、あらゆる世代で人が動いている。
 住民基本台帳と実際に住んでいる人の「突き合わせ」が難題なのだ。
 今年度は、介護保険を運営する市町村が3年に1度、
 事業計画を練り直す時期に当たっている。
 だがしかし、とてもプランニングできる状況ではない。

 原発事故で人口の約4割が県外に避難した福島県浪江町だが、
 4?7月だけで要介護認定の新たな申請が235件に及び、昨年1年分を超えたという。
 異常事態の連続で、高齢者の健康状態は急激に悪化している。

 浪江町のほかにも多くの自治体が、今年度までの計画の
 暫定延長を認めるよう国に求めている。
 被災地での介護保険事業は、3年ごとの見直しという枠をいったん外し、
 単年度ごとに自治体の一般会計や、国の補助金を財源に充てる措置が必要だろう。

 医療の供給側も危機的状況だ。

 南相馬市の緊急時避難準備区域(福島第一原発から半径20?30キロ圏内)では、
 病院の常勤医師数が46人から27人に激減している。
 開業医を含めると医師数は、さらに減ったとみられる。
 南相馬市のこの区域には5病院あるが、そのうち
 3つの病院が短期の入院患者だけを受け入れている。
 南相馬市立総合病院は、入院・手術とも再開したものの、
 震災前に12人いた医師は7人に減ったままだ。産婦人科は休診中である
 (朝日新聞8月30日付朝刊)。

 被災者は、医療費の自己負担を免除されているが、
 それが周知されていないケースもある。
 被災者は、全国47都道府県の自治体に散っている。
 直接的な被害を受けていない自治体の中には医療費免除を知らず、
 トラブルが生じているところもあるという。

 さらに被災地の危機は、社会の底辺にしわ寄せされている。
 長引く不況に震災が追い打ちをかけ、失職者が急増中だ。
 厚生労働省の調査では、岩手・宮城・福島の3県で、震災の影響で
 失業した労働者が7万人に上ると見込まれている。
 政府は今年の5月に、被災した求職者の失業手当の給付期間を
 特例で120日延長したが、今月末から10月にかけて給付期間の
 打ち切りが始まるため、経済的に困窮する労働者が出ることが懸念されていた
 (毎日新聞9月6日付朝刊)。

 そこで、小宮山洋子厚生労働相は9月27日の記者会見で、
 被災した3県の沿岸部在住の求職者の失業手当の給付期間を、
 さらに90日間延長すると発表した(朝日新聞9月27日付)。
 しかし、それも今年いっぱいまでであり、長期的な視点に立った
 被災者の生活支援が求められている。

 こうした震災ダメージの連鎖的拡大を食い止めるのは、
 社会のセーフティーネットだ。
 日本のセーフティーネットとは、いうまでもなく生活保護である。
 財政赤字を理由に、震災で路頭に迷う人の生活保護申請を
 受け付けないわけにはいくまい。将来にツケを回さないために、
 今目の前にある生命の危機を放置するとしたら、憲法違反に問われる。

 ところが、生活保護は、本人の恥ずかしさや不正受給への社会的な批判
 などもあって、経済的に逼迫していても申請できない人がいる。
 自治体は、財政赤字を増やすまいと申請者に「門前払い」を食らわす。
 申請したい人には、いくつもの壁がある。
 その突破法を、四コマ漫画を駆使して分かりやすく説明した本がある。
 『路上からできる生活保護申請ガイド(改訂版)』
 (ホームレス総合相談ネットワーク)だ。

 これは申請者のみならず、支援する側の人間にも役に立つ。
 自治体の福祉事務所は、「保護申請書」をなかなか渡そうとしない。
 この本には、その申請書類が切り取って使えるように付いている。
 これまで、ノウハウとしてもったいぶって語られていたことが、
 すぐに実践できるレベルで解説されている。画期的な手引書であろう。

 政治家が権力闘争に明け暮れたため、震災復興は遅れがちだ。
 その分、市民が、知恵をしぼって現実に対応するしかない。
 今ここで、苦しんでいる人を助けあげることこそ、
 広い意味での医療の原点ではないだろうか。

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