特別会計に眠る「埋蔵金」312兆円  税収の8年分
菅首相は本当に掘り出せるのか?


特別会計の歳出総額は一般会計の4倍(2010年度予算)
特別会計(367.1兆円) 一般会計(92.2兆円)


霞ヶ関には「埋蔵金」が眠っている。
特別会計という「ブラックボックス」に収まっているのだ。
このうち二つの会計を「解体」するだけで、借金返済や財源確保に使える
巨額のお金をひねり出せるという。
菅直人政権はようやく、ここを「事業仕分け」すると決めた。
「危機」に直面する日本財政の再建に向けて、どこまで徹底的に掘り出せるだろうか。

(週刊朝日 2010年8月27日)



世の中がお盆休みに入っても、財務省の職員は忙しいようだ。
中堅幹部が民主党国会議員のもとを訪ねて、こう訴えたという。

「消費税率を引き上げさせてください。
4%幅で社会保障費を10兆円賄えます」

この議員はあきれて、こう言い返したそうだ。

「まだ、そんなことを言っているのか。
世論が許すわけない。
首相を何人代えれば気が済むんだ」

財務省は国民の思いがどうあれ、とにかく増税が大事だと考えているのだろう。
これに対して、「仕分け人」を務めた九州大学の村藤功教授が言い切る。

「消費税を上げる必要はありません」

代わりに何をするのか。

村藤教授は特別会計に眠る「埋蔵金」の発掘だという。
菅直人政権も、10月にも実施する「事業仕分け」の第3弾で
特別会計を取り上げることにしている。

そもそも国の会計は、防衛や警察など基本的な経費を盛り込んだ一般会計と、
特定の事業や資金の運用を経理する特別会計に分かれている。
「自動車安全特別会計」なら自動車の登録・検査や、
無保険車による被害者の救済などを手がける。
一般会計とは別に管理することで、
その事業や資金の運用が適切かどうかを明確にするのが本来の目的だ。

だが、『特別会計への道案内』の著者で元民主党国会議員秘書の松浦武志氏は、
こう指摘する。

「特別会計は一般会計より中が見にくい『ブラックボックス』になっている」

なにしろ数が多く、規模も巨大だ。
09年度末に「特定国有財産整備特別会計」と「国立高度専門医療センター特別会計」
が廃止されたが、現在18ある(左の一覧表)。
11年度には「登記特別会計」が一般会計に組み込まれると決まっている。

特別会計の10年度の歳出総額は、過去最大の一般会計の4倍に達する
(右ページ図)。
「特別」なのに「一般」よりはるかに大きい。
しかも、半分以上は会計間でやりとりする複雑さだ。

「一般会計では余らせると来年度の予算に影響しますが、特別会計では
翌年度に繰り越せたり積み立てたりできるので所管官庁が好きに使いやすい。
これが特別会計をふくらませた原因のひとつ」(財務省関係者)

その結果、「社会資本整備事業特別会計」を元手に空港を造り続け、
08年度には9割の空港で実績が需要予測を下回るなど、
「むだ遣い」を批判された例は枚挙にいとまがない。

借金がふくらんで「火の車」となった一般会計との対比で、
小泉政権時代の塩川正十郎財務相が、

「母屋(一般会計)ではおかゆ食って、辛抱しようとけちけち節約しておるのに、
離れ座敷(特別会計)で子供がすき焼き食っておる」
(03年2月の衆院財務金融委員会)

と発言したのを覚えている向きも多いだろう。

これをきっかけに、特別会計から「埋蔵金」を掘る動きが本格化した。
06年度以降、特別会計から27兆8千億円が一般会計に繰り入れられ、
19兆2千億円が国債の償還に充てられた。



すべての特会で出ている剰余金

それでも掘り尽くしたとは言い難い。
上の一覧表に目を戻していただくと、09年度には剰余金が歳出総額の8%に
当たる29兆円以上も出ているのがわかる。
剰余金とは、その年度の歳出よりも歳入が多くて余ったお金だ。
すべての特別会計で剰余金を出し、翌年度に繰り越したり、
積立金等に組み入れたりしている。
一般会計に繰り入れたのは8特別会計しかない。

こうして剰余金をため込んだ積立金等は、総額182兆4千億円、
一般会計の税収(10年度で37兆円)のほぼ5年分に達する。
一兆円超も6特別会計ある。

国会の立法活動を補佐する国立国会図書館の小池拓自(たくじ)課長は、
こう注文する。

「多額の剰余金を何年も繰り返している特別会計がいくつもあり、
積立金についても合理的な根拠を踏まえて適正水準を定め
開示することが求められています」

剰余金、積立金等ともに大きさが目立つ「年金特別会計」と
「国債整理基金特別会計」は、それぞれ将来の年金給付と国債償還に
備える目的がある。
年金特別会計は今後90年ほどにわたって積立金を取り崩す設計になっている。

では、真っ先に「仕分け」すべきはどの特別会計か。

複数の専門家が「外国為替資金特別会計(外為特会)」と
「財政投融資特別会計(財投特会)」で一致する。
どちらも財務省の所管だ。

「これまでの『事業仕分け』は財務省を味方につけて、
それ以外の官庁と戦ってきた。
今回、財務省に切り込めるかどうかで政権の本気度が測れるでしょう」
(九大の村藤教授)



先進国に例ない巨額の外為特会

外為特会は、政府が金融市場で外貨を取引して為替相場を動かす
「市場介入」の際に使われる。
急激な円高ドル安を抑える場合には、
政府短期証券を発行して借りた円で米ドルを買う。
その米ドルは米国債などで持っておく。

外国債などの有価証券が90兆円(08年度末時点=以下同)、現金・預金が
31兆円にのぼる反面、借金である政府短期証券は108兆円に達する。
これまで円高抑制で使われることが多かったので、外貨建て債券がたまっているのだ。

だが、先進国では政府が為替相場を意図的に操作することを避ける姿勢が
定着してきた。
野田佳彦財務相も8月12日、今回の円高に対する市場介入について問われ、
「コメントを控える」と答えた。

ある専門家は「先進国で、こんなに大きな資産を持つ例はない。
不必要」という。
外為特会を「解体」すれば、有価証券と現金・預金だけでも121兆円が
活用できるし、108兆円の借金がなくせる。
米国債などの有価証券を一気に売却すると金融市場を大きく動かしてしまうので、

「これらの有価証券をもとに新たな金融証券をつくり、国内の投資家に売ればいい」
(前述の松浦氏)

もうひとつ名前が挙ったのが財投特会だ(左ページ図)。
国債の一種である財投債を発行して借りたお金やほかの特別会計からの預託金
などを元手に、独立行政法人、地方自治体、政府系金融機関などに融資したり
出資したりしている。
積立金から4兆8千億円を10年度の一般会計に繰り入れたことで、
ほとんどお金がない印象を受けるかもしれないが、
資産は外為特会よりも大きい211兆円ある。

「民間企業では巨額の借金を抱えて倒産寸前に至ったとき、
まずは急いで資産や事業を売却して身軽になる。
事業の効率化で少額の経費を浮かせても時間がかかるだけ。
国も同じでしょう」(九大の村藤教授)

この考え方に沿うなら、国の資産や事業といえば財投特会が貸したお金や、
融資や出資をした先の独立行政法人や政府系金融機関などが当てはまりそうだ。

財投特会のお金の借り手も含めて、民主党は7月、
〈独立行政法人・公益法人については存続を前提としない見直し〉
を提言し、中塚一宏(いっこう)・衆院財務金融委員会筆頭理事も、

「3年後に一度すべてをやめてみる。
その後も残すかどうか、こちらが調べるのではなく
法人側に挙証責任を持たせて検討すればいいでしょう」

という手法を語る。
廃止なら貸付金は返ってくる。

もうひとつの融資先、地方自治体についても、「ミスター埋蔵金」
こと嘉悦大学の高橋洋一教授が提案する。

「自治体が債券を発行して借り換えれば済む。
いま一律の金利に差がつくかもしれませんが、せいぜい0.1%幅でしょう。
自治体どうしが切磋琢磨するにはちょうどいい」

お金の貸手が財投特会から投資家に代わることになる。
自前の債券発行は、日本政策金融公庫や日本政策投資銀行などの
政府系金融機関でもできるだろう。

それとともに保有するNTTや日本たばこ産業(JT)の株を売り、
政府系金融機関をはじめ「独立行政法人の都市再生機構や住宅金融支援機構
を民営化」(九大の村藤教授)して上場するわけだ。

財投特会を「解体」すれば、とりあえず現金・預金、有価証券、貸付金、
出資金の計211兆円をほかの用途に生かせる。
財投債131兆円と預託金61兆円を返しても「おつり」がある。



消費税130%相当を捻出可能

二つの特別会計を「解体」することで、重複分20兆円を除いて、
ひとまず計312兆円を掘り出せることになる。
一般会計の税収8年分に相当し、
消費税に換算すれば税率130%分という天文学的な金額だ。
消費税率の引き上げよりも現実的な方法だろう。

もっとも、ここまで紹介した「埋蔵金」の発掘法は大ざっぱなので、
まだ残っている資産を完全に吸い上げて2特別会計そのものを「清算」したり、
ほかの特別会計を「仕分け」したりするなどいっそう綿密にすれば、
掘り出せる金額はさらに積み上げられるはずだ。

「特別会計の改革とは、特別会計にぶら下がってお金の出口となっている
独立行政法人などを改革すること。
出口を閉めれば、国の借金は激減できる。
官僚が反対するのは、こうした法人を廃止や民営化すると天下りできなくなる
こともあるのでは」(嘉悦大学の高橋教授)

民主党のある国会議員は、「9月には党の代表選もあるし、
10月の『事業仕分け』はだれがやるのかな」

と漏らすが、特別会計からどれだけ「埋蔵金」を掘り出せるかが、
次の政権の命運を決めるのだろう。

本誌・江畠俊彦

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写真キャプション

塩川財務相(当時)は「特別会計を真剣に見直す」とも発言していた(左上)。
菅首相の本気度は?


都市再生機構の賃貸マンション(上)と茨城空港。
いずれも特別会計に支えられてできた

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