「国民全員でのチーム医療」
日経メディカル 2011年8月30日  色平哲郎

今年は国民皆保険の達成からちょうど半世紀。
医学雑誌「Lancet」は、9月に「日本特集号」を刊行するという。

そんな節目の年に東日本大震災が起きた。
被災地での医療が、DMATチームによる緊急対応段階から、慢性期対応、
介護と連携したケア、原発事故による内部被ばく問題などへ拡がっていく中で、
医療の制度基盤である国民皆保険の存在意義は一段と高まっている。

もし皆保険制度が機能していなかったら、
未曾有の災害で被災された方々の生命はどうなっていたか・・・
と想像すると背筋が寒くなる。

一方、50年の歴史を歩んできた皆保険制度がさまざまな危機に
直面していることも事実である。
すべての政党が「皆保険の堅持」を掲げているにもかかわらず、
財源措置などをめぐっては対立が生じている。
世界に認められた「宝」の存続が危ぶまれている。

ノンフィクション作家・山岡淳一郎氏の『国民皆保険が危ない」(平凡社新書)は、
ふだん見落とされがちな医療保険の「光と影」を再認識するのに格好の近著だ。

著者は、皆保険を崩そうとする圧力として、
「無保険者の増加に象徴される制度内矛盾の拡大」と
「医療の自由化を押し進める国際化」の二つを挙げている。

少子高齢化の進行により、多数の高齢者を少ない現役世代が支えている中で、
長引く不況や非正規労働者の増加により、財源の不足が問題になっている。

特に、国民健康保険(国保)は深刻で、2009年度は2633億円の
赤字となった。そのため、保険料が高くなって払えなくなり、
やむを得ず無保険者になる加入者が出てきている。

国保はかつて、農林水産業者や自営業者の受け皿とみられていたが、
それは過去の話だ。
厚生労働省の「平成21年度国保調査」によれば、国保加入者の実に4分の3を、
派遣労働者などの非正規雇用者と無職者が占めている。

そして、そこに市場主義に基づいて医療の自由化を目指す
「医療の国際化」圧力が加わる。
この象徴が「医療ツーリズム」だ。

外国人に自由診療を行うことで、日本人にも自由診療が広がり、
その結果として公的保険しか持たない日本人への対応が手薄になり、
医療格差が広がるのではないかと懸念されている。

著者はこう述べている。

(国保の)財源不足が深刻だというのなら、富裕層の負担を増やし、
福祉目的税の導入を考えねばならないだろう。
赤字の国保と国保をいくつ集めても財政基盤は強化されない。
広域化で統合を図るなら、国保と被用者保険の垣根を取り払い、
一体化しなくては意味がない。
だが、組合健保や共済組合は国保との合併に反発する。
そうした利害の対立を、同じ土俵で議論するための言葉と思想を、
この国は失ってしまった。
(207ページ)

著者が国保を重視し、皆保険の「原点」とみるのは、
その歴史的な成り立ちによる。
1958年に、「新国民健康保険法」が施行されたときの考え方はこうだ。

(皆保険達成時に)国保という大きな網を全国にかけて覆い、
そのなかの健康保険や共済は例外として認め、
最終的にすべての国民を国保でカバーする発想に立ったのだ。
ここが国民皆保険の歴史的立脚点である。
だから国保が『最後の砦』なのだ。
事業を遂行するために国の財政責任が明確にされ、
新国保は未加入者を救う制度として再スタートした。
(172ページ) 

では、日本の皆保険制度が抱える問題をどう解決したらよいのか。
著者は、フランス、ドイツ、英国、デンマークなど、
ヨーロッパ諸国との制度を比較して、
各国の医療保険制度改革には共通点があると指摘する。

それは、制度の活性化のためには市場や競争の刺激を
取り入れながらも、根底の「社会連帯」は崩さないことだ。
たとえ利害が対立する者同士であっても、社会連帯の
基盤はゆるがない、という。

皆保険制度は、私なりに言いかえれば「国民全員でのチーム医療」だ。
チーム医療だというのに、一番体調の悪い人々を置き去りに
してしまっては本末転倒。
全員がいずれ患者となる運命なのだから、
歩みはゆっくりでいいだろう。

皆保険達成から半世紀。
日本の「宝」を再認識するために本書をお勧めする。

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