55 今年、最も衝撃を受けた本

日経メディカル 10年12月20日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201012/517842.html


 師走に当たって今年、最も衝撃を受けた本をご紹介したい。

 『亀井静香 支持率0%の突破力』(山岡淳一郎著、草思社)だ。
 国民新党代表の亀井静香氏の評伝の形をとっているが、
 1990年代から、現在の菅政権に至るまでの
 政界の「力学」が、山岡淳一郎氏の広範な取材と
 資料の渉猟によって描かれている。
 マスメディアが書けない政治の舞台裏が
 赤裸々につづられており、そこが面白い。
 日々の診療に追われる臨床医には見えづらい、
 そんな政治の実相がリアルに伝わってくる。

 例えば、小沢一郎氏が検察とマスメディアに
 狙い撃ちにされる理由が具体的に挙げられている。
 検察が最も警戒するのは、小沢氏が進めようとしている
 「検事総長人事の国会同意人事への変更」だという。
 国会で検察の推す人事案件が不同意となれば、
 民間人の登用が浮上する可能性もある。
 そうなれば、検察ピラミッドが根底から覆される。

 マスメディアのほうは、小沢氏の「クロス・オーナーシップ
 (新聞社が系列ごとに放送局を所有)の禁止」の動きを
 敵視しているという。
 マスメディアは、この問題にほとんど触れようとしない。
 逆にさらなる「集中的所有」を主張する。

 そこに、米国からの圧力が加わる。

 政権交代後、郵政・金融担当大臣に就任した亀井氏は、
 小泉政権の郵政民営化を見直す「郵政関連法案」を国会に提出した。
 その大きな理由は、「かんぽ生命」の株式が、
 米国系の保険会社に買収されるのを防ぐためだった。 

 簡易保険とは、所得制限なしで誰でも入れる少額保険。
 世帯加入率は6割を超え、庶民が老後に備える「養老保険」や、
 教育のための「学資保険」などで構成されている。
 他の金融機関の商品のように、株価の変動に一喜一憂しなくてよい、
 政府保証で安心して預けられる、国民の「共有財産」だ。
 分野こそ違えど、公的医療保険と「公共の思想」でつながっている。

 また、郵便局ネットワークは、山間地や離島、半島などでは
 高齢者の「見守り」を支えており、医療や介護と間接的に連携している。
 郵便事業は近代日本が築いた公的なモデルだ。
 民営化で、この「安心のネットワーク」が
 切り刻まれることに亀井氏は反対した。

 そこで亀井氏は郵政事業の株式売却を凍結し、
 さらに「かんぽ生命」が新規事業に参入できる
 道を拓こうとする法案を提出。
 すると米国から猛烈な圧力がかかったという。
 「ガン保険」のシェアを奪われる、と反発してきたのだそうだ。
 亀井氏はこの本で、こう述べている。


 「アメリカの横槍、ああ、これはすごい。
 アメリカ外交は常に個別企業の利益を代表してくる。
 いまに始まったことではない。
 自国の生命保険会社のために動く。
 驚くほどでもないが、それより、けしからんのは日本の外務省だ。
 お先棒を担いでさ、おれのところにきたらバーンとはね返されるからさ。
 大塚耕平副大臣のところに外務省の経済局長、条約局長までやってきて、
 完ぺきにアメリカの代弁ですよ。(中略)
 アメリカ国務省の日本支局だ、いまの外務省は。
 要するにアメリカの保険会社が独占している
 ガン保険の利益を守れ、それだけの話だ。
 イコール・フッティング(条件の同等化)とか言いながら、
 独占しているのは自分たちだ。
 都合が悪くなるとWTO(世界貿易機関)に提訴すると言うてみたりね…。(後略)」
 (『亀井静香 支持率0%の突破力』第1章「クーデター」31ページ)

 19世紀のドイツ病理学の泰斗、ルドルフ・ヴィルヒョウは
 「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」と語り、
 ベルリンに上下水道を敷設すべく、政治家として働いた。
 医師として「公共の思想」で行動した。

 医療と政治は表裏一体だ。
 郵政関連法案は、来年の通常国会に持ち越された。
 菅政権の対応に注目したい。

========
inserted by FC2 system