「すきな人とすきなところでくらしつづけたい」 

その想いを支えるために 色平哲郎  佐久総合病院

「世界」臨時増刊「大転換」 新政権で何が変わるか、何を変えるか
09年12月1日発行 VII章「新政権、私の期待、私の懸念」収録


いろひら・てつろう 1960年生まれ。佐久総合病院内科医。
東京大学を中退し、世界を放浪する。その後京都大学医学部を卒業し、
佐久病院に勤務。08年春まで10年間にわたって南相木村診療所長を務める。
外国人HIV感染者、発症者への支援を行うNPO「アイザック」事務局長。



山深い長野県南相木(みなみあいき)村で昨春まで10年間、診療所長を務めた。
(65歳以上の)高齢化率39%、人口1100人の山村には、
医療制度の歪みが集中している。
「霞ヶ関」が考えた医療・介護の保険制度、30年前なら有効だったかも
しれないが、もはや村には制度を担う若者がいない。

現政権に望むのは、まず医療保険の「一元化」である。
現在、大企業の健康保険、中小企業の全国健康保険協会管掌保険(旧政管健保)、
公務員の共済、自営業や無職の人が入る国民健康保険、と保険組合は乱立する。
従来は余裕のある保険組合から赤字の国保や政管健保などに資金を回す
「財政調整」で凌いできていたが、もはや小手先の調整では追いつかない
事態となった。

そこで医療保険を一元化し、所得に見合った保険料を徴収して、
「より大きな財布」に蓄えてほしい。
皆でお金を出しあってともに支えあう社会保険の原理に照らせば、
お金を貯めるプールが大きければ大きいほど、将来に備えるための制度は
安定化する。
恵まれた既得権を持つ大企業の社員や公務員からの反発が予想されるが、
大乗的見地から説得するしかない。
一元化による保険財政の安定化は急務であろう。

一方、医療の提供面、つまり医療サービスの中身については、全国一律の
政策ではなく、都道府県や広域行政単位ごとに、どのような医療内容を
推進するか住民参加で決める制度が望まれる。

一次医療を担う診療所から二次の入院治療を引き受ける病院、
三次の高度な専門医療を行なう医療機関までが一定の範囲内に揃う大都市圏と、
医師不足による「医療崩壊」で医療機関が次々と倒れ、病院統合が進む
地方の郡部とでは、望まれるサービスは異なっている。
たとえば、過疎地では医療機関にかかるための「足」の確保が緊急課題
になっている。
バスや電車の路線廃止で、地方のお年寄りは孤立しているが、
対応しきれていない。
選びようがない状況下、医療機関ごとのバックアップ態勢づくりも
大都市圏以上に切実だ。
こうしたニーズをいかに政策に反映させるか。
欧州の住民による「医療・介護議会」が、ひとつの参考になるのでは
ないだろうか。

「すきな人とすきなところでくらしつづけたい」という万人の想いを
かなえるために、建築・住宅分野の政策と医療・福祉分野の政策、
この両者のすり合わせも急がれる。
住宅政策が「量から質へ」と大きく転換しているなか、
「終の棲家」を社会的にデザインしていく時代に入った。
コンクリート躯体を厚い断熱材で覆う「外断熱工法」などは省エネ性にすぐれ、
しかも室内温度がほぼ一定に保たれる。
脳血管障害の引き金となる「ヒート・ショック」の予防にもつながる。

「治す医療」ももちろんだが、生活を支える「よりそう医療」の視点からも
なすべきことは山積している。

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