日経メディカル ブログ 色平哲郎の「医のふるさと」41〜46

ブログの紹介  今の医療はどこかおかしい。
制度と慣行に振り回され、大事な何かがなおざりにされている。
そもそも医療とは何か? 医者とはなんなのか? 
世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、
10年以上にわたって地域医療を実践する異色の医者が、
信州の奥山から「医の原点」を問いかける。

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41 「なぜ医者になるの?」  日経メディカル 09年10月24日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/200910/512834.html

 「外」からのまなざしが、内側にいる人びとに思わぬ驚きや、
 「あっ、そうだったのか」といった「気づき」をもたらすことがある。

 佐久総合病院という小さな組織のなかで働く私に、
 そんな刺激を与えてくれる本が今週発刊された。
 岩波ジュニア新書の『医療のこと、もっと知ってほしい』という、
 ノンフィクション作家・山岡淳一郎氏の書き下ろしだ。

 本書の第1章は、佐久病院の高度専門医療の象徴ともいえる
 「ドクターヘリ」の救命救急医や看護師、運行スタッフの仕事ぶりと想いを描く。
 第2章は一転し、地域の在宅医療を支える「地域ケア科」の最前線を浮き彫りにする
。

 どちらも佐久の医師には身近な存在なのだが、改めて確かな外からの視点で見たとき
、
 違った印象で現場が見えてきた。

 例えばフライトナースのリーダー格の男性看護師は、
 仕事の手ごたえについてこう語る。

 「ドクターヘリでの活動は、行ってみなければわからないことだらけです。
 でも、現場から患者さんとの関係ができます。
 佐久病院に搬送されてきたら、担当のフライトナースは、
 基本的にその患者さんが退院するまでずっとかかわれるんです。
 人間と人間の関係が、深まります。
 そこが看護の醍醐味でもありますね」

 ヘリが着陸する事故現場などは、被害者とその家族、救急隊員、警察官、
 さらには野次馬で大混乱のこともあるという。
 そこで瞬時に対応し、確かな人間関係をつくっていかねばならない。
 修羅場をくぐってきた看護師のコメントに臨場感とやりがいが感じとれた。

 続いて訪問診療にとりくむ地域ケア科の実践として、
 「余命1週間」の終末期患者として自宅に戻った高齢の男性患者が、
 3年以上も元気に暮らしている姿が紹介されている。
 「家が一番の薬」と語る同僚医師の言葉がずっしりと重みを持つ。

 第3章は「なぜ医者になるの?」と題して、
 医師不足の背景にある医師教育の現状、そして医学生たちの心理に迫った。

 第4章は医療の土台である「国民皆保険」にスポットを当てた。
 著者はこれまで多くの近代史ものを手がけてきただけあって、
 後藤新平ら先人の業績を背景に、皆保険制度のかけがえのなさを強調している。

 「医療に関心を持つ若い読者に『職業』を考える手がかりにしてほしいと願いながら
、
 書き下ろしました」と著者は記す。

 若いジュニア世代ばかりでなく、医療・介護の問題点や今後の技術の方向性、
 そしてケアのあるべき姿を探究している専門職の方々、
 そして何より「当事者たる」一般の方々にこそ
 ぜひ読んでいただきたい、そんな一冊となった。

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42 「ケアつき住宅」そして「ケアつきコミュニティ」

日経メディカル 09年11月30日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/200911/513305.html


近年、「医療・介護」と「住宅建築」の距離が近づいている。

これまでにも高齢者向け賃貸住宅などの制度はあったが、
補助金による新築が主体で「景気浮揚策」と抱きあわせだった。

そして補助金が切れると施設には閑古鳥、そんな例が後を絶たなかった。

いったい誰のための住宅政策か。


住宅はヒトの「生存権」にかかわる重大テーマであるにもかかわらず、
国交省と厚労省の「タテ割り」行政の弊害もあって、両者の距離はなかなか縮まらなか
った。


だが、2007年、医療法人に「高齢者専用賃貸住宅」(高専賃)の建設・運営が解禁
され、
徐々にではあるが「医療・介護」と「住宅建築」との距離感が縮まってきている。

たとえば、福岡市で医師がはじめたケアつき住宅「楽居」(らっきょ)もそのひとつ。
5階建て施設の1階が診療所、2階がデイケアセンターで、3階部分が
9人収容のグループホーム、そして4階5階が14の個室に分かれているという。

施設理念は「選択の機会と自由」と「個人の尊重」、そしてなんと「穏やかな死の援助
」
なのだという。 


東京都品川区では、都営住宅の跡地を再開発し、5人定員の小規模多機能施設と
訪問看護ステーション、40室の高齢者優良賃貸住宅「高優賃」、加えて
40室の住み替え住宅、これらからなる公営複合施設を2011年に開設するという。

これらは一ヶ所に「医療・介護」と「居住」を集約した「複合体」だが、
一方、高齢者がくらす小規模施設を介護や医療の地域ネットワークで支える形態も広が
りつつある。

認知症ケアの「特効薬」はグループホームであり、「通って、泊まれて、住まう」
この三拍子が有数無碍に溶けあって揃っていることが「小規模多機能」の条件だ。

さまざまな形態と工夫が、全国各地で「住」を支えている。


今後、どちらを選択するかは、地域ニーズによって定まってくることだろう。

とともに、医療・介護従事者のマンパワー=ヒューマンウェアを、
各々の施設にいかに配分するのかが、今後、大きな政治課題になってくる。

住民の多様な意見を吸い上げ、声なき声を聴きとどめ、地域ニーズを的確にとらえる手
法がもとめられる。


都道府県別の上位高齢者数の統計をみると、2002年〜2015年の高齢者増加率は
一位埼玉県77・4%、二位千葉県68・3%、三位神奈川県60・7%と、
東京都に隣接する三県が飛びぬけて高い。

私はこれを「三県問題」と呼んでいるが、高齢者の急増は「終の棲家」
をどのように確保するかという世界各国共通の難題を突きつけてくる。

福祉は住宅からはじまる。

いま、多くの声なき声が「ケアつき住宅」、さらには「ケアつきコミューニティー」
を待望している。

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43 「ベーシック・インカム」  日経メディカル 09年12月24日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/200912/513639.html

 「ベーシック・インカム」という考え方をご存知だろうか。

 これは政府がすべての国民に最低限の生活を送るのに必要とされる現金を、
 「無条件で」支給する制度だ。
 1960年代にミルトン・フリードマンが提唱したという
 「負の所得税」とは多少異なるが、
 「万人の生活保障の社会システム」という呼び方もある。

 代わりに、年金や雇用保険、生活保護といった社会保障制度の「現金給付」部分、、
 加えて公共事業など雇用確保にかかわる事業は廃止され、
 結果的に「小さな政府」が実現可能になる。
 先の衆議院議員選挙では、新党日本とみんなの党がマニフェストに掲げていた。

 仮に、全国民に毎月1人8万円の現金給付をするとしよう。
 年間1人当たり96万円、全人口1億2千万人なので
 合計115兆円の財源が必要となるが、
 所得税を45%に固定すれば賄えるという。
 財源を税収だけでなく、国債発行に求めることも考えられるかもしれない。

 ベーシック・インカム導入の最大の目的は貧困対策にある。
 労働と所得を切り離し、基本的人権としての所得保障を行なおうというわけだ。

 ベーシック・インカムを導入すれば、
 不況で雇用機会が不安定化しようが、
 経済格差が広がろうが、
 最低限の所得が保障されるので
 国民が生活上困る心配はかなり少なくなるといわれる。

 労働者の職業選択の幅が広がり、
 企業側も雇用調整をしやすくなる。
 非正規雇用の問題はほぼ解消される。

 また、子どもが増えれば所得も増加するので、少子化対策としても絶大な効果がある
。
 物価の安い地方のほうが暮らしやすいので、地方の活性化も進むだろう。
 行政コストも圧縮でき、景気も上向く、とされる。

 だが、もちろん「反発」もある。
 まず「働かざるもの、食うべからず」といった、
 伝統的労働観からの抵抗が挙げられる。

 仕事を「生きがい」とする価値観が薄れ、勤労意欲の減退が懸念される。
 至るところでモラルハザードが生じるかもしれない。
 社会全体の効率性の低下や、インフレーションの発生も予想される。

 また、そもそも最低限の生活保障に必要な金額はいくらか、簡単には決められない。
 ベーシック・インカムは「思考実験にすぎない」と拒絶する人も少なくない。

 しかし、現状のままでは、富める者はますます富み、貧しい人はどこまでも転落する
。
 この流れに歯止めをかけるために、
 社会保障と雇用保障を根本的に見直すことは一考に値する。
 21世紀の資本主義の生き残り策の1つ、と評価する向きもある。

 もし仮に、ベーシック・インカムが導入されたとしても、
 「現物給付としての」医療サービス、教育サービスは、
 これとは別に、確保されねばならない。
 医療保険料をどう徴収するかは、大きな課題になるだろう。

 働いて賃金を得て、家族を養う。
 近代人が「当たり前」と考えていたことをもう一度、
 問い直さなければならない時代に突入したのかもしれない。

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44 「ブルーゴールド」  日経メディカル 10年1月25日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201001/513886.html

 映画『ブルーゴールド 狙われた水の真実』が公開された。
 21世紀を迎え、水資源の枯渇が相当深刻な、
 人類の生存がかかった大問題になりつつある。

 「かけがえのない水がお金のあるところにばかり流れたら?」
 このような喉の乾きももちろんだが、飢えも怖い。「食べ物の恨みは恐ろしい」。

 昨今、自国の食料を安定確保するために途上国に農地を獲得し、
 農業開発を進める動きが活発化している。
 農地の取得に乗り出しているのは中国、韓国、中東諸国そして日本などだという。
 いずれも食料の自給がままならない国々である。

 農地を囲い込まれる側は、こうした動きを「フード・ウォーズ」、
 「新植民地主義」と警戒している。

 日本の外務省は、昨年「食料安全保障のための海外投資促進に関する指針」を発表し
、 商社を実行部隊に農地獲得の狼煙をあげた。

 新たな収奪だという批判に対し、外務省は、途上国の農業投資自体は
 農業インフラ整備や雇用創出、生産性の向上など経済発展の礎になり、
 モザンビーク、スーダン、ミャンマー、キューバ、ウクライナなどの政府は
 投資受け入れに積極的だ、と切り返す。

 そして国際的な農業投資には、透明性と説明責任、地域住民・環境への
 適切な配慮などを盛り込んだ行動原則の策定が必要だと主張。

 さらに投資国は投資に見合った利益や食料の安定供給を確保し、
 被投資国はインフラ整備や技術移転を実現して互いに恩恵が得られる、
 そんな"win-win"の関係を実現しようと誘いかける。

 一見、もっともなようだが、この考え方は極めて危険だ。
 第一に食料を国際間の商取引だけで確保できる「商品」としか見ていない。

 飢えと隣り合わせの途上国では、安い労働力と土地、加えて現地ではとても貴重な
 水を投入して作った作物が外国へ運び出され、国民の手の届かないところで
 消費されることに怒りが高まっている。

 ほんの2、3年前、価格高騰で食料が手に入らなくなった中米やアフリカでは
 暴動が起きた。食べ物の恨みは恐ろしい。
 途上国の庶民にとってリアリティのないインフラ整備など、
 はたして説得材料になるのだろうか。

 また、日本国内の農業政策との連携が感じとれない点も危なっかしい。
 これまで「減反政策」で農地を遊ばせてきたこと、農地から宅地や道路、
 工業地、商業地への転用を進めてきたこと、これらの諸政策の総括もないまま、
 海外に農地を求めてよいのだろうか。

 お金さえ出せば大丈夫、相手国の政府や民衆も納得するというのか。
 国際間の交渉ごとは「正当性」が問われるが、そこをどう説明するのか。
 どうもおかしい。
 まずは、国内で膨大な食料を食べ残している現実を改めるのが先決ではなかろうか。

 世界銀行は既に1995年の報告書「水危機に直面する地球」で
 「今世紀(20世紀)の戦争の多くは石油を巡る争いだった。
 来世紀(21世紀)には水を巡る戦争になるだろう」と予言した。
 ハンバーガーを半分食べ残せば、500リットル
 (重量にして0.5トン、風呂桶2杯半分)の水が無駄になるのだそうだ。

 映画『ブルーゴールド 狙われた水の真実』の原題は
 「Blue Gold: World Water Wars」なのだという。
 エネルギー資源の象徴である原油(ブラックゴールド)と並ぶ重要資源が淡水資源。
 今、世界銀行の予言が現実になりつつある。

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45 親子面接と当世医学生気質 日経メディカル 10年2月25日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201002/514291.html

 最近は、医学部入試で「親子面接」があるそうだ。
 子どもの性格や、医学部を志望した理由など
 親からも聞いておきたいということらしい。

 しかし、親子で面接すると、その学生が不合格になったときに、
 「母さんのせいだ!」
 「いいえ、あなたの態度が悪かったのよ」 
 などと親子げんかになるケースもあるらしく、
 親子面接をとりやめたところがあるという。

 子どもを大切にしたい気もちはよく分かる。
 だが、いずれ「独り立ち」しなくてはならないのだから、
 面接は本人が独りで臨めばいいのではないだろうか。

 一方で最近、実習などで佐久に来る医学生と接していて、
 「独立心」はあるのだが、どのように独立心を発揮すればいいのか、
 その方向性に戸惑っている学生が多いような気が確かにする。

 医学部の勉強は、それなり、どころかかなり真面目にやっている。
 けれど敷かれたレールの上を走るだけでは飽き足らない。
 でも、どっちへ進めばいいか分からない。 
 そんなケースだ。

 そういう医学生には、できるだけ「地球規模の話」をするようにしている。

 例えば「水」の話。
 21世紀は淡水資源の枯渇が相当深刻な問題になるといわれている。
 世界銀行副総裁を務めたイスマイル・セラゲルディン氏は1995年に、
 「21世紀に紛争の火種となるのは、
 (原油ではなく)水であろう」と予測した。

 日本列島は水が豊富だと思っている人が多い。

 だが、実際には大量の食料輸入を通じて世界の水需要と緊密にかかわっている。
 日本の穀物輸入量は年間2800万トンを超え、世界のトップクラス。

 地球上の干ばつや異常気象など水の循環異常は、
 すぐに日本人の食卓にはね返る。

 国際河川を持たない日本列島。
 しかし、なんと、食料輸入を通じて「国際河川の最下流」に
 位置することになってしまった。

 こんな話をしたら、ある学生からメールが届いた。

 「私は以前、感染症などの専門性を身につけて
 JICAやWHOなどのプロジェクトを率いたいと思っておりました。
 しかし、その後、地球温暖化、食糧難、水問題、その背景
 にある人口の増加といった問題を含めて考えていくと、
 国際機関や先進国が行っている途上国への開発援助が本当に私たちの
 社会の未来を明るいものにしていくのか、疑わしく思えてきました」

 そして最後は「淡水という希少資源を管理する制度を国際的にいかに
 構築していくべきかについて関心を持っております」と結ばれていた。

 若者の頭は、想像以上に柔軟だ。

 どの方向へ進むべきか、独りでゆっくり考えればいいのではなかろうか。

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46 “空の器”になれるか?優れた聴き手の条件とは

日経メディカル 10年3月25日 色平哲郎

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201003/514631.html


“空の器”になれるか?優れた聴き手の条件とは

 『体験派医療人マガジン Lattice(ラティス)』をご存知だろうか。

http://www.lattice.ne.jp/saishin.html

 「YMS」という医学部受験者のための予備校が出している雑誌である。
 これがユニークで面白い。

 「体験派」とあるように、全編、医学部生もしくは予備校生が国内外の医療現場に
 取材に行って、体当たりで記事を書いている。
 全体を束ねる七沢英文編集長が、勘所を押さえて編集しているが、
 当世学生気質が全編にあふれている。

 2010年号(年一回発行)の巻頭特集は、
 「『いい医者』ってなんだろう?」だ。

 ここではドイツのドクターヘリ、ミャンマーで活躍する吉岡秀人医師、
 東京・山谷地区で生活困窮者の無料診療活動を続けながらNPO法人シェアを
 主宰する本田徹医師、台湾の山地医療のようすなどが紹介されている。

 文章がどうのより、医師を志す若者たちの感性が伝わってくるのが興味深い。
 学生リポーターたちは皆、直面した現場で大なり小なり戸惑っている。
 それを何とか言語化しようとして「自己正当化」したり、「諦観」したり、
 強がったりと、いろいろ苦闘している。そこが面白い。

 取材をして文章を書くことは簡単なようで難しい。

 友人のノンフィクション作家・山岡淳一郎は
 「取材は砂漠の井戸掘りだ」と言う。
 掘る準備を十分整えるに越したことはないが、掘ってみて水脈を外したと思ったら、
 すぐに移動できる俊敏さが必要なのだという。
 「見切り千両、損切り万両」の世界だろうか。

 優れたインタビュアーとは「すべて分かったうえで、“空の器”になって
 我慢できる聴き手」とも。
 相手が自然に重要な点を語り出すよう、「我慢」しながら仕向ける。
 すべて分かっているから、相手がはぐらかそうとしたらさりげなく軌道修正。
 空の器だから、予想外の大切な話題もどんどん入ってくる。
 そんなインタビュアーが理想なのだという。

 取材者それぞれにそれぞれの流儀があるのだろうが、
 臨床の場面と共通するような気がする。

 ラティスの学生リポーターたちは、
 きっと現場で「ABC」の大切さを実感したことだろう。
 Aとはアンテナ、Bはバランス、Cはコミュニケーションだ。
 対象を的確に理解し把握するには、この3つが大切だ。

 医学部志望者や医学生だけでなく、現役の医師の方々も
 ぜひ一度、手にとってみてはいかがだろうか。



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