信濃毎日新聞社説

10年10月17日

 地価の下落が止まらない。国土交通省が先に発表した基準地価の長野県分を見ても、
前の年より下がったことを示す「▼」マークで埋め尽くされている。

 2年前のリーマン・ショックが大きい。世界経済の急激な落ち込みが日本経済にも及
び、不動産市場を冷え込ませている。

 半面、地価下落の原因を景気の低迷とだけ考えては大事なことを見落とす。日本の場
合、背景には深く広く進む構造的な変化がある。少子高齢化である。



<半分のサイズの日本>

 日本の人口は2004年の約1億2780万人をピークに、減少局面に入っている。
政府の予測では2050年に約1億人、2100年には約6400万人になる。人口の
面では、22世紀の日本は今のざっと半分のサイズになる。

 これからは土地が余る時代になるだろう。長野県内でも、30〜40年前に造成され
た郊外の住宅地では建物が取り壊されて更地になった区画をよく見かける。都市政策も
発想の転換を迫られる。都市のダウンサイジング、規模縮小を考えざるを得ない。

 少子高齢化の時代、人口が減る時代には、どんな街づくりが求められるか。言い換え
れば、安心して年齢を重ね、子育てができるのはどんな街なのか。

 住宅、学校、保育所、病院、役所、商店、映画館など、暮らしを支えるさまざまな施
設が歩いて回れる範囲にまとまっている街―。そんなイメージが浮かぶ。このごろは「
コンパクト・シティー」と呼ばれることが多い。

 コンパクトな街づくりを試み、成果を上げている都市が出始めている。例えば福岡県
北九州市だ。市役所を中心に、歩ける範囲内に区役所、図書館、病院、大型商業施設な
どの整備を進めた。その結果、都心回帰の動きが生まれて中心部の小倉北区の人口が増
加に転じている。

 富山市は4年前、次世代型の路面電車を導入、中心市街地への買い物客の呼び戻しに
成果を上げつつある。

 上高井郡小布施町もコンパクトな街づくりの成功例の一つと言えるだろう。年間10
0万人の観光客が全国から訪れ、街の雰囲気を楽しんでいる。

 病院を軸にした街づくりを提唱する専門家もいる。しっかりした病院を中心部につく
れば市外からも人が集まり、街が活性化するというのだ。新たに移り住んでくる高齢者
も出てくるだろう。県内では、例えば佐久病院がある佐久市は有力候補となるかもしれ
ない。



<ジェイコブズの発見>

 ジェーン・ジェイコブズ。米国の在野の都市問題研究家である。4年前に亡くなった
。 


 繁栄を続ける街と衰退する街はどこがどう違うか、米国の諸都市を調べ、都市が魅力
と活気を維持するために満たすべき四つの条件を見つけ出した。「ジェイコブズの4原
則」と呼ばれる。

 (1)街を構成するそれぞれのブロックには、住む、働く、買い物する、楽しむなど
、二つ以上の機能を持たせる(2)ブロックはなるべく小さくし、歩く人が頻繁に角を
曲がるようにする(3)古い建物と新しい建物を混在させる(4)人口密度は高くなる
ように計画する―。

 いわゆる近代的な街づくりの対極にある考え方と言っていいだろう。歴史を重ねた街
が住む人や訪ねる人に心地いいのはなぜか、4原則に照らすと見えてくる。これはその
まま少子高齢化時代の街づくりの指針になる。

 ジェイコブズの4原則が満たされた街は、実は少し前まで日本のどこにでもあった。
長野、松本、飯田、上田…。車がない時代、人々はさまざまな都市機能を狭い範囲に集
中させてきた。私たちがその気になれば、暮らしに便利で心穏やかに暮らせる街をつく
り上げることは可能なはずだ。



<都市を小さくする>

 都市政策を抜本的に見直したい。政府は4年前「まちづくり三法」を改正して大型店
の郊外立地の制限に転じた。それだけでは不十分だ。市街地の縮小をどうコントロール
して暮らしの質を維持するか、考え方の基本を転換する必要がある。

 例えば、郊外に広がる住宅を中心部に誘導するための政策的な仕掛けが要るだろう。
官公署、学校、病院、介護施設といった公共の建物は、用地代が安くあがるからといっ
て安易に郊外に移すのは考えものだ。中心部の大型店については、企業の都合だけで撤
退して空洞化を招くことのないよう、協定を結ぶことを考えたい。

 3年前に公開された大林宣彦監督の映画「転校生 さよならあなた」では、長野市が
実に魅力的な街として描かれている。主人公の中学生男女2人は、自転車で狭い道を駆
け回る。カメラが街角を回るたびに、スクリーンに新しい風景が開ける。

 学校、家庭、街の人々…。2人は濃密な人間関係に包まれつつ自我を見詰める。コン
パクトな街は人を大事にする街である。
 
 10年10月17日

 地価の下落が止まらない。国土交通省が先に発表した基準地価の長野県分を見ても、
前の年より下がったことを示す「▼」マークで埋め尽くされている。

 2年前のリーマン・ショックが大きい。世界経済の急激な落ち込みが日本経済にも及
び、不動産市場を冷え込ませている。

 半面、地価下落の原因を景気の低迷とだけ考えては大事なことを見落とす。日本の場
合、背景には深く広く進む構造的な変化がある。少子高齢化である。



<半分のサイズの日本>

 日本の人口は2004年の約1億2780万人をピークに、減少局面に入っている。
政府の予測では2050年に約1億人、2100年には約6400万人になる。人口の
面では、22世紀の日本は今のざっと半分のサイズになる。

 これからは土地が余る時代になるだろう。長野県内でも、30〜40年前に造成され
た郊外の住宅地では建物が取り壊されて更地になった区画をよく見かける。都市政策も
発想の転換を迫られる。都市のダウンサイジング、規模縮小を考えざるを得ない。

 少子高齢化の時代、人口が減る時代には、どんな街づくりが求められるか。言い換え
れば、安心して年齢を重ね、子育てができるのはどんな街なのか。

 住宅、学校、保育所、病院、役所、商店、映画館など、暮らしを支えるさまざまな施
設が歩いて回れる範囲にまとまっている街―。そんなイメージが浮かぶ。このごろは「
コンパクト・シティー」と呼ばれることが多い。

 コンパクトな街づくりを試み、成果を上げている都市が出始めている。例えば福岡県
北九州市だ。市役所を中心に、歩ける範囲内に区役所、図書館、病院、大型商業施設な
どの整備を進めた。その結果、都心回帰の動きが生まれて中心部の小倉北区の人口が増
加に転じている。

 富山市は4年前、次世代型の路面電車を導入、中心市街地への買い物客の呼び戻しに
成果を上げつつある。

 上高井郡小布施町もコンパクトな街づくりの成功例の一つと言えるだろう。年間10
0万人の観光客が全国から訪れ、街の雰囲気を楽しんでいる。

 病院を軸にした街づくりを提唱する専門家もいる。しっかりした病院を中心部につく
れば市外からも人が集まり、街が活性化するというのだ。新たに移り住んでくる高齢者
も出てくるだろう。県内では、例えば佐久病院がある佐久市は有力候補となるかもしれ
ない。



<ジェイコブズの発見>

 ジェーン・ジェイコブズ。米国の在野の都市問題研究家である。4年前に亡くなった
。 


 繁栄を続ける街と衰退する街はどこがどう違うか、米国の諸都市を調べ、都市が魅力
と活気を維持するために満たすべき四つの条件を見つけ出した。「ジェイコブズの4原
則」と呼ばれる。

 (1)街を構成するそれぞれのブロックには、住む、働く、買い物する、楽しむなど
、二つ以上の機能を持たせる(2)ブロックはなるべく小さくし、歩く人が頻繁に角を
曲がるようにする(3)古い建物と新しい建物を混在させる(4)人口密度は高くなる
ように計画する―。

 いわゆる近代的な街づくりの対極にある考え方と言っていいだろう。歴史を重ねた街
が住む人や訪ねる人に心地いいのはなぜか、4原則に照らすと見えてくる。これはその
まま少子高齢化時代の街づくりの指針になる。

 ジェイコブズの4原則が満たされた街は、実は少し前まで日本のどこにでもあった。
長野、松本、飯田、上田…。車がない時代、人々はさまざまな都市機能を狭い範囲に集
中させてきた。私たちがその気になれば、暮らしに便利で心穏やかに暮らせる街をつく
り上げることは可能なはずだ。



<都市を小さくする>

 都市政策を抜本的に見直したい。政府は4年前「まちづくり三法」を改正して大型店
の郊外立地の制限に転じた。それだけでは不十分だ。市街地の縮小をどうコントロール
して暮らしの質を維持するか、考え方の基本を転換する必要がある。

 例えば、郊外に広がる住宅を中心部に誘導するための政策的な仕掛けが要るだろう。
官公署、学校、病院、介護施設といった公共の建物は、用地代が安くあがるからといっ
て安易に郊外に移すのは考えものだ。中心部の大型店については、企業の都合だけで撤
退して空洞化を招くことのないよう、協定を結ぶことを考えたい。

 3年前に公開された大林宣彦監督の映画「転校生 さよならあなた」では、長野市が
実に魅力的な街として描かれている。主人公の中学生男女2人は、自転車で狭い道を駆
け回る。カメラが街角を回るたびに、スクリーンに新しい風景が開ける。

 学校、家庭、街の人々…。2人は濃密な人間関係に包まれつつ自我を見詰める。コン
パクトな街は人を大事にする街である。
 
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