フィリピン:医療を死守、最貧の島 隣島卒業生が活躍−−中部サマール

「毎日新聞」06年11月16日 国際面 

 

フィリピン中部サマール島の地図  

「最貧の島」と呼ばれるフィリピン中部のサマール島。若者が職を求めて都会に流れ、
老人と子供が目立つ同島では、地域医療専門家を育成してきた医学校「フィリピン大学
レイテ校」の卒業生が医療に携わり、厳しい環境で暮らす島民の健康を守っている。【
カトバロガン(比サマール島)大澤文護】

◇徒歩で船で

同島西部の西サマール州。州民53万4000人の健康は医師52人と看護師101人
、助産師124人に委ねられている。

男性看護師のレイナルド・ガチョさん(45)はレイテ校を卒業後、二十数年前に同島
に赴任した。最初の担当地域は山中の町村だった。「何時間も山を歩いてたどりついた
」。川を船でさかのぼる以外に交通手段がない集落も多かった。フィリピン独特の小型
乗合自動車ジプニーを乗り継ぎ、時には船で、徒歩で集落を回り続けた。薬が手に入ら
ず、同校で教わった薬草を用いる治療を手がけたこともあった。

州都カトバロガン。日本の保健所にあたる地域健康センターを1日300〜500人の
患者や健康相談希望者が訪れる。2人の医師と2人の看護師、数十人の助産師で診察、
治療する。同州の医療行政の責任者で、レイテ校卒業生でもあるアントニオ・ティラソ
ナ医師(46)によると、州内には各町村ごとに置かれた健康センターのほか、州立病
院(病床100床)1施設、地域病院(同25〜75床)3施設、町立病院(同10床
)1施設がある。「25町で医師が駐在するのは17町だけ」という。

◇熱い使命感

同校は76年の設立。当時から医療従事者の海外流出が目立ち始め、その対策として独
自の学生選抜方法とカリキュラムを持つ。

入学できるのは町村の推薦を受けた学生で、授業料は無料。まず助産師資格を得た後に
数カ月の地域研修を行う。さらに地域の推薦を得た学生だけが大学で看護師養成コース
に進む。勉強と実習を繰り返した末、保健師や看護師、医師となって現場に巣立ってい
く。

地域健康センターの待遇は決して良くない。看護師の給料は月1万5000ペソ(約3
万5000円)前後で「欧米の病院なら10倍はもらえる」(ガチョさん)。しかし同
校の卒業生の9割は国内にとどまる。マニラの看護学校に通う19歳と18歳の息子を
持つガチョさんは「息子の一人は私と同じ地域医療に従事してほしい」と、仕事への誇
りを忘れない。

日本のへき地も深刻な医療従事者不足に悩む。長野県・南相木村で地域医療に取り組み
、同島でのレイテ校卒業生の活動を視察に訪れた色平哲郎医師(46)は「フィリピン
の地方では、地域全体が大きな家族となって暮らす。家族を支える気持ちが同校卒業生
の使命感につながるのだろう。医療を目指す日本の学生にも同校の教育を体験させるこ
とは、大きな意味がある」と語った。

◇フィリピンの医療事情

国民の10人に1人が海外で働く「出稼ぎ大国」のフィリピンは、医療従事者の海外流
出に悩まされている。フィリピン大学マニラ校の調査によると、01年から04年にか
けて毎年1万から1万2000人のフィリピン人看護師が米国や英国、サウジアラビア
、シンガポールに出国した。また6000人以上の医師が、海外での働き口を見つけや
すい看護師の資格を取るために勉強をしていることも明らかになった。

世界保健機関(WHO)によると、今後15年間に米国で100万人、カナダや欧州で
も数十万人の看護師不足が予測されている。今後も看護師や助産師の海外流出が続けば
、フィリピンは看護師不足に陥って公共病院や健康センターの閉鎖が避けられない、と
の憂慮が出ている。

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