佐久病院再構築に向けて

●事実と意見を整理する

さまざまなルートで職員、患者、住民の声をあつめ、客観的データをそろえ現状をア
セスメントする。現場の雰囲気、モチベーションなど非データ系情報も重視する。その
ためにはリーダー自ら積極的に現場に顔を出し現場スタッフと交流することが重要。
(つまり水戸黄門)リーダーが現場に来ることで情報収集、情報交換、現場の
モチベーションアップなど様々な効果が期待できる。

●目指すべきところを決める

地域住民、首長や行政、地域の他の組織のリーダーたちとの定期的な交流、
情報交換が必要。地域と交流できるあらゆる機会をとらえ地域に出て行く。
腹をわってのコミュニケーションを続け、院内外にコンセンサスをとりつつ、
ビジョンを明確にしていく。

宴会で「男芸者」になる覚悟も必要。不完全な民主主義といえども選挙で選ばれた
首長や議員を敵に回すことは賢明ではない。引き分けたと思わせておい
て5割5分とるしたたかさが必要。

自病院の機能を自覚、地域の他病院の状況を把握、医療情勢、社会情勢を
掌握し、地域全体の保健医療福祉の将来像を描いた上で、それぞれの施設の
目指すべきところを設定する。描いたビジョンをさまざまなチャンネルを通じて
適切に広報する。病院がメディアを持つ。広報課は映像ライブラリーなどを
インターネット上で見られるようにする。行動目標でうたわれている如く、農村
医科大学を目指す教育機関でもあり、市民公開講座や出版などに力を入れていく。
ビジョンと現実とのそのギャップを埋める作業が次のステップになる。

●実行する

新築などの計画にあたっては現在の病院機能を維持しつつ、新たな業務
が加わるため、ただでさえ忙しい現場にさらに負荷がかかることが予想される。
スタッフのモチベーションが下がった状態での再構築は困難である。人材の確
保が最優先課題で、とくに病院経営や財務に明るく病院の理念に賛同できる優秀な
事務職員、医療現場でのICTの活用に長けたエンジニアの確保育成が求められる。
既存のワークフローを見直しそれをうまくICTにのせることができれば雑多な事務処

は減り、「見える化」が推進され、情報共有がすすみそのメリットは大きい。

なお、優秀なテクニカルマネジャーと、アドミニストレーティングマネージャーを兼ね
られる人材などは稀である。ただでさえ忙しい医師に多くを期待するのは酷であり、
医師をはじめとする現場スタッフが診療に専念できるように支援するサポート部門
の役割が重要となる。

医師のディマンズ(個人的にやりたいこと)と地域のニーズ(地域に必要なこと)に
乖離があることは稀なことではない。全体を見すえたうえで、病院の理念にてらし、
必要な予算、人員などの資源を適切に分配するのがリーダーの仕事である。
さらに上位のレベル(厚生連本所、県、厚労省など)との折衝するものリーダーの
役割であろう。

●評価する

実行したことはかならずさまざまな角度から評価をおこない軌道修正をおこなう。
この内容と討論過程は情報公開し、職員や住民のフィードバックをえる。
ただし最終的な方針の決定権はリーダーにあり、衆知を集め、
自らの責任で決める態度が必要。

●佐久病院の現状について

強力なリーダーシップをもち病院の運営を先導してきた若月後には、
同様の体制を打ち立てられる人物はおらず、集団指導体制へ移行したように見える。
その中で地域のニーズを察知し、思いを保ったリーダーたちがそれぞれの「王国」を
作り独立を図っているが、それらを束ねる組織が機能していないのが現状である。

ほぼ独立を果たした「王国」としては内視鏡室を中心とした胃腸科、美里分院、小海分
院を中心とした南部連合の3つがある。胃腸科の内視鏡治療分野は高度な教育機能まで
兼ね備えた貴重な例外であり、全国から人が集まっているが、高速交通網が発展した
現在、佐久地域にある必然性は薄い。美里分院と小海分院に関しては佐久病院から
離れてしまったことで本院からはその姿がよく見えない。さらに、健康管理部門と
地域ケア部門を独立させたことで本院内から、地域が見えづらくなっていることが
最大の問題と考える。(5:3:2)

地域のニーズとしては、地域完結せざるを得ない救急医療、プライマリケア総合診療、
緩和ケア、リハビリテーション、在宅医療の充実が先決である。これらには「王国」
を作らせることなく、相互ネットワークを充実していく方向で全体の調和的発展を
目指す。
本院は教育機関、ネットワークのコアとしての役割が重視されることになろう。
農村保健研修センターと農村医学研究所の拡充、さらには佐久大学や看護学校との
一体化が望まれる。ネットワークづくりにはICTの活用が鍵となる。

●コンサルタントの活用

その道に長けたコンサルタントの力を借りるのは、体の調子が悪い時に医師にかかるの
と同じで、自力での問題解決が困難な時に有効な手段である。彼らは客観的なアセスメ
ント指標や方法論、経験を持っており、上手く活用すればよいパートナーになり得る。
ただし、最終的な意思決定に当たり、判断に迷った時は、常に病院理念にてらし合わせ
てリーダーが判断すること。

●人材採用と育成

人材の採用および育成には特に力を入れる。病院理念に共感して働ける人を採用す
る。多様な人材を活用し、一人ひとりの仕事への意欲をかきたて個性を引き出すと
同時に全体の調和をつくりだすことこそ、上司の仕事である。一旦採用した以上、
全ての人材は活用できるものと考え、切り捨てない。従業員の生活をベースに考える
ことが重要で、生活の安定、精神的な安定がないと、患者さんのケアなどはできない。
そういう意味で上司の仕事の一つは部下のケアである。

病院の長期戦略をになうコア人材(地域や病院組織の実情に明るく、全体を見わた
せる人材)の育成養成に力を注ぐ。コア人材には行政や農協組織、他病院などへの
派遣をすすめ、人材交流も行う。不公平感のない様に同一労働同一賃金を原則とする。
ただし医師の業務については、診療科により忙しさ、技術習得の難易度、稀少性、
精神的肉体的負担感が異なるため賃金に差をつけた方(年棒制)が逆に不公平感
が減り地域に必要な技術を持った医師を確保しやすくなるかもしれない。

各職員の希望、キャリアパス、実績、資格、勤務状態などはすべてひとところにまとめ
て人事課で管理する。上司と定期的な面談を義務つけ、本人の希望、病院側からの
要望とのすり合わせをつねに行う。目標マネジメント制度の活用が望まれるが、
病院全体の目標など(上位レベルのマネジメント)があやふやな状態での個人の
目標マネジメントは空疎であろう。

●労働環境、特にメンタルヘルスについて

職員の労務管理、作業管理、作業環境管理、健康管理、そしてメンタルヘルス対策に力
を入れることは人を大切にする組織をうたう以上当然である。残業はせずに勤務時間内
で業務が完了できるように業務効率をあげることを第一とする。そのためにICTを活
用し、ワークフローを整理することで間接業務の比率を下げる。各種委員会を整理する

子育て、介護しつつ働ける環境を整える。現状ではコンビニも遠く、院内や病院近くで
の食事が困難な状況である。院内に郵便局や理髪店、商店などを持ってくることは
良いと思われるが、職員の地域での生活を損なう労働強化の方向に働くとすれば
本末転倒であろう。

メンタルヘルスに関しては、まず組織図を整備し、ラインによるケア(スーパーバ
イズ)の体制をととのえる。その上で専門的スタッフによるケアの体制を整備する。
匿名で相談できるような窓口をつくり、そこから適切なところへつなげられるようにす
る。
こころの病を患った職員を、主治医としてみる医師と、組織の利益を考え、職場の精神
衛生を管理する医師(産業医)は同一でないほうが望ましい。この2つの役割を同一
人物が兼任することは、こころを病んだ職員は「休め」というメッセージと「働け」と
いうメタ・メッセージの両者のダブルバインドで苦しむことになり治療的とは言えない

外部EAPの活用なども考慮するとよい。

EAP : Employee Assistance Program  社員支援プログラム

メンタルヘルスの改善活動から得られる産業保健上の情報は経営改善にとっても、
病院の「健康状態」を知る上でも貴重な指標であり、個人情報に配慮した上で共有し
職場環境の改善や経営に活かす。

5年働けば半年〜1年の院外での研修や休養、育児休暇、地域での活動(給与はない
が福利厚生のみ継続するなど)のオプションを得られる等の制度があれば多様な人材
が集まるだろう。
学会活動や研修は推進するが、そこで得られたものは必ず同僚や患者さんに還元する
ことを義務づける。職域のモチベーション向上のために、農村医学会など多職種で参加
できる学会への参加を推奨する。

●組織図について

多くの医療場面でチームアプローチが求められており、それにあわせて組織図を明確に
して、現状を再編しておくことが重要である。医局、看護部、診療協力部など職種ごと
の組織図より、外来部門、手術部門、病棟、在宅部門など、多職種で職域ごとの組織
を編成した方が、小回りの効いた意思決定が可能となろう。ただし専門職の専門的教育

キャリアビルディングは職種ごとでおこなう必要があり、そのための組織体制、
連絡体制をつくる必要がある。

職域ごと、職種ごとの連絡にはICT(院内メールやサイボウズなどグループウェア)
を活用するのがよいだろう。なお、病院組織内外の壁を徐々に減らしていく方向で
地域の他組織と技術、知識、人材の共有を推進する。人材交流や地域でのプロジェクト
を推進し、電子カルテ化を契機に近隣の諸施設と患者情報の共有ができれば
医療の見通しも大きく改善されるのではないか。

なお、初期研修医および、ローテートが中心となる科の後期研修医は院長直属とし定
期的な面談を行うことが望ましい。大学病院をはじめ、多くの病院で
研修医は院長直属である。看護やその他の専門職の卒後の教育体制に関しても、卒後
1〜2年程度は研修期間とし所属を看護部長直属とするほうがよいのではないか?
看護師副院長を実現する。また、ラインケアが働き、スーパーバイズがうまく機能すれ

対人援助職に多い「燃え尽き」を減らすことができると考える。

●地域住民との協同

佐久病院は農協病院であり、運営者は農協組合員(ある意味で、地域住民)であると
言える。「農民とともに」の病院理念に立ち戻り、運営者としての自覚、主体性を、
病院を利用する地域住民にいかにもっていただけるかが課題となる。
この部分を「地域住民の権利と責任」という形でまとめてもよいかもしれない。

昨今の厳しい医療の情勢、医療技術の有効性と限界ついて住民に繰り返し、分かりやす
く訴えていく必要がある。高度医療への要望をもとめていけば際限がない。再構築や
救急外来の問題に関しても「ただ大変だ。限界だ。こんなに頑張っているのに」と訴え

いるだけで、「地域住民はどう動けばいいのか?」という方向性への提起ができていな
い。
つまり住民をまきこめていないと思う。プライマリ・ヘルス・ケア的な視点で、
住民に医療のオーナーとしての自覚を持ってもらえるように働きかけていくことが必要

賛否はあろうが、医療生協系の病院のように「友の会」活動などで再組織化を
図っていくのも一法だろう。

危機だからこそ脚本を書き、演劇で、現状をわかりやすく面白く演じるという伝統の手
法を使えばよいのではないか。他病院のスタッフとも協同して上演でできれば相互
理解も深まるのではないか。

●佐久病院での臨床研修(初期、後期)について

初期研修医が佐久病院にもとめるニーズと、後期研修医が求めているニーズ、それ以上
のスタッフ医師が求めているニーズはそれぞれ微妙に異なっていることに注意が必要。
採用の段階で、あえて地域医療志向の医師ばかりを採用する必要はもちろんないが、
少なくとも理念に賛同する研修医を採用することは組織として当然。

初期研修は巨大な「複合体」である田園の大病院であるという利点を最大限活かした
多科ローテーション研修、総合外来研修、年間を通じた救急外来での研修、地域との
繋がりを知る分院や健康管理部門、地域ケア部門の研修などの特徴を存分に
満喫することができる。後期研修は、「戦場的な」環境で、多様な患者の診療ができる

外科系では手術の件数も多く熱意のある医師にはよい環境。
ただし、研修内容、業務内容が整理されていない状態では、不器用な人間はただただ
病院に使い捨てられるリスクがある。後期研修以後は、
専門研修へのニーズが高まるが、多くの分野で専門性を深めたい等のニーズ
に応えられず、病院を離れざるを得ない。佐久地域に必要な技術や専門性を獲得し、ま
た佐久病院へ戻るというキャリアパスを示されることもないため、佐久地域への愛着心
が薄い場合、いったん出て行った医師が戻ることは稀である。

そういった意味で、地元出身者を初期研修医で採用し地域のニーズを感じ取って
もらった後に、他病院や大学へで専門研修後、佐久へ戻ってこれるようなキャリアパス
を作ることは考えてよいだろう。地域ニーズを重視した初期研修、後期研修ともに、
佐久病院のブランド力は低下しつつあり、まだ研修医が集まるうちにこそ
佐久病院ならではの人材育成キャリアパスを作る必要がある。佐久病院が果たすべ
き期待のひとつに地域診療所などで活躍する医師の養成であるが、そういった志向の医
師を計画的に育てるという意識やプログラムが病院にないことは問題である。
プライマリ志向の医師が佐久で技術を選択的に学び地域に出るというのはよい
キャリア形成になると考えられ、魅力的なプログラムが提供できればより
多くの人材が集まるだろう。(「我は偸盗」である。)

この分野こそ大学医局の力を借りずに達成可能な分野であり、他の厚生連病院や
国保診療所と協同して人材養成、派遣のアライアンスを組むことも考えるべきである。

継続的な地域診療所への医師の派遣をめざすなら、若手医師の診療所への派遣
は明確に任期を3年なら3年と区切った上で行うべきであろう。患者も医師も地域循環
型になるのが最終的に目指すべき姿と考える。

●すぐにできること、その1

リーダーは地域のこと、医療情勢、病院経営などを、もっとも分かっている人である必
要はないが、もっとも分かろうとする姿勢をもつ人であることが求められる。

もっとリーダーの姿を職員にみせることが必要。テレビや新聞等のメディアを通じて院
外へアピールすることはもちろんであるが、院内へのアピールがより重要である。
院内報(あらたに通信のような形で発行してもよい)、院内ブログ(さしあたってはサ
イボ
ウズの掲示板でもよい)に、毎日の活動、気づいたこと、考えたこと等を定期的にア
ピールすることが有効である。そして、その内容に関しては広く意見をつの
るスタンスでのぞみ、意見の提供者には、声をかけ直接対話を行うことが隠れた人材発
掘につながる。つねに職員のことを気にかけている姿勢を伝えること。職員の声に投稿
された声などを大切にあつかう。

1000人規模の組織では、リーダーが従業員の顔と名前、職場などが一致して覚えてい
ることが望ましいだろう。すくなくとも覚えようと言う態度で臨むことが、相手をみと

ることにつながる。

●すぐにできること、その2

院内の最高決定機関にあたる会議体を一つ明確に規定し、定期的
に開催する。(出来れば毎週一回、決まった時間に)会議の性格として基本的
にはワイガヤのブレインストーミングや報告会ではなく、各委員会等で検討された事に
Goサインを与える「収束会議」とし、短期間で終了する。だれもが簡単な手続きで
議題を提出でき、短時間であっても検討されることとを保障する。

議事録は原則オープンとし、院内ネットワーク上に即日公開する。Goサインを与
えたことに関して、必要な予算や人員を手当てし、定期的に進達状況や結果の報告をも
とめることをルール化する。(1ヶ月後、3ヵ月後、半年後、1年後)これを守らせる

任は事務長にある。

●すぐにできること、その3

院内の職員の福利厚生施設を充実する。職員スペース内にシャワー室、食品の自動販売
機を設置する。費用の割に職員へのアピールの意味が大きいだろう。こういうこと
が、職員を大事にしているという病院としての姿勢をみせることになる。気軽にまじめ
な話しができるイベント(病院にはクリスマス会や病院祭をはじめいくつかのこういっ
たイベントがある。)を推進し盛り上げる。

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