地域も医療も、主役はあなた 内科医 色平哲郎さん

高齢化が進む中、医療や介護の人手不足を危ぶむ声が聞こえる。
特に地方在住者の心配は大きいが、長年農村での「地域医療」に
かかわってきた色平哲郎さんは、「嘆く前にやることがある」と言う。


医療は地域の1役割

―医師と地域住民が手を取り合い、医療を通じてより良い地域社会をつくるとして、
「地域医療」に注目が集まっていますね。

色平 ええ。
でも、これは定義があいまいな言葉だと思うんです。

多くの医療関係者は、地域医療を「高度医療」や「救急医療」というような、
医療の1分野としてとらえています。
医療者だけでなく患者側もそうですね。
でも、私は「地域の1役割」だと考えます。

地域の中には消防団のように、自前で取り組むいろいろな自治の役割があります。
医療もそのひとつですが、育児や消火活動などと違い、
外から来る人に担ってもらうことの多い特殊な分野。
だから農村では、農民がお金を出し合って医者を雇ったりしてきたのです。

私が所属する佐久病院の正式名称は、「JA長野厚生連 佐久総合病院」といいます。
JA厚生連というのは、農山村などに医療施設を確保するために農協が設立した組織。
無医村の解消と安い費用で受診できるようにと、
農民の組合が医療機関をつくったのです。

農村医療の確立者として知られる佐久病院の故・若月俊一名誉総長は
「すべての医療は地域医療でなければならない」と言い、
その立場に徹して病院を育ててきました。
今、地域医療が注目されるのは、逆にいえば医療が地域から浮いているからです。
つまり、患者との距離ができてしまったということです。
でも最近は、少し状況が変わっています。


治せない時代に

―どう変わっているのですか?

色平 患者に「寄り添う医療」にシフトしてきているのです。
ただし、医療者側の意識が変わったからではありません。
これには、過去3回あった医療技術革新が深く関係しています。

第1次の革新は感染症の時代に起こりました。
つまり結核とか肺炎といった「治らない病気」が、
抗生物質や手術などで治せるようになったのです。
革命的なできごとでした。

第2次では、それまで診断できなかった病気や症状を診断できるようになりました。
分かりやすい例はコンピューター断層撮影(CT)や超音波診断。
これらにより、レントゲンでは分からなかった症状が分かるようになりました。
が、診断できることが治療できるということではありません。
第1次革新の記憶が残っているお年寄りは、「病院でCTを撮ったから治った」
と言いますが、CTでは治せないのです。

第3次革新は臓器移植やゲノム(DNAのすべての遺伝情報)の医療への応用など
ですが、これも第2次と同様に不完全で、治せる技術にはなっていません。

もう日本の医療技術は進みすぎて、診断はつくけど治せない時代になっているんです。
結果として「寄り添う」とか「聴く」しかなくなっている。
そして高齢化が進むにつれ、医療よりも介護のほうの重要度が増してきている
というのが現状です。


決めるのはあなた

ここで質問。
将来医者が不足するかどうかの議論がありますが、誰が決めると思いますか?

―厚生労働省でしょうか。

色平 と思うでしょう。
でも違います。
みんながもっと医者にかかりたいなら増やす必要があり、
現状程度でいいなら増やさない方がいい。
足りる、足りないは国民がどう思うかで決まるのです。

よく「3時間待ちの3分診療」とやゆされますが、30分話を聞いてほしいなら
10倍の医師数が必要です。
医者が1人誕生するまでには1億円かかり、それも踏まえてどうするのか。
多くの人はそこまで考えず、国際比較で医師数を論じたりしている。
誰かが決めてくれる、どこかに答えが用意されていると思っている
ところに根本的な問題があると思います。

また、足りないなら海外から来てもらえばいいという人もいます。
確かに計算上は、医者を「輸入」するか患者を「輸出」すれば、
医師不足は解消できる。
既に世界中でやっていますが、日本には言語の壁があって
いままではあまり考えれれずにきました。
実際、患者さんにしてみれば日本語でケアしてもらえないのはつらい。
でも、直接のコミュニケーションがない分野、
例えば医薬品や臨床検査なら可能性がなくはない。
ただし国内の雇用に響きます。
じゃあ、どうしていくか。
これもみなさん自身の問題なのです。

「そう言われても実感が湧かない」という人に、私は『ヘルプマン!』
(くさか里樹・作・講談社コミック)の第8巻を勧めています。
これは介護を題材とした漫画で、8巻はフィリピン人介護士も絡んだ
認知症の親の介護の話。
考えるきっかけになると思います。

―私も読んで、家族と話し合っておかなくてはと感じました。

色平 そう、みんながもっと自分で考え、動かないといけません。

将来に対して本気で不安を感じるなら、
医者にはならないまでも介護はやってみなきゃ。
いや、医者だって同じです。
ときどき村長などから「先生みたいな人にぜひ来てほしい」と言われますが、
「いいえ、頑張ってあなたがなるべき」と答えます。
意地悪ではありません。
だって人に頼むことじゃない。
自分の問題なんだから、熱心な人がやるべきです。

その第1歩として、どんな医療や介護を受けたいのか、
そのために何が必要なのかをみんなで考える。
安心して生きられる地域づくりは、ここから始まると思います。


(写真キャプション)
往診の一場面。
「最期まで自宅で」との願いに応えるには、在宅ケア
(自宅での診療や看護、介護)の充実が不可欠

(いろひら・てつろう)
1960年神奈川県生まれ。
佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長。
京都大学医学部卒業後、長野県の佐久総合病院などを経て
同県南牧村野辺山へき地診療所長、南相木村診療所長を歴任。
2008年より現職。
著書に『大往生の条件』、『命に値段がつく日 所得格差医療』(共著)など。
本人のお勧めは『ヘルプマン!』(くさか里樹)、
『医療のこと、もっと知ってほしい』(山岡淳一郎)。

http://irohira.web.fc2.com/


この人に、このテーマ(上)「生活と自治」2011年5月号掲載
聞き手・本紙・小林知津子、撮影・尾崎三朗

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