色平哲郎の「医のふるさと」 日経メディカル ブログ54〜60

ブログの紹介  今の医療はどこかおかしい。
制度と慣行に振り回され、大事な何かがなおざりにされている。
そもそも医療とは何か? 医者とはなんなのか? 
世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、
10年以上にわたって地域医療を実践する異色の医者が、
信州の奥山から「医の原点」を問いかける。

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54 「レントゲン、生活までは、写せない」

日経メディカル 10年11月29日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201011/517601.html

 日本の過疎地や途上国へ医療実習に行く医学生が、少しずつ増えてきた。
 多くの場合は、環境の違いに戸惑いながらも、それなりに見聞を広め、
 医療が「生活を支える一部分」であることを知って日常へと戻っていく。

 だが、中には感受性が強すぎるせいか、あるいは「事前期待度」が高すぎるせいか、
 環境の違いに打ちひしがれてしまう医学生もいる。
 あまりダメージが大きいようだと心配になる。
 この「もろさ」は医学部一直線で育ってきたプロセスで
 染みついたものだろうから、一朝一夕には変えられない。
 しかし、「使命感」で頭でっかちだと、もろさに危うさが加わる。
 そんな医学生に、ネパールの医療に貢献した故・岩村昇先生の
 苦労を知ってほしくなった。

 岩村先生は、「アジアのノーベル賞」といわれる「マグサイサイ賞」を
 受賞した公衆衛生医。1960年代初頭からネパールの山村に入り、診療を行った。
 そのころ、ネパールには結核がはびこっていた。

 岩村先生は日本で寄付金を集め、念願のレントゲン機器を携えて
 1966年に再びネパールに入った。
 機材にはディーゼル発電機がついており、電気のない山中でも撮影ができた。
 村人たちは、初めて見る「文明の利器」にいささか興奮気味で、
 1日に500人から600人もの人々が受診にきた。
 当然、次から次へと結核患者が見つかる。
 あまりに患者が増えすぎて病院では治療できず、
 3カ月分の薬を手渡して、自宅で治療に取り組んでもらった。

 だが、患者の9割は自覚症状が治まってくると薬を飲まなくなる。
 いつの間にか治療を中断し、危険な耐性菌を抱えた患者が増えていく。
 5年、10年経って、ネパールの結核対策は極めて難しくなった。

 よかれと思ってレントゲン機器を持ち込み、そしてそこで発見した病気に先進国の
 治療法を適用したばかりに、手ごわい耐性菌を抱えた患者が増加したのだった。
 岩村先生は自著『あなたの心の光をください?アジア医療・平和活動の半生』(佼成
出版社)に、
 こう書いている。

 
「人間、何が恐ろしいかって、自分ががむしゃらに
 “俺の信じることはいい事だ”と思って、相手の心情やその人の
 置かれている状況などを考えずに突っ走ってしまうことほど
 恐ろしいことはありません。
 レントゲンは、ネパールの草の根の人びとの生活の背景までは写せないのです」


 そして、岩村先生は、医療人の役割を次のように記している。

 
「私たち医療人の役割は、住民が参加する医療と保健計画のための
 手助けをすることではないか。
 私たち医師が主役となるのではなく、草の根の村人たちの中に、
 本来備えられた秘められた能力、可能性を信頼して、それを引き出し、
 その人たちが自ら成長するための縁の下の力持ちとなることに違いない。
 私は15年かかって、ようやくこの大切なことに気づいたのでした」


 岩村先生が悪戦苦闘して到達した境地に、
 「実習」でたどり着こうなどと考えてはいけない。
 自らへの「事前期待度」は低めに、まずは現場で経験を積むことだ。

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55 今年、最も衝撃を受けた本

日経メディカル 10年12月20日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201012/517842.html


 師走に当たって今年、最も衝撃を受けた本をご紹介したい。

 『亀井静香 支持率0%の突破力』(山岡淳一郎著、草思社)だ。
 国民新党代表の亀井静香氏の評伝の形をとっているが、
 1990年代から、現在の菅政権に至るまでの
 政界の「力学」が、山岡淳一郎氏の広範な取材と
 資料の渉猟によって描かれている。
 マスメディアが書けない政治の舞台裏が
 赤裸々につづられており、そこが面白い。
 日々の診療に追われる臨床医には見えづらい、
 そんな政治の実相がリアルに伝わってくる。

 例えば、小沢一郎氏が検察とマスメディアに
 狙い撃ちにされる理由が具体的に挙げられている。
 検察が最も警戒するのは、小沢氏が進めようとしている
 「検事総長人事の国会同意人事への変更」だという。
 国会で検察の推す人事案件が不同意となれば、
 民間人の登用が浮上する可能性もある。
 そうなれば、検察ピラミッドが根底から覆される。

 マスメディアのほうは、小沢氏の「クロス・オーナーシップ
 (新聞社が系列ごとに放送局を所有)の禁止」の動きを
 敵視しているという。
 マスメディアは、この問題にほとんど触れようとしない。
 逆にさらなる「集中的所有」を主張する。

 そこに、米国からの圧力が加わる。

 政権交代後、郵政・金融担当大臣に就任した亀井氏は、
 小泉政権の郵政民営化を見直す「郵政関連法案」を国会に提出した。
 その大きな理由は、「かんぽ生命」の株式が、
 米国系の保険会社に買収されるのを防ぐためだった。 

 簡易保険とは、所得制限なしで誰でも入れる少額保険。
 世帯加入率は6割を超え、庶民が老後に備える「養老保険」や、
 教育のための「学資保険」などで構成されている。
 他の金融機関の商品のように、株価の変動に一喜一憂しなくてよい、
 政府保証で安心して預けられる、国民の「共有財産」だ。
 分野こそ違えど、公的医療保険と「公共の思想」でつながっている。

 また、郵便局ネットワークは、山間地や離島、半島などでは
 高齢者の「見守り」を支えており、医療や介護と間接的に連携している。
 郵便事業は近代日本が築いた公的なモデルだ。
 民営化で、この「安心のネットワーク」が
 切り刻まれることに亀井氏は反対した。

 そこで亀井氏は郵政事業の株式売却を凍結し、
 さらに「かんぽ生命」が新規事業に参入できる
 道を拓こうとする法案を提出。
 すると米国から猛烈な圧力がかかったという。
 「ガン保険」のシェアを奪われる、と反発してきたのだそうだ。
 亀井氏はこの本で、こう述べている。


 「アメリカの横槍、ああ、これはすごい。
 アメリカ外交は常に個別企業の利益を代表してくる。
 いまに始まったことではない。
 自国の生命保険会社のために動く。
 驚くほどでもないが、それより、けしからんのは日本の外務省だ。
 お先棒を担いでさ、おれのところにきたらバーンとはね返されるからさ。
 大塚耕平副大臣のところに外務省の経済局長、条約局長までやってきて、
 完ぺきにアメリカの代弁ですよ。(中略)
 アメリカ国務省の日本支局だ、いまの外務省は。
 要するにアメリカの保険会社が独占している
 ガン保険の利益を守れ、それだけの話だ。
 イコール・フッティング(条件の同等化)とか言いながら、
 独占しているのは自分たちだ。
 都合が悪くなるとWTO(世界貿易機関)に提訴すると言うてみたりね…。(後略)」
 (『亀井静香 支持率0%の突破力』第1章「クーデター」31ページ)

 19世紀のドイツ病理学の泰斗、ルドルフ・ヴィルヒョウは
 「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」と語り、
 ベルリンに上下水道を敷設すべく、政治家として働いた。
 医師として「公共の思想」で行動した。

 医療と政治は表裏一体だ。
 郵政関連法案は、来年の通常国会に持ち越された。
 菅政権の対応に注目したい。

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56 TPP参加で医療は、、、

日経メディカル 2011年1月24日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201101/518226.html

農村医療の現場から眺めていると、菅直人首相が言う、幕末、戦後に続く
「第三の開国」を目指したTPP(環太平洋戦略的経済パートナーシップ協定)
への参加は暴挙と映る。

TPPとは、2006年にシンガポールやニュージーランドなどの4カ国で
始まった経済連携協定のこと。
加盟国の間で取引する農産物、工業製品、金融サービスの関税を、即時または
段階的に関税を撤廃しようとしている。
知的財産や、人の移動なども協定に含まれている。

菅首相と同じく、TPPに前のめりの前原誠司外務大臣が、
日本のGDPに占める農業の比率は1.5%とした上で、
「1.5%を守るために98.5%を犠牲にするのか」
と発言したことには呆然とするばかりだ。

農業が食糧の安定供給のみならず、国土の保全や防災、景観などに資する
「社会的共通資本」であることを全く顧みない暴言だ。
これで日本は大丈夫なのだろうか。

現政権が議論を経ず、いきなり「TPPで開国」と言いだした背景には、
米国政府の強い影響があるようだ。

TPPに参加すれば、農業だけでなく、医療も破壊的な圧力を受ける恐れがある。
米国は2国間のFTA(自由貿易協定)でも、モノの輸出ばかりでなく、
医療、金融、法律などの諸分野におけるサービス輸出を追い求めている。

TPPに加われば、医療分野では、小泉政権下の悪夢が再来し、
市場原理主義の嵐が吹き荒れるのではないか、と懸念される。

具体的には「株式会社方式による医療機関経営」「保険者と医療機関との
直接契約」「混合診療全面解禁」などを強く求められることだろう。
行き過ぎた市場化は、総合的な医療サービスを低下させ、
公的医療保険の給付範囲が狭められて、医療格差をますます広げる。
患者の負担は増大し、負担に耐えられない人は切り捨てられる。
医師や看護師の国際移動で「頭脳流出」が深刻化し、
医療従事者の不足と偏在がさらに顕著になる。
地方の医療は荒廃し、日本が世界に誇る国民皆保険制度が瓦解する、、、
そんな最悪のシナリオが思い浮かぶ。

TPP参加論者は、自由貿易が工業輸出を増やし、国を富ませると主張する。
しかし、2002年から07年にかけて、日本は輸出主導で好景気だったが、
利益は株主と企業に回り、勤労者たる一般国民には還元されなかった。
一人当たりの給料は下っている。内需の拡大こそ、重要なのだ。
財政再建に向けて税収を増やすためにも内需主導の景気回復が求められる。

新しい形の公共投資も必要だろう。
そこで医療・介護・福祉の雇用をもう一度、見直していただきたい。
医療・介護・福祉に従事する若い世代にお金が回る仕組みを
整備することが、日本を担う次の世代の希望につながるのだと思う。

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57 中国も含め、世界のトピックは「国民皆保険」

日経メディカル 2011年2月28日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/blog/irohira/201102/518691.html

  先月末、タイのバンコクで開かれた、WHOやJICAなどが共催した
 国際会議に駆け足で参加した。
 世界では、保健医療従事者が足りず、危機に直面している国が
 57カ国あるといわれる。
 その57カ国を中心に、世界中から保健大臣を含む
 1000人以上が結集した会合だった。

 南アフリカのオランダ系ドクターが司会をするセッションで、
 ナイジェリアの外科医、ジャマイカの保健省官僚らとともに私も、
 「現場からの発言」を行った。

 信州の山中の小さな診療所で所長を10年以上務めた体験、
 病院が農民の出資した協同組合の傘下にあること、
 奥山の村も深刻な保健福祉の人材不足に悩んでいる状況などをお話しすると、
 聴衆は経済大国ニッポンの意外な一面に驚いたようで、質問が集中した。

 コンゴ民主共和国やブルキナファソの医療関係者が、
 かつて佐久総合病院を訪問したときの
 「感動」をいまだに口にしておられると伺い、
 正直言ってうれしかった。

 人種も民族も多様な人びとが集まった会合では、
 やはり東アジアの参加者と話し込んでしまう。
 韓国の参加者とは北朝鮮支配体制の3代にわたる世襲や、
 竹島、靖国問題などで意見を交した。
 中国からは9名が参加していた。
 中堅の男性医師は、率直に都市と農村のすさまじい格差を
 認めたうえで、以下のように語った。
 
 「中国の医師数は解放軍兵士の数よりも多い。
 政府は軍の近代化を進めて、兵士の数をさらに減らすだろう。
 少子を徹底しなければ繁栄は続かない。
 だが、その帰結として近い将来、恐るべき高齢社会になる。
 都市部では、巨大なグループホームなど
 居住系の福祉サービス拡充を急いでいる」

 中国という国に対してはさまざまな意見があろうが、
 直に接した医師たちの印象は
 「超」の字がつくほどの「リアリスト」だった。
 現実をしっかりとらえ、日本が数十年かかったところを
 数年で達成するくらいの勢いで突っ走っている。

 例えば、ここ数年で中国は「国民皆保険」体制を固めつつある。
 新華社の報道では、都市・農村部住民12億人以上をカバーする
 基本的な医療保障体制が2010年にほぼ完成したという。

 知人の中国在住の医薬品メーカー幹部によれば、中国の医療保険制度は、
 「都市労働者基本医療保険」(都市の労働者とその家族2.2億人)、
 「都市住民基本医療保険」(年金生活者など仕事に従事していない人を
 含む1.8億人)、「新型農村医療保険」(農村に住む8.3億人)の
 三本柱で成り立っているとのこと。
 日本の医療保険と違い、「外来」の薬は個人別に
 積み立てられた口座から償還されるという。

 医療保険のしくみは、それぞれの国柄や経済状況、
 民意が色濃く反映されており、単純に比較はできないが、
 「皆保険」がキーワードであることは間違いないようだ。

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58 南相馬に支援物資を!

日経メディカル 2011年3月17日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/blog/irohira/201103/518951.html

いま、南相馬市が「陸の孤島」になっている。

地震に見舞われ、大津波に襲われ、遭難者の捜索がやっと始まったところで、
福島原発事故で「屋内退避」を命じられている。

援助物資は福島市に届いているのだけれど、南相馬市を「汚染地域」扱いにして、
車で40分もかかるところまで「取りに来い」と言われている状況だった。

風評被害がひどい。

同市の桜井勝延市長とは十年来の友人だ。

昨日、彼は、夜のNHKニュースのなか、電話で窮状を訴えた。

しかし、今日17日、直接電話で話してみると、
状況はまったく改善されていなかった。

国は、南相馬市を見離さないでほしい。

相双保健福祉事務所副所長の笹原賢司氏は次のように語っている。
http://www.pref.fukushima.jp/sosohofuku/

以下、引用。



事務所は、現在「屋内退避」区間の南相馬市にあります。
ここのところ、平均睡眠時間が2ー3時間程度という日々が続いています。
さてさて、何故にここまで?と思うほど、
原子力災害への恐怖ってすごいんですね。
先ほどのNHKニュースでもありましたが、こちらでは、
ガソリンが全く入りません。
タンクローリーの運転手が入るのを拒否しているとか。
市長が全国放送で声を荒げてました。

これまでの経過を振り返る余裕がようやく出てきましたので、
簡単に紹介したいと思います。
Yahooで経過をたどると、
「12日午後3時36分頃、福島第一原子力発電所1号機建屋付近で、
ドーンという大きな爆発音とともに白煙が上がり、
原子炉建屋が骨組みを残して吹き飛んだ」と出てきます。
そのまさに翌日、3月13日は、原発から5kmの距離の
「オフサイトセンター」に医療対策班長として詰めました。
老健施設など、避難区域から逃げ遅れた人達のスクリーニングの
優先順位を決め、放医研の先生を現地に派遣しました。

夜の仕事は救急患者のサーベイと除染でした。
周囲の病院はすでに職員は避難し、「もぬけの殻」となってしまっていました。
患者を受け入れられる状態の医療機関でも、サーベイで「汚染なし」
のお墨付きを与えないと受けてくれない状況でした。
そこで、救急車は必ずいったんセンターに立ち寄り、
その後医療機関へ向かうという段取りでした。
放医研スタッフがサーベイと除染、私が雑ぱくな全身状態の把握と、
役割を分担しました。
6人の患者を23時?翌2時の間に受け入れ、その間、
外にほぼ出ずっぱりの状況でした。

久し振りにERを体験し面白かったのですが、印象深かったのは、
保健所への帰庁時、職員にサーベイしてもらったところ、靴底以外、
すべてバックグラウンドレベルであったという事実でした。
センターの続きの仕事をそのまま持ち帰り、逃げ遅れた人達840名の
スクリーニングを保健所として受け入れましたが、すべて10万cpm未満。
そんなもんです。

長くなりましたが、要するに何が言いたいかというと、
皆様はサイエンティストでしょう?
科学的根拠の全くない無駄なスクリーニングや、
「福島から逃げてきた人へのスクリーニング」なんて、
汚染地域みたいな言い方を許容してほしくないのです。
むしろ、本庁等の担当者に無駄な労力、金、時間を費やさないこと、
最大の被災地である福島原発立地地域への偏見を取り除くような啓発を
ぜひお願いします。

ただ、私も経験がなければ分からなかったとは思いますが。



南相馬へ支援物資、ガソリンを!!

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59 「陸の孤島」南相馬市、医療の危機的状況続く

日経メディカル 2011年4月20日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201104/519458.html

  福島第一原発から半径20〜30キロの「屋内退避(自主避難要請)区域」の
 南相馬市の、医療が危機的状況にある。
 入院患者の受け入れができず、地域の医療が機能不全に陥っているのだ。

 南相馬市は、地震による津波で1500人以上の方々が行方不明になった。
 その捜索や、遺体の収容もこれからというときに、原発事故のため屋内退避
 しなければならないという「生殺し」の状態におかれた。
 7万人の市民のうち、5万人がいったんは市外へ避難した。
 「風評」で物資が届けられなくなり、南相馬は「陸の孤島」と化した
 (関連記事:2011. 3. 17「南相馬に支援物資を!」)。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/blog/irohira/201103/518951.html

 旧知の桜井勝延市長は、朝日新聞の3月25日付のインタビューで
 以下のように述べている。

 「一番望みたいのは、東電も国も県も今、
 何が起きているのかを我々が瞬時に判断できるような情報を
 送り続けていただきたい。東電だけでなく、国や県から
 何の情報もなかった。 我々の現場で何が起きているかを
 職員を張りつかせて発信し、対応策を決めてほしい。
 それが最低限の責任の取り方だと思います」

 その後、さまざまな団体や自治体の支援もあり、
 物資はかなり入るようになった。
 市外に避難した人たちも「自主避難要請」にかまわず、
 続々と戻り、現在は3万5千人程度が暮らしているようだ。

 以下は昨日(4月19日)、友人から届いた最新事情である。

 「他の被災地と大きく異なっているのは、
 組織だったボランティア団体が一切入っておらず、
 全て櫻井市長のメッセージを見たという、全国から駈けつけた
 個人ボランティアばかりだったということ。若い方が多い。
 ボランティアの統括担当者も都内在住の若者。感動です。
 多くの人が粉塵舞う中、遺留物の洗浄、瓦礫の撤去などに従事しています」

 そして人が戻るにつれて、
 当然、医療ニーズも高まってくる。
 ところが、政府がこの区域での長期入院の受け入れなどを
 制限しているために、医療が崩壊状態なのだという。
 一難去って、また一難か。

 4月19日付の朝日新聞によれば、
 南相馬市原町区の拠点病院・渡辺病院は、
 震災後の3月15日から外来診療を停止し、
 国の指示で入院患者を避難させ終わった同19日から休業に入った。
 その後、4月4日から5人の医師でシフトを組み、
 簡単な検査と診察だけは再開した。
 1日平均130人の患者が訪れている。

 しかし今後は、原発事故の長期化もあって原町区は
 「緊急時避難準備区域」に指定される可能性が高いといわれる。
 指定されれば、入院患者を受け入れられない状態が続く。
 これまで、南相馬市の入院患者は、隣の相馬市の
 2つの病院に搬送されることが多かった。
 しかしいずれも、9割近くのベッドが埋まっており、
 これ以上の患者の受け入れはできない。 

 渡辺病院理事長の渡辺泰章氏は、
 「入院しての治療ができないのはまともな医療行為ができないということ。
 地域医療は崩壊している。緊急時避難準備区域から外してもらいたい」
 と訴えている。

 文部科学省の調査では、同じ原町区にある大町病院付近の
 放射線量は、毎時0.3マイクロシーベルトで、
 原発から60キロ離れた福島県庁付近
 (毎時1.2マイクロシーベルト)よりも低いそうだ。
 政府の曖昧な判断が、南相馬の人びとを困惑させ続けている。

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60 「原発に頼らない社会」をどう構築するか

http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/blog/irohira/201105/519967.html

日経メディカル 2011年5月31日 色平哲郎

現在、被災地では、もともと手薄だった医療の綱渡りの状況が続いている。
発災直後の急性期対応から、亜急性期、慢性期へと医療ニーズが変化するにつれ、
ますます「人の手」が求められるようになるのだが、なかなか調整がつかない。
とにかく医療、介護・福祉機関が連携を密にして、患者さんの孤立を防ぐしかない。
日本の医療界全体で被災地を支え、現状を少しでもよくしていければと
願うばかりだ。

それにしても、医療制度は「平時」を前提に編まれたものだとつくづく感じる。
大災害や戦争で平穏な状態が崩れれば、そのしわ寄せは弱いところに押し付けられる。
いかに平時を保っていくか。
原子力という制御不能なテクノロジーへの電力依存は、もはや限界だろう。

「脱原発」の議論が各所で高まっているが、未来バンク事業組合理事長の
田中優氏の言説は、ストレートにわれわれ素人にも届いてくる。
田中氏は、環境・経済・平和など、多彩なNGO活動で知られている。
彼の近著『原発に頼らない社会へ』には、これまであまり知られてこなかった
情報が満載されている。

例えば、電力会社の「儲け」があらかじめ保証されている「総括原価方式」という
仕組みをご存じだろうか。電力会社の最大のコストは発電所ではなく、
送電設備だという。送電ロスを防ぐために、電気を高圧で送電する。
この高圧線のコストがべらぼうに高い。
1km当たり「10億円」ともいわれる。東京電力は東北電力と共同で
青森県の下北半島に「東通原発」を造って、東京まで送電している。
その距離550km。
青森県の地方紙「東奥日報」によれば「1970年当時、
100万ボルトの送電線だけで2兆円かかる」とされていたそうだ。
田中氏は、次のように記している。

 この莫大なコストは、「必要になったコスト」となり、「適正な報酬」を
 掛けた額を加えて、電気料金収入総額になる。これが総括原価方式の仕組みだ。
 必要になったコストに掛けた率が「報酬」になるのだから、その報酬額を
 増やしたければ「必要になったコスト」を増やせばいいということになる。
 たとえば約3兆円もかけた青森六ヶ所村の再処理工場、1兆円以上かけた
 高速増殖炉もんじゅなど、コストが膨らんだ分だけ報酬額は増加するのだ。
(中略)
 普通なら倒産するところだが、電力会社の場合は逆に利益になるのだ。
 こうした焼け太りする構造が、日本の電力料金を高くしている。
 アメリカの約3倍程度も高い(『原発に頼らない社会へ』P95)

あぜんとするほかない。事故を起こすほど焼け太るだなんて……。
こんな仕組みは変えなくてはいけない。今回の原発事故で
発生した賠償金は、政府がだいぶ肩代わりすることになろう。
しかし、その後が問題だ。そこで田中氏は、
コスト高の送電線網を「公共財」にしようと提案する。

 まずは政府が補償する。
 その賠償額は、はるかに東京電力の資産額を超えてしまう。
 それならば、日本政府が賠償を肩代わりする担保として、電力会社から
 送電線網を取り上げるのがいいと思うのだ。(中略)
 その送電線を“自由化”することが重要なのだ。
 ヨーロッパで行われているような電力の自由化は、3つに分けた事業の中の、
 本来公共財となるインフラ部分を公共の所有としている。
 その上で発電したい事業者は発電して送電線につなぎ、
 配電事業者は送電線からの電気を販売すればいい。
 (『原発に頼らない社会へ』 P28ー29)

菅直人首相がいささか唐突にぶちあげた「発送電の分離」とは、
このことを指している。電力は、医療機関にとっても命綱だ。
電力を安定して供給する体制をどうつくっていけばよいのか。
今後は素人、つまり特段の利害を持たない、一般の電力利用者を
含めた議論が必要になるのではなかろうか。

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