京大医学部の学生さんから寄せられた感想文


 昨年、色平先生の講演でNHKのビデオを拝見し、そこに登場した学生と同じような体
験をしたいと思っていたのが今回の訪問に飛び入りで参加させて頂いたそもそもの動機
だったので、地域医療や国際保健に特に明確な熱意を持っていたわけでもなかったのが
実のところでした。ですので、同席した学生体験を聞くにつけてもなんだか正直申し訳
ない気持ちでありました。
 そういうわけで、地域医療や国際保健についての話を聞くことすら初めてであった僕
にとっては、民宿の外での出来事の多くが初めての体験で、色平先生のおっしゃったよ
うにものごとの「背景」や地域医療に思いを巡らせることなどままならならない状態で
、怒濤のように流れ込む情報に思考停止したまま時間が過ぎてしまっていたというのが
振り返ってみた率直な感想です。
 しかしながら、色平先生とのディスカッションでは多くのことに気づき、学ばせても
らいました。全てを挙げればきりがないくらいですが、先生がディスカッションを通じ
て仰りたかったことは極言すれば「人間理解に基づいた仕事をしろ」ということであっ
たのではないかと感じました。
 人間を相手に仕事をする以上は、相手を理解し信頼関係を築くなんて事はごく当たり
前のことであると思っていたので、その点では何も驚きは無かったのですが、実際にそ
れを実行に移すに当たって考慮しなければならない事の具体例を教わり、単に思うこと
と実践の間には雲泥の差があるということを思い知らされとても衝撃を受けました。そ
の人が属する社会の慣習、その人が占めるその社会での地位、その社会および人の裏側
に横たわる歴史的背景などなど、真の人間理解に近づくためにはその人との会話を重ね
る以外にも勉強しなければならないことが山ほどあるというのは本当に発見でした。こ
の点は人間関係も歴史も希薄な都会で育った僕にとっては、教えられなければ一生気づ
かないものであったと思います。
 他にも、患者さんの心理的動向に配慮しながら治療計画を立てるとか、声のかけ方一
つにしても注意してやらなければならないなど、今まで頭では分かっていたものの実際
どのようにやれば良いのかはさっぱり分からなかったことを、経験に基づいて明確に語
って頂けたのは大変参考になりました。患者本位の医療の実践の一端を初めて教えても
らったという気がします。

 話は変わりますが、僕は報道される医療事故や新聞の投書欄で訴えられる医師の心な
い態度などに対する憤りを20年間胸に養いつつ育ってきたので、既に揺るぎない医師批
判の精神を持つに至ってしまっています。そういった視点から、世間で取り沙汰される
事故とはいかないまでも不信を招くような事象について、なにが問題なのかを色々考え
てきたつもりなのですが、その中で気づいた事に、「医師は人間学のプロでなければな
らない」というものがあります。ちなみに、ここで言う人間学は医学、心理学、社会学
の総体のつもりです。今の大学医学部はこの医学という医師業のごく一部についてはそ
こそこ教えてくれるのですが、心理学、社会学といったものを教えてくれることは殆ど
ないばかりか、こういうことを教える必要があるということにすら気づいていないよう
にすら感じます(特に基礎の教官達)。医学生の教育を本来的に担っているはずの大学
医学部の現状がこのようにお粗末であることは非常に残念な事であり、そのせいで多く
の医学生が医学以外にも大事なことがあることに気づかないまま現場へ進出してしまっ
ているのはとても問題ですし、患者さんの立場で言わせてもらえばゆゆしき事態以外の
何ものでもないと思っています。そして、今回の訪問で先生に教わったことはまさしく
この医学以外の二者であったんだと勝手に解釈しています。
 他にも医学教育や医師のあり方について個人的に抱いている考えが色々あるのですが
、既に医師として働いている友人や医学生などにこの意見をぶつけると猛反発されてし
まうのが常でありまして、少し自信喪失気味だったのですが今回、色々な点で先生のご
意見と相通じるところを発見し、安心するとともに勇気を頂くことができました。これ
からもめげずに色々な人と議論を深め合って行きたいと思います。

 今回の滞在では、短い間でしたが多くの人にお世話になりました。ちづさんのお宅で
はご馳走を平らげるのに精一杯のあまり、ご本人やご家族に失礼なことをしでかしたの
ではないかと今もハラハラしています。また、非常識な行動のせいで、色平先生に何か
ご迷惑をおかけしていないかと今でもドキドキしています。本当にどうやってこのご恩
を返せばいいのかわかりません。
 加えて、まだまだ消化しきれないくらいたくさんのことを学ばせてもらいました。そ
れと同時に、知識不足の為に十分に学べない事もありました。このままで終わるわけに
もいかないので、次の訪問を許されたときにはもっと事前に勉強した上で臨みたいと思
います。
 また、新しい仲間を得ることもできました。僕の所属する大学・学部・学科では医学
に熱意を示す人間はいても、こんな風に医療に対して熱意をもち、大学の外へ飛び出し
て精力的に活動をしている人間にはトンとお目にかかれません。大学の垣根を越えてこ
のような学生と交流を持てたことは今後の僕の人生にとっても大きな意味をもつことに
なると思います。
 今後は南相木村で得た経験を生かすべく、もっとたくさんの本を読み、広い視野をも
って思考を深められるよう邁進して行きたいと思います。

以上、つたない文章で申し訳ありませんが、これで僕の感想文とさせてもらいます。本
当にありがとうございました。そして、今後もよろしくお願い致します。

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